伊織の場合

 「また辞めるの?」

もううんざりと言う声と顔で、伊織は旦那である雄大ゆうだいに聞いた。


 雄大ゆうだいが仕事を辞めると言い出すのは結婚して8年、もう5回目だ。何というか雄大ゆうだいは堪え性がない。年下の上司が気に食わないから、給料が下がったから、やりたい仕事じゃないから、俺に合った仕事じゃないから、そんな取るに足らない理由を並べては仕事を辞めてきた。

 二人の間には3歳になる娘 ─葵─ がいる。結婚して5年でようやく授かった、大切な愛おしい娘である。

 結婚して5年でようやく・・と言っても、別に不妊だったわけじゃない。雄大ゆうだいの仕事や収入が定まらず、子供を作るのを5年も待ったのだ。

 それなのに。


 いったいいつまでこの人はこんな事を続けるのだろう。娘や私が大事ではないのか・・。

 そこまで考えて「いけない」と伊織は意識を戻す。


 「その話はまた帰ってからゆっくりするから。とりあえず今日はちゃんと仕事行って。私葵の朝ごはん作らなきゃ。」

 「ちょっと待ってよ・・」

 とまだ何か言いたげな雄大ゆうだいの声を遮るように

 「そうだ、前も言ったと思うけど、今週の土曜日は高校の時の友達と集まるから夜ご飯は勝手に食べてね。葵はおばあちゃんのとこにもう頼んであるから。」

 伊織はそう告げて朝ご飯の支度にとりかかった。

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