3-6


 再びやって来た森の中は、先程とは様子が違っていた。


「……なんでしょうこれは、既に激しい戦闘でも行われた後みたいですが」


 森の入り口だというのに、何者かが争った跡がある。

 炎か電撃系の魔法でも使ったのか、辺りの木々が焦げている。

 そして、黒く焦げた木々の中央には、頭頂部からほんのりと煙を放つ、一撃熊の死体が転がっていた。


「木が焦げた臭いが消えていない。この魔法を使った人はまだ近くにいるな」


 戦闘跡を観察したぶっころりーがそう言って、警戒しながら前に進む。


「というか、足手まといにしかならない私達がついてくる必要はあったのでしょうか。一撃熊が出てきても、私達には悲鳴を上げて逃げ惑うぐらいしかできませんよ」


「うん。正直、もう帰りたいんだけど……」


「何言ってるんだ。俺一人でそけっとに会ったところで、会話が成り立つ訳ないじゃないか。自慢じゃないが、年頃の女性と対峙したらまともに話せなくなるぞ」


「そんなコミュ障みたいな事言っていてどうするのですか。ゆんゆんも、何か言ってやって……。……ゆんゆん?」


「ッ!? な、何?」


 コミュ障という言葉にビクッとなったゆんゆんが、挙動不審に目を泳がせる。

 ……ここにも一人、コミュ障がいたんだった。


 ――と、その時。


「……雷の魔法?」


 ここからそう遠くない場所に、空から一条の光が落ちた――


「『ライトニング・ストライク』!」


 その力強い声と共に、空が一瞬光ったかと思うと次の瞬間、木々の枝の合間を縫って、轟音と共に雷が落ちた。

 雷の直撃を受けた一撃熊は、頭頂部から煙を上げながら崩れ落ちる。

 凄まじい落雷の音に、獣の本能のせいか、一撃熊の群れが身を震わせて固まった。

 その群れの中央には紅い瞳の一人の女性。

 木刀を手にして瞳を爛々と輝かせたそけっとが、喜々とした表情で魔法を唱えていた。


「『ライトニング・ストライク』ッ!」


 先程の木々の焦げも、この魔法でできたのだろう。

 そけっとの声が響くと同時、身動き取れないでいる一撃熊の脳天に、空から一条の光が突き刺さる。

 それを受け、二匹目の一撃熊が倒れた時、ぶっころりーが駆け出した。

 その表情は、いつものだらしないニートの顔ではない。

 好きな人を守ろうとする、一人の紅魔族のものだった。

 目を紅く輝かせたぶっころりーは、気合いを入れて唱えた魔法に膨大な魔力を注ぎ込んでいく。

 そして、新手の敵である私達に気づき、行動を始めた一撃熊の群れの直中に。


「地獄の業火よ! 荒れ狂えっ! 『インフェルノ』ーッ!」


 最高位の炎の魔法を、全力で解き放った――!


 ……そけっとをも巻き込んで。


「そそ、そけっとさーん!」


「何をやっているんですかこのニートは! 早く! 早く救助しないと……っ!?」


 一撃熊の群れはおろか、木々をも焼き焦がして炎が燃え盛る中、体の周りを薄い水の膜で覆われたそけっとが、こちらへと歩いてくる。

 あの一瞬にも拘わらず、水の防御魔法で身を庇った様だ。


「ぶ、無事で良かった……!」


「全くですよ! 心臓が止まるかと……! ぶっころりー、この炎を何とかしてください!森が全焼してしまいます!」


 私の言葉にぶっころりーが、慌てて水の魔法で炎を消していく。

 普段は締まらないニートとはいえ、流石は腐っても上級魔法を習得した紅魔族。

 ぶっころりーが本気で放った炎の魔法は、一撃熊の群れを全滅させていた。

 未だ残り火があちこちに残る中、水の皮膜を解除して、潤んだ瞳をぶっころりーへと向けるそけっと。

 戦闘によるものなのか、それとも違う意味でのものなのか。

 そけっとは、頬を紅く上気させ、何を言うべきかを困っていた。

 緊張した面持ちのぶっころりーが、同じく頬を上気させ、そけっとの前へと向き直る。

 だが、このちょっとだけ格好良かったニートは、肝心の時になってヘタレたようだ。

 緊張して、何と声を掛けるべきかテンパってしまっている。


「……ぶっころりーがそけっとに、伝えたい事があるそうですよ」


「「「ッ!?」」」


 私の助け船に、その場の三人が息を呑んだ。

 ゆんゆんは、赤い顔で事の成り行きを見守る様に。

 ぶっころりーは、何を言ってくれるんだという様な、慌てた様子で。

 そして――


「それは奇遇ねぶっころりー。私も、あなたに伝えたい事があったの」


 そんな、そけっとによるまさかの言葉に、私とゆんゆんはおろか、ぶっころりーまでもが驚愕した。


「そそ、それは……! その、もしかして……!」


「そう。きっと、今のあなたと同じ気持ちよ」


 そう言って、柔らかい笑みを浮かべるそけっと。

 美人のそけっとに微笑まれ、ぶっころりーがトマトの様に赤くなる。


 危ない所を助けられたからだろうか。

 怖い思いをすると、一緒にいる人を好きになる、吊り橋効果というものがあると聞くが、それだろうか?

 ニートのクセに里一番の美人を射止めるだなんてと、ちょっと納得がいかない私だったが、頬を赤くして目を輝かせているゆんゆんを見ていると、これはこれで良かったかなという気になってくる。


 意を決して拳を握り、ぶっころりーがそけっとに――!


「お、俺、ずっと前からそけっとが……!」


「そんなに私の事が嫌いだったなんて、もっと早く言ってくれればよかったのに。この森の中なら丁度いいわね。あなたも私と同じく、森に入って修業ばかりしていると聞いているわ。相手にとって不足はないわね。……さあ、決闘しましょうか!」


 …………。


「「「えっ」」」


 そけっと以外の三人で、思わず小さな声が出た。


「私の何が気に入らないのか知らないけど! 前々から後をつけられていたのには気づいていたけど、今日は一味違ったわね! まさか、里の中でいきなりトルネードで殺されかけたかと思えば、今度はモンスターに囲まれて無防備な所に、インフェルノで不意討ちだなんて……! ふふっ、やってくれるわね。色んなモンスターを相手にしてきたけれど、こんな窮地に陥ったのはあなたが初めてだわ!」


 そけっとが握る木刀が、ギリッと軋んだ音を立てる。


「ちちちち、違ー! 違うんだ、大きく誤解している! 今の魔法だって、俺はモンスターに囲まれたそけっとを助けようとしただけで……! 巻き込んじゃったのは悪かった、さっきは無我夢中で!」


 青い顔で手を振るぶっころりーの言葉に、そけっとは握りしめていた木刀から力を抜いて眉をしかめ。


「……。じゃあ、さっきのトルネードの魔法は何だったのよ? 顔を隠してたみたいだけど、ネタは割れてるのよ。私の後をつけて回る人なんてあなたぐらいしかいないんだから」


「あれは、その……!」


 ぶっころりーが、助けを求める様にこちらを向く。

 私達は、そんなぶっころりーに指を差す。


「「スカートをめくるためにやったって言ってました」」


 木刀を振り上げたそけっとが、ぶっころりーに襲い掛かった。

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