ルヴァード×ヘリュテュアレー(短編)
闇世ケルネ
零、あるいは強襲
光の届かぬ暗い場所で、何かが
「……と、いうわけで、若々しい脳髄が1ダース。これを二億四千万でお譲りしたく思いますが……いかがでしょう?」
ボロボロのソファに腰を掛け、手を揉みながら男が
汗を浮かべる狐顔の背後には、エンジニア風のメンバーと、巨大な水槽が1ダース。透き通った、青い液体で満たされた柱の中にひとつずつ、浮かびあがるものがあった。
目を閉じ、眠ったような姿で
コートの男は煙を吐きだし、気だるげな声で切り返した。
「高い」
狐顔の笑顔が凍る。
「……なんですって?」
「聞こえなかったか」
細目を開く男に向かって、男は煙草の火を消した。灰皿ではなく、経理の手にある電卓で。
「高いと言った。三度は言わすな」
「ちょっ……ちょちょっ! ちょぉーっと待ってくださいよっ!」
机をはたき、立つ狐顔。中腰になった彼の額に、コートの男は銃口を当てた。周囲の部下も、同じように銃を抜く。
「たかだか武装1ダースごときに、何億もかけると思っているのか? 我々を破産させたいのか?」
「けっ、決してそんなことは……で、でもですね! こんな上玉一人狩るのにいくらかかるかご存知ですか! これだけ取らねば私たちとて破産しますッ! それに、残りカスも十分な資金となるでしょう! 脳だけ売ってもいいくらいだッ!」
滝のような汗を流す狐顔。しかし、黒コートは首を縦に振ろうとしない。それどころか、銃をさらに強く押しつけ、ぐりぐりとねじり始めた。
「貴方は馬鹿か? たかが残りカスで元が取れると? 顧客のニーズに応えることは御社の義務だ。なんなら、今限りで契約を全て切ってもいい。当然、モノはタダでもらう。違約金代わりにな」
「ひっ、ひぃぃぃぃ……」
横暴に過ぎる要求に、狐顔は絶望とともにへたり込んだ。拒否すれば死。かといって値下げをすれば会社に指か腕を持っていかれる。いわんや商品を
頭を回し、対策案を練る狐顔。だが、コートの男は拳銃をぴたりと構え、予断を決して許さない。
「さあ、タイム・イズ・マネーだ。我々はこの後予定が詰まっている。何より……早くせねば『奴ら』が来てしまう」
きりり、と銃の引き金が動く。狐顔から血の気が引き、死を覚悟したその瞬間。
CRAAAAAASH! ド派手な音と共に、天井が崩壊した!
もうもうと立ち込める粉塵に、部下は一斉に向き直る。いち早く状況を察したコートの男は、憎々しげに舌打ちする。
「……マナーがなってないな。商談中だぞ」
「そうかい。そいつは邪魔したなァ」
笑いを含んだタメ口が、煙の中から飛んでくる。現れたのは、金髪を逆立て、スーツをだらしなく着崩したサングラスの青年だ。ガラ悪くニヤニヤ笑いながら、首の
「でもまー、アレだろ? ちょっと失礼ぐらいは目ェつぶってもいいんじゃねえ? 違法行為よりはマシだしよ。なあ?」
「そうだなぁ。ま、礼に始まり礼に終わるとも言うし、奥ゆかしく行こうじゃねえか」
二の句を継ぎつつ、別の影が進み出る。トレンチコートとハンチング帽を身に着けた、穏やかな顔の中年男性。中年はポケットに手を突っ込むと、小さな手帳を取り出した。金の記章が取り付けられた、黒革の表紙が薄暗い部屋に掲げられた。
「警察だ。人身売買と銃刀法違反、並びに脅迫の現行犯で
「……撃て!」
BLAMBLAMBLAMBLAM! 命令に反応した部下たちが、一斉に引き金を引いた。迫る銃撃に、男二人は一切余裕を失わない。直後新たな銃声が、二人の後ろで響き渡る。BRRRRRRRRRRRRR!
内側から貫かれ、煙が刺々しい形へ変貌していく。二人を避けるようにして放たれた黒い軌跡が宙を飛び交い、ひとつひとつの弾に直撃。真横からへし折り破壊!
虚しい金属音を立てて転がる銃弾だった残骸。男性二人はさも当然といった様子で、当然ながら無傷! サングラスの青年は、好戦的に両の拳を打ちつける。肘から先を覆うのは、無骨な金のガントレット。
「銃撃を確認。公務執行妨害も追加ね。ナジーム君、ハルちゃん、やっていいわよ」
「へッ……言われねーでもやるってんだよッ!」
「はぁーいっ!」
BOF! 立ち込める粉塵を吹き飛ばし、ふたつの影がロケットスタート。方や青年、方やその腰ほどの小柄な影。薄まった煙の奥では、アサルトライフルを構える赤髪の女性が、照準器めいた紋様に囲われた右目を見開く。
「やっぱり、大人しく捕まってはくれませんね」
「そんな
「サー・イエッ・サー」
ライフルのバレルに頬づけをする。その反対側に取り付けられた球体が、ぱちりと開いた。白の中に浮かぶ黒い点が動き、敵に向く。作り物めいた眼球が、犯罪者たちを凝視する。
「仕事よ。穿て、アイグラティカ」
BRRRRRRRRRRRR! 銃の瞳が青く輝き、弾をまとめて吐きだした。稲妻めいた軌道を描き、暗闇を走る鎮圧ゴム弾。先行する二人を追い抜き、新たに発砲された銃弾と衝突、破壊! 銃弾の嵐の中で、ナジームは幼女の腕を引っつかんだ。サングラスの奥の瞳に、逃げる狐顔とエンジニア!
「こっちは任せろ! あっちやれッ!」
「んっ!」
銃弾同士の激突と、飛び散る火花に目をつぶりながら幼女は小さく頷いた。ナジームが振りかぶり、思い切り投げる!
「行けぇぇぇぇッ!」
弧を描いて宙を舞う! 幼女はくるくると前転しながら水槽に着地。蹴って再び跳躍。巨大なハンマーを振り上げた! 狙いは目下、
「ま、待って! 待ってくださいぃぃぃぃぃッ!」
「やぁぁ……だっ!」
SMASH! 顔面にハンマーが直撃し、後頭部を床に沈める。逃げようとしたエンジニアの背中にフルスイングをたたきつけ、その場でコマめいて回転していく。加速!
「そーれっ!」
幼女がパッと手を離す。勢いに乗ったハンマーは、逃げるエンジニアをボーリングのピンのように次々とノックアウト! 最後に残った一人を撃ち抜き、地面に叩き伏せてしまった。
「ち……」
BLAMBLAMBLAM! その様子を横目で見ながら、コートの男は連続発砲。モノは抑えられたと見ていい。ならば打つ手は逃走あるのみ!
「
「は、はい! ぐあっ……」
返事をした部下の声が不自然に途切れる。前触れなく一人が崩れ落ち、一人、また一人と倒れ始める。コートの男に動揺が走った。BRRRRR! 止まらぬ敵方の銃声をBGMにナジームが肉迫!
「逃げんなよッ! 一発殴らせろッ!」
BLAMBLAM! BLAMBLAMBLAM! 特攻してくるナジームめがけ、残るメンバーが連続発砲。空中で破壊されるいくつもの弾丸。しかし無事な数発は真っ直ぐに駆ける! 殺意の権化たるそれを、ナジームは無造作に振り払った。銃弾消滅!
「くそッ! やはりルヴァードかッ!」
「今更気づいたって遅ぇぇぇッ!」
DAMN! 一歩踏みこみ、腕を引き絞る! だらしなく着崩したワイシャツの胸、金細工のペンダントが開かれた! 手のひら大の眼球が、淡い青に輝き始める! KEEEEEN……甲高い異音!
「オラオラオラオラオラオラオラオラ!」
高速ラッシュが弾を捉える。触れたそばから粉砕・消滅! 隣では部下が次々倒れ伏す。すぐ目の前には金色の拳! GAP! 同時に拳銃がスライドストップ。弾切れだ。
「縄に、つけコラアアアッ!」
SMAAASH! 放たれたパンチがコート男に突き刺さる。腹を強打され、くの字に折れる体が回転しながら吹き飛んだ。背中から壁に激突し、床に転がった。
「あ、悪魔め……」
捨て台詞を呟く男の額に、細い針が突き刺さる。ビジネスの失敗を悟りつつ、彼は意識を失った。
●
「おーう、これで全員か。お疲れさん」
トレンチコートの中年が、毒気のない笑みで仲間を労う。足元には、気を失って伸びる作業着の男たち。筒状のものをコートのポケットにしまい代わりに手錠を取り出すと、中年は頭をぽりぽり
「あー……ところでよ。この人数どうやって捕まえときゃいい。ワッパ3つしか持ってなくてなぁ」
「あァン? ほっときゃいいんじゃねーの? オッサンの毒なら、三日ぐらいはオネムだろ。起きても殴って寝かせりゃいいしな」
「ナジーム君……あのねぇ……」
屈んで作業着を物色する青年を見下ろし、女性はやれやれと首を振る。
「無抵抗の相手を殴るのはご法度よ? 武装してたのはあっちの黒いのだけだったし、こっちは…………まぁ、工具とか出さない限りは問題ないでしょ。だから殴っちゃダメよ」
「へーへー。わァりましたよ、ヒグロの姉御」
ぞんざいに返事をする、ナジームと呼ばれた青年。長身の女性、ヒグロは、やれやれと首を振ると、近場の少女に目を移す。
干支を一回りしたかしてないかぐらいの少女は、ヒグロの視線を真っ直ぐ見返し、不思議そうに首をひねる。頭上に疑問符を浮かべていそうな少女に、ヒグロは袋を手渡した。
半透明の布めいた袋をためつすがめつ眺める少女に、ヒグロは膝を折って視線を合わせる。
「
「……いーの?」
華と呼ばれた少女は不思議そうにヒグロを見返す。袋を持って小首を傾げる華に、ヒグロはいーのとうなづいた。
「それは『ルヴァード』じゃないしね。ただの銃なら壊れても直るし」
「ま、そうだなぁ。修理検査は門外漢。それは、鑑識の仕事だ」
お墨付きをもらった華が床に置いた袋めがけて巨大なハンマーを振りかぶる。頭部の半ばについた、半開きの目が
ズガンッ! 足裏に響く衝撃に、ナジームが立ち上がりつつ喉を掻いた。
「できたよー!」
「毎度思うけどよ……お前よくそんなデケーもん振り回せんな。チビのくせに」
「チビじゃないもん! ハル大人だもん!」
「わかったからキレんなチビ。デケーのはそれと態度だけで十分だ」
「うぅ……ナジーム兄のばかっ!」
涙目になってそっぽ向く華を見て、ヒグロと中年が
ナジームが苛立ちながら火のタトゥーが入った喉をがりがりやっていると、緑のスーツを着た者たちがぞろぞろと倉庫に入ってくるところだった。皆、右胸に目玉のついた十字盾の紋章をつけている。仲間だ。
中年がひょいと手を挙げると、班長らしき人物が足早にやってくる。
「おぉ、来たか。わかってるたぁ思うが、制圧は終わった。後はよろしく」
「はい。お任せください、
「なんでもない。念のためにチャカ壊しただけだ。ルヴァードじゃないし、万一もあるからな」
「左様でしたか。では、私はこれで失礼します」
びしりと敬礼を返し、班長は足早に去っていく。その背を見送り、葉木吹はやれやれと首を振った。
「ご苦労様ってやつだよなぁ、まったく。未遂で済んでるからいいものの……最近はやけに物騒だ」
「ゴネてもしゃーねーよ、オッサン。潰しても潰しても
首をゴキゴキ鳴らしつつ、ナジームは出口に向かって歩き出す。華、ヒグロがそれに続き、葉木吹も苦笑しつつ後を追う。あわただしく走り回る緑スーツの人の波を、四人はそろって疲労も気負いもない足取りで進んでいく。
イバラが絡みついた、目玉付きの十字盾。彼らの胸元に刻まれた紋章の真下には、
マリアーナ。外来の言語で『守護者』と名付けられた彼らは、特殊な武器を手に戦う法の番人だった。
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