ルヴァード×ヘリュテュアレー(短編)

闇世ケルネ

零、あるいは強襲

 光の届かぬ暗い場所で、何かがうごめく。廃棄予定の倉庫の中で、いくつもの音が不気味に響く。金属がこすれ合う音、素早いキータイプ、足音、そして商談の声。

「……と、いうわけで、若々しい脳髄が1ダース。これを二億四千万でお譲りしたく思いますが……いかがでしょう?」

 ボロボロのソファに腰を掛け、手を揉みながら男がたずねる。細いおもてに糸のような目をした、狐めいた作り笑い。胡散臭うさんくさ風貌ふうぼうの男は、卑屈な姿勢で答えを待った。隣では、経理が電卓片手に彼と客を交互に伺う。客は黙って煙草たばこを吸うと、狐顔から視線を逸らした。

 汗を浮かべる狐顔の背後には、エンジニア風のメンバーと、巨大な水槽が1ダース。透き通った、青い液体で満たされた柱の中にひとつずつ、浮かびあがるものがあった。

 目を閉じ、眠ったような姿で揺蕩たゆたうのは、一糸いっしまとわぬ少女たち。十人十色、それぞれの良さを持ってはいるが、一様に誰が見ても見目麗しいと口にする容姿をしている。誘拐その他の非合法手段によって集められた彼女らは、さばかれる。陽の目は二度と差し込まず、彼女たちは忘れ去られる。裏の世界では日常茶飯事。そして、こうした闇交渉もまた然り。

 コートの男は煙を吐きだし、気だるげな声で切り返した。

「高い」

 狐顔の笑顔が凍る。

「……なんですって?」

「聞こえなかったか」

 細目を開く男に向かって、男は煙草の火を消した。灰皿ではなく、経理の手にある電卓で。

「高いと言った。三度は言わすな」

「ちょっ……ちょちょっ! ちょぉーっと待ってくださいよっ!」

 机をはたき、立つ狐顔。中腰になった彼の額に、コートの男は銃口を当てた。周囲の部下も、同じように銃を抜く。

「たかだか武装1ダースごときに、何億もかけると思っているのか? 我々を破産させたいのか?」

「けっ、決してそんなことは……で、でもですね! こんな上玉一人狩るのにいくらかかるかご存知ですか! これだけ取らねば私たちとて破産しますッ! それに、残りカスも十分な資金となるでしょう! 脳だけ売ってもいいくらいだッ!」

 滝のような汗を流す狐顔。しかし、黒コートは首を縦に振ろうとしない。それどころか、銃をさらに強く押しつけ、ぐりぐりとねじり始めた。

「貴方は馬鹿か? たかが残りカスで元が取れると? 顧客のニーズに応えることは御社の義務だ。なんなら、今限りで契約を全て切ってもいい。当然、モノはタダでもらう。違約金代わりにな」

「ひっ、ひぃぃぃぃ……」

 横暴に過ぎる要求に、狐顔は絶望とともにへたり込んだ。拒否すれば死。かといって値下げをすれば会社に指か腕を持っていかれる。いわんや商品をられたとあれば、生きて帰っても首切りはまぬがれまい。そうなってしまえばお終いだ。

 頭を回し、対策案を練る狐顔。だが、コートの男は拳銃をぴたりと構え、予断を決して許さない。

「さあ、タイム・イズ・マネーだ。我々はこの後予定が詰まっている。何より……早くせねば『奴ら』が来てしまう」

 きりり、と銃の引き金が動く。狐顔から血の気が引き、死を覚悟したその瞬間。

 CRAAAAAASH! ド派手な音と共に、天井が崩壊した!

 もうもうと立ち込める粉塵に、部下は一斉に向き直る。いち早く状況を察したコートの男は、憎々しげに舌打ちする。

「……マナーがなってないな。商談中だぞ」

「そうかい。そいつは邪魔したなァ」

 笑いを含んだタメ口が、煙の中から飛んでくる。現れたのは、金髪を逆立て、スーツをだらしなく着崩したサングラスの青年だ。ガラ悪くニヤニヤ笑いながら、首のほのおのタトゥーを軽くく。

「でもまー、アレだろ? ちょっと失礼ぐらいは目ェつぶってもいいんじゃねえ? 違法行為よりはマシだしよ。なあ?」

「そうだなぁ。ま、礼に始まり礼に終わるとも言うし、奥ゆかしく行こうじゃねえか」

 二の句を継ぎつつ、別の影が進み出る。トレンチコートとハンチング帽を身に着けた、穏やかな顔の中年男性。中年はポケットに手を突っ込むと、小さな手帳を取り出した。金の記章が取り付けられた、黒革の表紙が薄暗い部屋に掲げられた。

「警察だ。人身売買と銃刀法違反、並びに脅迫の現行犯で逮捕たいほする。武器を捨てて両手を上げろー」

「……撃て!」

 BLAMBLAMBLAMBLAM! 命令に反応した部下たちが、一斉に引き金を引いた。迫る銃撃に、男二人は一切余裕を失わない。直後新たな銃声が、二人の後ろで響き渡る。BRRRRRRRRRRRRR!

 内側から貫かれ、煙が刺々しい形へ変貌していく。二人を避けるようにして放たれた黒い軌跡が宙を飛び交い、ひとつひとつの弾に直撃。真横からへし折り破壊!

 虚しい金属音を立てて転がる銃弾だった残骸。男性二人はさも当然といった様子で、当然ながら無傷! サングラスの青年は、好戦的に両の拳を打ちつける。肘から先を覆うのは、無骨な金のガントレット。

「銃撃を確認。公務執行妨害も追加ね。ナジーム君、ハルちゃん、やっていいわよ」

「へッ……言われねーでもやるってんだよッ!」

「はぁーいっ!」

 BOF! 立ち込める粉塵を吹き飛ばし、ふたつの影がロケットスタート。方や青年、方やその腰ほどの小柄な影。薄まった煙の奥では、アサルトライフルを構える赤髪の女性が、照準器めいた紋様に囲われた右目を見開く。

「やっぱり、大人しく捕まってはくれませんね」

「そんな殊勝しゅしょうな連中だったら、俺らが駆り出されたりしないだろうよ。殺さない程度にな、ヒグロの嬢ちゃん」

「サー・イエッ・サー」

 ライフルのバレルに頬づけをする。その反対側に取り付けられた球体が、ぱちりと開いた。白の中に浮かぶ黒い点が動き、敵に向く。作り物めいた眼球が、犯罪者たちを凝視する。

「仕事よ。穿て、アイグラティカ」

 BRRRRRRRRRRRR! 銃の瞳が青く輝き、弾をまとめて吐きだした。稲妻めいた軌道を描き、暗闇を走る鎮圧ゴム弾。先行する二人を追い抜き、新たに発砲された銃弾と衝突、破壊! 銃弾の嵐の中で、ナジームは幼女の腕を引っつかんだ。サングラスの奥の瞳に、逃げる狐顔とエンジニア!

「こっちは任せろ! あっちやれッ!」

「んっ!」

 銃弾同士の激突と、飛び散る火花に目をつぶりながら幼女は小さく頷いた。ナジームが振りかぶり、思い切り投げる!

「行けぇぇぇぇッ!」

 弧を描いて宙を舞う! 幼女はくるくると前転しながら水槽に着地。蹴って再び跳躍。巨大なハンマーを振り上げた! 狙いは目下、つまづき転んだ狐顔!

「ま、待って! 待ってくださいぃぃぃぃぃッ!」

「やぁぁ……だっ!」

 SMASH! 顔面にハンマーが直撃し、後頭部を床に沈める。逃げようとしたエンジニアの背中にフルスイングをたたきつけ、その場でコマめいて回転していく。加速!

「そーれっ!」

 幼女がパッと手を離す。勢いに乗ったハンマーは、逃げるエンジニアをボーリングのピンのように次々とノックアウト! 最後に残った一人を撃ち抜き、地面に叩き伏せてしまった。

「ち……」

 BLAMBLAMBLAM! その様子を横目で見ながら、コートの男は連続発砲。モノは抑えられたと見ていい。ならば打つ手は逃走あるのみ!

退くぞ」

「は、はい! ぐあっ……」

 返事をした部下の声が不自然に途切れる。前触れなく一人が崩れ落ち、一人、また一人と倒れ始める。コートの男に動揺が走った。BRRRRR! 止まらぬ敵方の銃声をBGMにナジームが肉迫!

「逃げんなよッ! 一発殴らせろッ!」

 BLAMBLAM! BLAMBLAMBLAM! 特攻してくるナジームめがけ、残るメンバーが連続発砲。空中で破壊されるいくつもの弾丸。しかし無事な数発は真っ直ぐに駆ける! 殺意の権化たるそれを、ナジームは無造作に振り払った。銃弾消滅!

「くそッ! やはりルヴァードかッ!」

「今更気づいたって遅ぇぇぇッ!」

 DAMN! 一歩踏みこみ、腕を引き絞る! だらしなく着崩したワイシャツの胸、金細工のペンダントが開かれた! 手のひら大の眼球が、淡い青に輝き始める! KEEEEEN……甲高い異音!

「オラオラオラオラオラオラオラオラ!」

 高速ラッシュが弾を捉える。触れたそばから粉砕・消滅! 隣では部下が次々倒れ伏す。すぐ目の前には金色の拳! GAP! 同時に拳銃がスライドストップ。弾切れだ。

「縄に、つけコラアアアッ!」

 SMAAASH! 放たれたパンチがコート男に突き刺さる。腹を強打され、くの字に折れる体が回転しながら吹き飛んだ。背中から壁に激突し、床に転がった。朦朧もうろうとする意識の中、コートの男は顔を上げる。青年が鬼神めいて暴れ、残る部下を殴り倒していく姿を。

「あ、悪魔め……」

 捨て台詞を呟く男の額に、細い針が突き刺さる。ビジネスの失敗を悟りつつ、彼は意識を失った。



「おーう、これで全員か。お疲れさん」

 トレンチコートの中年が、毒気のない笑みで仲間を労う。足元には、気を失って伸びる作業着の男たち。筒状のものをコートのポケットにしまい代わりに手錠を取り出すと、中年は頭をぽりぽりいた。

「あー……ところでよ。この人数どうやって捕まえときゃいい。ワッパ3つしか持ってなくてなぁ」

「あァン? ほっときゃいいんじゃねーの? オッサンの毒なら、三日ぐらいはオネムだろ。起きても殴って寝かせりゃいいしな」

「ナジーム君……あのねぇ……」

 屈んで作業着を物色する青年を見下ろし、女性はやれやれと首を振る。

「無抵抗の相手を殴るのはご法度よ? 武装してたのはあっちの黒いのだけだったし、こっちは…………まぁ、工具とか出さない限りは問題ないでしょ。だから殴っちゃダメよ」

「へーへー。わァりましたよ、ヒグロの姉御」

 ぞんざいに返事をする、ナジームと呼ばれた青年。長身の女性、ヒグロは、やれやれと首を振ると、近場の少女に目を移す。

 干支を一回りしたかしてないかぐらいの少女は、ヒグロの視線を真っ直ぐ見返し、不思議そうに首をひねる。頭上に疑問符を浮かべていそうな少女に、ヒグロは袋を手渡した。

 半透明の布めいた袋をためつすがめつ眺める少女に、ヒグロは膝を折って視線を合わせる。

はるちゃん。それ、あっちの人たちが持ってた銃なんだけど、危ないから壊しちゃって」

「……いーの?」

 華と呼ばれた少女は不思議そうにヒグロを見返す。袋を持って小首を傾げる華に、ヒグロはいーのとうなづいた。

「それは『ルヴァード』じゃないしね。ただの銃なら壊れても直るし」

「ま、そうだなぁ。修理検査は門外漢。それは、鑑識の仕事だ」

 お墨付きをもらった華が床に置いた袋めがけて巨大なハンマーを振りかぶる。頭部の半ばについた、半開きの目がまばたきをするのと同時に、重そうなそれをブンと叩きつけた。

 ズガンッ! 足裏に響く衝撃に、ナジームが立ち上がりつつ喉を掻いた。

「できたよー!」

「毎度思うけどよ……お前よくそんなデケーもん振り回せんな。チビのくせに」

「チビじゃないもん! ハル大人だもん!」

「わかったからキレんなチビ。デケーのはそれと態度だけで十分だ」

「うぅ……ナジーム兄のばかっ!」

 涙目になってそっぽ向く華を見て、ヒグロと中年があきれながら肩をすくめる。

 ナジームが苛立ちながら火のタトゥーが入った喉をがりがりやっていると、緑のスーツを着た者たちがぞろぞろと倉庫に入ってくるところだった。皆、右胸に目玉のついた十字盾の紋章をつけている。仲間だ。

 中年がひょいと手を挙げると、班長らしき人物が足早にやってくる。

「おぉ、来たか。わかってるたぁ思うが、制圧は終わった。後はよろしく」

「はい。お任せください、葉木吹はぎすいさん。ところで、さっきの衝撃は……」

「なんでもない。念のためにチャカ壊しただけだ。ルヴァードじゃないし、万一もあるからな」

「左様でしたか。では、私はこれで失礼します」

 びしりと敬礼を返し、班長は足早に去っていく。その背を見送り、葉木吹はやれやれと首を振った。

「ご苦労様ってやつだよなぁ、まったく。未遂で済んでるからいいものの……最近はやけに物騒だ」

「ゴネてもしゃーねーよ、オッサン。潰しても潰してもいてくるのは……まぁ、確かにうぜぇけどな」

 首をゴキゴキ鳴らしつつ、ナジームは出口に向かって歩き出す。華、ヒグロがそれに続き、葉木吹も苦笑しつつ後を追う。あわただしく走り回る緑スーツの人の波を、四人はそろって疲労も気負いもない足取りで進んでいく。

 イバラが絡みついた、目玉付きの十字盾。彼らの胸元に刻まれた紋章の真下には、流麗りゅうれいな文字で『Mariana』と刺繍ししゅうが成されていた。

 マリアーナ。外来の言語で『守護者』と名付けられた彼らは、特殊な武器を手に戦う法の番人だった。

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