6-2 猫人の王様と虹の竪琴
『 猫人の王様と虹の竪琴 』
むかしむかし、南の果ての砂漠の国に、とても意地っぱりで、とても怒りんぼうで、とても高慢ちきな
王さまには命よりも大事な宝物が3つありました。
ひとつはいつでもどこでも好きなだけ雨を降らせることのできる「虹の竪琴」。ひとつはどんな小さな音も消しさって誰にも気づかれることなく散歩できる「
この3つの宝物をつかって、王さまはどんな相手にも自分のおもうままに言うことを聞かせてしまうのです。
あるとき、王さまのもとへ
「王さま、王さま。私は人間の王さまに仕える商人でございます。私はこの
猫の王さまは玉座に座ったまま、ひょろりとした人間の商人を「夢見るルビー」の猫の目のような赤い輝きをとおして見ました。
すると、商人の本当の心が聞こえてきます。
「猫にこんな豊かな国はもったいない。このマタタビ酒をつかって猫どもを
商人は
「この男をひっとらえよ」
猫の王さまは怒って、すぐに商人を虎のエサにしてしまいました。
それからしばらくして、今度は身なりの立派な人間の男がやってきました。
「王さま、王さま。私は
大臣は立派な髭を手でしごきながら、王さまにたずねました。
猫人の王さまは玉座に座ったまま答えず、「夢見るルビー」の猫の目のような赤い輝きをとおして人間の貴族を見ました。
すると、貴族の本当の心が聞こえてきます。
「この国はじつに豊かだ。猫などが治めるにはもったいない。商人を殺した罪を問うて猫の王を追い払い、私がもらうことにしよう。抵抗すれば皆殺しだ」
大臣は商人が殺されたことを知っていました。顔ではにこにことしながら、心のなかではたくさんの猫人を殺してしまおうと残酷なことを考えていたのです。
「この男をひっとらえよ」
猫人の王さまは怒って、すぐに大臣を虎のエサにしようとしました。けれど、大臣は引き連れてきてきた兵士たちに守られて逃げてしまいました。
「猫人の王は恐ろしい王だ。何も悪いことをしていない私の友人を殺し、それを
大臣は兵士をたくさん集めて、猫人の国へと再びやってきました。
「恐ろしい猫人の王はこの国から出ていけ。恐ろしい猫人の王に仕えるものたちも残らずこの国から追い出してやる」
人間たちの言葉に猫人の王さまは全身の毛を逆立てて怒り、一心不乱に「虹の竪琴」をかき鳴らしました。
「
虹の竪琴の旋律が空を震わせると、またたくまに人間の兵士たちの上に真っ黒な雨雲がわきおこり、激しい雨が降りはじめました。
「もっとだ! すべて流してしまえ!」
王さまは竪琴を弾きつづけ、雨は七日七晩、休むこともなく降りつづけました。
緑豊かだったお城のまわりもオアシスが氾濫し、一面の泥の沼となって人間の兵士たちは逃げることもできません。やがて轟々とうずまく濁流は幾百幾千もの人間を飲みこみ、悲鳴と共に大地の底へと引きずりこみました。
猫人の王さまに仕える大臣たちが口々に言いました。
「王さま、王さま。もう十分です」
「王さま、王さま。これ以上雨を降らせれば、草は枯れ、食べるものはなくなり、私たちの家も流されてしまいます」
「王さま、王さま。
けれど、怒りに我を忘れた猫人の王さまの耳には届きません。それどころか、
「消えろ、消えろ。流れろ、流れろ。目障りな
猫人の王さまは虹の竪琴を弾きつづけ、ついに最後の1人までも人間の兵士はいなくなりました。何もかもが消え去ったあと、猫人の王さまがまわりを見渡すと、自分に仕える猫人たちもいなくなっていました。
ぽつん、とひとり大きなお城に残された猫人の王さま。
「誰かいないか。早く、来い! 王さまが呼んでいるのだぞ!」
けれど、いつまで待っても誰ひとりあらわれません。怒った王さまが外に出ると、美しかったお城の庭は泥で埋もれていました。
「なんだ、これは。皆はどこへいったのか」
するとそこへ、とても大きな炎を身にまとった赤い鳥があらわれました。
「おお!
王さまの先代のそのまた先の先の代から、
「愚かな王よ。そなたが雨で豊かな土を洗い流し、作物を腐らせ、民の住む家まで泥に沈めてしまったのだ。怒りに身をまかせ、耳を塞いだから、あれほど多くの猫人たちの嘆きすら、お前の耳には届かなかったのだろう。
食べ物も住む家もうしない、民は王にあきれ、我が身と王国の行く末を嘆きながら、みな散り散りに去ってしまった。治めるべき民すら流し去ってしまった哀れな王よ。民の声に耳をふさぎ、民から見棄てられた
猫人の王さまは、はじめてうろたえました。
朱雀は火を司る大精霊にして、
「朱雀よ。どうすれば民は戻る。どうすれば我は王に戻るのだ」
火をまとった鳥は天高く昇り、
「すでにミャアジャムは倒れた。王国は民の信をうしない、民を傷つけた汝は義を集める望みも絶たれたのだ」
王さまの目からはじめて涙がこぼれました。空を飛ぶ朱雀はうなだれる猫人の王さまに
「愚かな子よ。一度失われた王国を元に戻すことはできぬが、新たな王国を生む方法は教えてやろう」
空をあおぐ猫人の王さまは手に持った「夢見るルビー」を空にかざしました。
朱雀が本当に教えてくれるのか不安だったのです。けれど、朱雀の心の声と空から降る言葉は同じでした。
「その手に持つ宝玉を呑みこめ。さすれば、お前の心の声はさらけだされるであろう。その姿でなお嘘いつわりなく民の願いを叶え続ければ、いつしかお前は再び王へと推しあげられ、新たな王国の王となるだろう」
猫人の王さまはうなずき、「夢見るルビー」を呑みこました。
すると、どうでしょう。いままで王さまがルビーをとおして他の人の心の声を聞いていたように、王さまの心の声が勝手にまわりに響きはじめたのです。
「――この『虹の竪琴』と『静寂の笛』があれば、誰にだって言うことを聞かせることができる。我はすぐに王に戻れるだろう」
猫の王さまは民の願いを叶えるため、民の困りごとを訪ね歩き、「虹の竪琴」で枯れかけた森に雨をもたらし、「
けれど、意地っ張りで、怒りん坊で、高慢ちきな心が声となってあふれだし、いつも人を遠ざけてしまいます。どんなに願いごとを叶えても、感謝されるのは最初だけで最後には追い払われてしまうのです。
猫人の王さまの心は嘆きに満ちあふれました。
「――我は朱雀に騙された。心を読まれたままで、どうして愚昧な民を手懐けることができようか。はじめから王に戻るすべなどなかったのだ。
ああ、人の本当の心など、はじめから我は知らなければよかった。ああ、我の本当の心など、人に知らせなければよかった」
それでも猫の王さまはしぶしぶ人々の願いを叶えつづけ、心の声で悪態を吐いては疎まれつづけました。そして長い年月が経ち、ついに「静寂の笛」と「虹の竪琴」をひとりだけ残った友人である
「我はもう、ひとりだけの王となろう。我ひとりの王だ」
猫人の王さまはひとり、誰もいない場所を探して旅立ってしまったのです。
以来、猫人たちが再び自分たちの王をもつことはありませんでした。
以来、猫人たちが再び自分たちの国をもつことはありませんでした。
魔王があらわれて世界を闇にとざしたときも、勇者がそれを打ち滅ぼし、世界にふたたび光を取りもどしたときも、猫人たちは惑い、ついに王も国も得ることはできませんでした。
それでも猫人たちは信じています。いつか本当の王さまがあらわれて、自分たちの国をつくってくれることを。
むかしむかし、砂漠の国でのお話です。 (おしまい)
◇
パタン、絵本を閉じて、俺はおおきく息を吐きだした。猫人がホンモノの猫として描かれた可愛らしい絵柄の本の題名は「猫人の王様と虹の竪琴」。どこかで聞いた名前だと記憶をたどっていたら、勇者パーティーの面接のときにユズハが「夢見るルビー」の出所として紹介していた絵本であった。
イシス団の団長カズサ・カラカルが顎のとがったシャープな顔を間近に寄せる。
「これは
たしかに「
これまでの周回ではバラバラに存在していたアイテムが、この絵本を基点として線と線で繋がっていく。これは俺やキリヒトがこのグランイマジニカの秩序をかきまわした結果なのか、あるいは、もともと裏設定として存在していたことなのか。
絵本が史実というならば、夢見るルビーも今この周回に実在しているのだろう。おそらく、心の声がさらけだされてしまうという王の血脈のなかに。
「ユズハが仮にミャアジャムの王統を継いでいるとして、なぜ今なんだ? 俺たちは魔王を倒すべく旅をしている。魔王軍の侵攻が続いている状況で、
俺の問いかけに、カズサ・カラカルの薄茶色の瞳がギラリと光った。
「今だからこそ、というのが我らの答えにゃ。守戦にまわったリンカーン王国に、我ら
後ろに控えるイシス団の面々の眼に
カズサ・カラカルが嘆息して、
「ユズハ様と婚約を交わし、この地まで導いてくれた勇者カガトどのには、感謝の念こそあれ害意はないのにゃ。ただ、我らの憎しみは一代のものではなく、ここに集う者はみな親族の誰かを
俺は、まだ狼狽して右往左往しているユズハを振りかえると、
「ユズハはどうしたい? 俺は勇者として、本当に
イシス団の猫人たちの視線が一斉にユズハに集まった。期待のこめられた熱い眼差し。ユズハは緊張に声を上ずらせながら、
「アタシはついさっきまで、ただのシーフだったにゃ。それを急に王さまになってほしいと言われても、正直、どうしていいかわからないのにゃ。ごめんなさい。
――アタシも
カズサの顔が苦し気に歪んだ。
「王にとって優しさは民の
その後も言葉を替えて説得を試みるものの、ユズハの
伏し目がちに見つめるユズハに、ラクダの上から訴えかけるような視線を落とし、
「ユズハ様、どうか一度、プタマラーザに
あなたに王の魂が宿るなら、きっと我らと共に立ちあがってくださるはず。
来たときと同じく砂塵を巻きあげて疾風のごとく台地を駆けくだっていくラクダの一団。去っていくイシス団に魂を連れて行かれてしまったように、ユズハはいつもの元気もなく、ぼんやりと遠のく砂煙を眺めていた。
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