6-9 猫人の廃城ミャアマパレス その4

 石組の天井から半透明のスペクターが続々とわきでてくる。シャフリヤールの骨ばった指が指揮棒タクトのように躍ると、平たい胴体を揺らめかせ、スペクターたちが一斉に引きしぼった闇魔法「ダークアロー」を解きはなった。


「ネネ! こっちだ!」


 猫耳魔女をとっさに背中にかばうと、細身のカイトシールド、聖鞘せいしょうエクスカリバーを斜め上方にかまえて豪雨のように叩きつける黒い矢を受けながす。そして、スペクターたちが次弾を装填する間隙をついてアイテムボックスから聖水を取りだし、聖剣エロスカリバーへと振りかけた。

 聖水は本来「呪い」のステータス異常の回復アイテムであるが、アンデッドに振りかけることで聖魔法ターンアンデッドと同等の効果があり、武器に注げば聖属性を一時的に付与できるホーリーウェポンの代替ともなる。

 おおきく前に一歩。天井付近をただようスペクターたちとはもちろん距離があるものの、聖剣エロスカリバーは俺の性的興奮に応じて伸縮する特殊能力がある。ミャアマパレスに行きつくまでの護送船で目にしっかりと焼きつけておいたセシア、ネネ、ユズハの猫耳半裸姿を脳裏に浮かべれば、白銀の刀身は股間のイチモツに呼応して、またたくまに怒張する。


「――キュイイァ!!」


 ガラスを引っかいたような甲高い断末魔の叫びをのこして、両断されたスペクターたちが白い姿をさらに薄くして消えていく。天井の石組を切っ先で削りつつ、一閃いっせん。おおきく弧を描くように軌跡を刻み、一振りで十数体のスペクターを葬った。


「つくづく不快にさせる男だ。私はこのような雑事にかまけているいとまなどないというのに。こうしているあいだにも、まぶたに残る彼女の面影が薄れていく。どれほどの死を積みあげれば彼女に追いつくことができるというのか。素材が足りぬ。もっと多くの素材が要る。男はつかえる部位がほとんどないが、血は多いほど良い。すべての血を吐きだして死ぬがよい」


 パラパラと天井から砂礫がこぼれおちるなか、シャフリヤールが黒く干からびた手をかかげると、左手の中指にはまった指輪が赤く輝き、床の石板の継ぎ目から血のように赤い液体が沁みだしてきた。靴が浸るほどの血だまり。そこから無数の手が這いだしてくる。


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『 ブラッドハンド 』 

血を依代よりしろとしたアンデッド。

末期まつごの苦しみが血溜まりによどみ、付近を通りかかるものに助けを求めてすがりつく。そして、ブラッドハンドに血の池に引きずりこまれた者も次なるブラッドハンドの依代よりしろと化し、無数の赤い手が生まれていく。

【等 級】 E級(下級魔)

【タイプ】 ゴースト

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 1本1本の腕にはたいした力はないものの、床から次々と伸びあがって足をつかんでくるさまはホラー映画そのものだ。ブラッドハンドは過去の周回でもミャアマパレスに出現していたが、場所は地下の汚泥がたまったあたりで、この玉座の間で遭遇した記憶はない。「仲間を呼ぶ」系の魔物で、早く倒さなければ次々に増えて収拾がつかなくなる厄介な相手である。


「……死霊魔術師ネクロマンサーの支配の指輪」


 ネネが赤い手を蹴りつけながら、光の文字で蘊蓄うんちくを宙につらねる。


死霊魔術士ネクロマンサーは適切な依代があればアンデッドを産みだすことも可能だといわれている。けれど、魂をもたないアンデッドに複雑な命令を与えて使役するには高度な魔力操作が必要で、何体も同時にあやつることはできない。自分自身がアンデッドであるリッチが特別という可能性もあるけど、あの指輪をみて確信したよ。昔読んだ魔導書には、あらかじめ死霊魔術士が命令を刷りこんでおくことでアンデッドを使役できる魔道具が存在すると書いてあった。でも、複雑な魔導回路が必要だから、ひとつの魔道具で使役できるのは一種類のアンデッドだけ。たぶんあの左手の赤い指輪はブラッドハンドをあやつるためのもの。他の指にも全部指輪がはまっているから、あいつはマミーやスケルトンを魔道具をつかってあやつっているのだとおもう。だからきっと指輪を奪えば弱体化できるはず』


 赤い手がニョキニョキわきでるスプラッターな光景にさしもの俺も性的興奮が減退し、伸びきった聖剣エロスカリバーがするすると収縮する。

 貴重な助言をくれたネネに感謝の言葉を述べつつ猫耳三角帽子をクシャッと撫でると、ピロリン♪と音が鳴って、ネネが黒ローブをすりよせてきた。


「……3分あれば、ボクの複合属性魔法でアンデッドを一掃できるよ」


 瞳にみなぎる自信を読みとった俺がうなずくと、ネネはさっそく背中のリュックから聖典教会の「退魔の護符」を取りだし、近くの水槽に貼りつけた。退魔の護符はアンデッドを拒絶する結界を周囲に張りめぐらせる聖魔法ホーリーサークルと同等の効果をもつアイテムで、ミャアマパレスがアンデット戦となることを了知していた俺がアザミの街で買いそろえ、パーティーメンバーに配っておいたものである。


「我が聖域へ乱入せる不届きものよ、血の海に沈め」


 周囲を浮遊するスペクターがムンクの叫びのポーズで「ディープスリープ」の怪音波を次々と放ってくる。それを睡眠無効の効果をもつ妖精王の鎧で受けきり、シャフリヤールが生みだす氷槍の連撃を聖剣と聖鞘のコンビネーションで打ちおとした。俺が盾となって攻撃を防いでいるあいだに、ネネは血のぬかるみに足をとられながらも護符をてきぱきと四方の水槽に貼っていく。

 ブラッドハンドの血濡られた手を草を刈りとるように下段払いで斬りさく俺。上方からはスペクターたちのダークアローが、前方と横からは麗しい美女ゾンビたちのナイフが襲いかかるものの、すでに称号を「不死者の天敵」へと変えているためアンデッドに対する攻撃力と防御力は2倍。「性愛の神エロース」に頼るまでもなくE級やD級相手ならばいくらダメージを受けようと、聖剣エロスカリバーの与ダメージ10%体力吸収効果のほうが上まわる。

 黒いダークアローが全身に突き刺さり、赤いブラッドハンドが足にからみついて、弁慶の立ち往生スタイルになっても、ひるむことのないパワープレイで近づいてきた長髪の美女ゾンビの首を一刀のもとに断ちきり、返す刀で2体のゾンビの胴体を両断した。


「我、死の洞察者たるシャフリヤール・アスデモスは、混沌の闇に問う。

 我が闇の子らに、再び昏き胎動を宿し、光を退ける力を与え賜うか。

 のものたちの偽りの死を混沌に熔かせ! ダークリカバリー!」


 おおきく腕をひろげたシャフリヤールから黒い波動があふれ、倒したはずのゾンビたちが立ちあがる。首のない裸身もよろめきながら転がった頭を手探りで拾いあげてはめこみ、何事もなかったかのように再びナイフを振りあげた。


「このミャアマパレスに魔力が充ちるかぎり、アンデッドを真に破壊することは不可能。絶望せよ、愚かな人間。私の愛を邪魔するものはことごとく切り刻まれ、私の素材か下僕となるのだ」


 落ちくぼんだ眼窩がんかに紅くともる狂気。

 俺はゾンビたちを斬りはらいながら叫んだ。


「おまえのやっていることは愛なんかじゃない。ただの自己陶酔だ!」


 時間稼ぎのための悪態であったが、シャフリヤールは見事に釣れた。

 干からびた顔を怒りに震わせ、なかば剥きだしとなった歯で噛みつかんばかりに吠えたける。


「貴様に何がわかる! 私は愛していたのだ! 彼女を! 誰よりも! 彼女の他には何もいらない! 財産も、私の命も。他のすべての命をつかって贖おうとも、彼女を取りもどしてみせる! 反魂には肉体が必要なのだ! 生前と寸分違わぬ、あの女神のごとき肉体が! 喪われた彼女の肉体を完璧に再現し、魂を定着させる! そのためにどれほどの血が流れようと、私は完遂してみせる!」

「愛は互いをおもいやる心だ! おまえの想い人がそれを望むというのか!」

「望ませてみせる! 私はこの愛で、彼女の心のすべてを支配する!」


 ちらりとネネを見やると、小柄な魔導士は不敵な笑みを浮かべていた。

 杖の先でトンッと石の床をたたくと、各所に貼られた退魔の護符が白銀に輝き、中央に描かれた聖円のシンボルが宙に浮かびあがった。


「我、魔の探究者たるネネ・ガンダウルフは、全知無能のアーカイヴにつかえる流転と調和を司る水の精霊に問う。

 四方の聖を集め、四方の水を廻らせ、四方に四方を重ねて、もって聖なる慈雨となし、我、小世界に楽土の扉をひらくこと叶うか。

 水を雨と化し、聖を天と化し、汝、聖なる水の精霊の喜びをもって、小世界のすべてに慈悲の雨を与えよ! ホーリーレイン!!」


 ネネは複合属性魔法の研鑽を重ね、本来であれば魔導士が手にすることのできない聖属性をも包容した魔法を完成させた。護符から白銀の光の柱が立ちあがり、石組の天井に七芒星の魔法陣が描きだされる。

 急速に室内に満ちる雨の匂い。純白の雲が湧きたち、天井を覆った雨雲からはスコールのように激しい雨が降りそそいだ。

 宙を舞うスペクターに、地を這うブラッドハンドに、苦界をさまようアドバンスゾンビたちに等しく降りそそぐ慈悲の雨。光る雨に打たれて一様に天をあおぐアンデッドたちの顔に、手に、安堵の色がほの見えて、スペクターは全身が透けていき、ブラッドハンドは血とともに床下に沈みこみ、ゾンビたちは眠るように安らかな表情で地に伏せた。


「許さぬ! 許さぬぞ!」


 シャフリヤール・アスモデスの白衣にも聖なる雨が沁みこみ、苦痛に顔をゆがませ地面に片膝をつくものの、消えることはない。ジュージューと全身から白煙をあげながらも、干からびた黒い肌は昇天を拒絶していた。


「私の死霊魔術ネクロマンシーを否定するというのか、愚かな魔導士よ。けれど、私にはもうこれしか、この方法しか残されてはいないのだ。いくら浄化されようとも、アンデッドは私の魔法でいくらでも増やすことができる。

 魔導士よ、おまえの肌理きめこまやかな肌は彼女をおもいおこさせる。傷つけぬよう丁寧に剥ぎとることとしよう」

「……おまえなんかに指一本触らせない」


 大技を成功させて、MPをごっそりと消費したネネがふらりと体躯をかしがせる。俺があわてて抱きかかえると、恥ずかしげに「……ボクはカガトだけのものだから」とつぶやくので、おもわず唇を奪って濃厚なキスをした。


「おのれ、どこまでも私を愚弄するというのか。いいだろう。素材とすることはあきらめた。すべての配下をつかってすりつぶしてくれよう!」


 歯止めが利かずにローブの下に手を入れてネネの乳房をまさぐっていた俺が振りかえると、悪鬼の形相のシャフリヤールが両手の十指をひろげ、それぞれ色も加工も異なる10個の指輪を高くかかげているところであった。

 赤、紅、青、蒼、黄、黄土、白、黒、紫、緑。美しい宝玉たちが妖しい輝きを放とうした瞬間、


「――グバァ!?」


 シャフリヤールの朽木のような咽喉から針のように細い剣先が突きだした。


「ギ、ざま」

「ここに眠るすべての猫人ケットに詫びるのにゃ。汚らわしい自己満足のために殺されていった同胞の苦しみをおもいしるがいいにゃ!」


 おぞましい実験の跡が浮かぶ大小の水槽の陰から音もなくあらわれたユズハが、背後から「つらぬき丸」でシャフリヤールの首を突き刺していた。

 ネネが錬金術師アルケミストの修行を積み、複合属性魔法を研究していたのと同時期に、ユズハもまたシーフとしての技を磨き、アサシンへのクラスチェンジ条件となる不意打ちの練度をあげていたのだ。


「ユズハ! そいつの手首を切り落としてくれ!」


 リッチは首を切断した程度では死なない。シャフリヤールは首を突き刺された状態のまま身体だけを180度反転させて、ユズハにつかみかかろうとした。


「き、キモすぎにゃ!」


 つらぬき丸をサッと抜きとると、鮮やかな身のこなしでシャフリヤールの手をかわし、すれ違いざまに左手首を両断する。ヒット&アウェーが基本のユズハはそのまま後方に飛びのいた。


「捕まっていた猫人ケットの女の子は部屋の外に運びだして、退魔の護符をまわりに貼っておいたにゃ」


 きっちりと仕事を果たしてくれたユズハに喝采を叫びつつ、俺はそのまま前方に走りこみ、床に落ちたシャフリヤールの左手を蹴りとばす。


「きさま! 私の手を足蹴にするなど」


 そのまま転がる手首を追っていき、充分に離れたところで指輪だけを抜きとり、薄気味の悪い干からびた手は渾身の力で反対の壁に叩きつけた。「死霊魔術師ネクロマンサーの支配の指輪」は異空間であるアイテムボックスに収納する。これで半数のアンデッドは使役できなくなったはずだ。


「盗人どもめ、私からのがれられるとおもうなよ」


 シャフリヤールは口から黒い血を垂れながし、それでも悠然と残った右手を前にかかげ、闇魔法の詠唱をはじめた。


「我、死の洞察者たるシャフリヤール・アスデモスは、混沌の闇に問う。

 我が右手の先に、汝の祝福を受けし闇の揺りかごをあらわし賜うか。

 万人に等しき死を前に、一切の個は消え去り、無謬むびゅうの闇が現出せん。

 あまねく者よ、闇の慈愛にひれ伏すがよい! デスクラウド!」

 

 墨のような暗黒がシャフリヤールの白衣を覆い隠してひろがっていく。闇魔法デスクラウド、この真っ黒な霧を吸いこむと、肺が水に満たされたかのように呼吸が困難となり、ものの数分で窒息死する。対処方法としては、


「我、魔の探究者たるネネ・ガンダウルフは、変化と断絶を司る風の精霊に問う。

 我が右手の先に汝の力の結集たる風壁はあるか。

 我に刃向かう者の牙を折れ! ウインドウォール!」


 ネネが風の壁を巻きおこし、闇の霧がこちら側に侵食してくるのをさえぎった。吹きあげる風にあおられないようにローブの端を片手で押さえている姿が愛らしい。そういえば、先ほどの愛撫で下着をずらしたままであった、とおもいだした。


「教科書どおりの対応だな」


 シュルシュルッと音がして、黒い霧の向こうから黄ばんだ包帯が伸びてきた。ネネの風壁に巻きあげられながらも、意思をもつかのように天井付近で角度を変えて、俺を狙って落ちてくる。

 とっさにエロスカリバーの刀身で受けると、包帯がぐるんぐるんと幾重にもからまり、おもいがけない力強さで引っぱられて床に転がってしまった。

 黒い霧が晴れて、シャフリヤールの隣りに立っていたのは包帯を巻かれてもなお筋骨隆々とした体格が見てとれる巨大なミイラ。ジャイアントマミーよりもさらに二回りほどもおおきく、天井すれすれの頭には古代エジプト神話に出てきそうな髪飾りと黒く尖った猫耳がついていた。


「ここにきてミイラキャットか」


 膝をついたままの俺の舌打ちに、シャフリヤールの干からびた口もとがニタリと吊りあがった。

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