5-27 拳王レギンレイヴ

 風呂は竜宮城の最上階にあった。階数でいうと7階。女中姿の人魚に導かれて俺たち勇者パーティーがつづら折りの長い階段を登りきると、左右の灯篭の途切れた先に白い靄がゆらめく暗がりがあった。


「こちら、展望大浴場になっております」


 案内係が手を差し伸べると、ちょうど心地よい夜風が吹きぬけて白い湯煙を追いはらった。


「おお! 壮観にゃ!」


 階段をあがってきたユズハが感嘆の声をあげる。

 四方に壁はなく、替わりに朱塗りの大柱が東西南北の四隅にそそりたつ。湯気にけぶる天井は柾目を格子状にしあげた豪壮な格天井。浴槽は数十人が一度にはいれる長方形の檜風呂で、奥の樋から滔々とうとうと湯が沸きだし、満杯になった湯船からは細かな滝がいく筋も流れおちていた。

 星空につらなる圧倒的な開放感と森林浴のような檜の香りに背を押されて、階段脇に並べられた脱衣籠に手早く衣服を脱ぎすてると、さっそく身ひとつとなって風呂へと飛びこむ。と、おもったら、


「ごめんなさいね、勇者さま。あいにくとこちらは女湯でして、男湯はあちらの奥、扉で仕切られている向こう側でして」


 年配の女中に腕をつかまれて、意外な力強さで押しとどめられてしまった。


「あの、私はカガトどのがいっしょでもかまわないのですが」

「な、なにを言い出すのにゃ、セシア。正気なのにゃ!?」

「……ボクもいいよ。もう慣れたし」

「にゅふぅ、ネネまでカガトに洗脳されてたとは! 最後の砦はスクルドしかいないのにゃ。スクルドは混浴なんてもってのほかに決まってるのにゃね!?」


 ユズハの鬼気せまる形相に押されて、スクルドが斜め下に視線をそらす。


「せ、せやな、うちは別々がええかな。セシア姉さまがカガト兄ちゃんとベタベタしてるとこなんか見とうないし。うちもまだこういうシチュエーションだとポジショニングが難しいというか、カガト兄ちゃんとはあくまでライバルやし」

「当然にゃ。はい、決まり」


 緊張に逆立っていた尻尾がようやく安堵に垂れさがり、ユズハが全裸の俺の背中を押しだした。


「カガトはさっさと男湯に行くのにゃ。アタシたちはゆっくり露天風呂を楽しんでから部屋にもどるから、早めにあがってきて覗いたりしたら半殺しの刑にゃ。

 ――あー、危なかったにゃ。ここで全員いっしょにお風呂になったら、確実にアタシだけ除けものにゃ。筆頭婚約者の立場を守るためにはあたしもエッチなことを……でも、無理にゃ。恥ずかしすぎるにゃ」


 あいかわらず心の声がだだ洩れだが、ユズハの初々しさもそれはそれで良し、と俺は潔く男湯の戸を開けた。こちらは石づくりの階段が下へと続いていて、おそらく6階部分に位置しているのではないだろうか。

 ひとりわびしく周囲を遮蔽された洞窟のような浴室に降りたつと、いつかはあの露天風呂でセシアたちとイチャつきたいと夢想しつつ、銭湯のマナーを実践してタオルで丁寧に身体を拭ってから湯に浸かった。


「……ぬっはー」


 泉質なのだろうか。すこしぬめりのある湯触り。先ほどの檜風呂には比べるべくもないが、手足を伸ばして余りある広さ。全身を脱力させると、湯の揺らぎのなかに身も心も融けてしまいそうであった。

 温度はぬるいくらいで長風呂をするにはちょうどいい。顔をタオルでぬぐって肩まで浸かり、頭を岩の縁に預けると、山奥の秘湯にいるかのような苔むした匂いが肺腑にしみわたり、竜宮城にいたるまでに奔走した政治のストレスが抜けていく。


「これはこれで良いものだな」

「せやろ。ここは静かで落ち着くんや」


 俺の独白におもいがけない声が重なる。

 階段をくだるひたひたという足音。振りむいた俺の眼に、引き締まった脚線美から見事に割れた腹筋までの完璧なボディラインが映りこんだ。逆立つエメラルドの巻き髪はそのままに、腰にタオルをあてがっただけの美姫、レギンレイヴ・マンタレイ。

 油断した。セシアかネネが追ってくるかもという甘い期待はあったものの、ほかの誰かが男湯に降りてくるとはまったくの想定外であった。

 俺は伸ばしていた足をもどして居ずまいを正すと、できるだけ平静をよそおって、


「女湯は上ですよ」

「大事な客人やから背中でも流したろうか、とおもってな」


 乙姫レギンレイヴはなんのてらいもなく近づいてくる。きれいな鎖骨の下では左右に張りだしたおっぱいが揺れているが、肩幅は水泳選手のようにひろく、腕の筋肉は余分な脂肪もなく美しい隆起を描いている。拳闘士というクラスも拳王けんおうという称号も伊達ではないとおもわせる鍛えぬかれた肉体美がそこにはあった。

 ここで気を呑まれては乙姫のペースになると自戒し、俺はつとめて厳しい表情をつくる。


篭絡ろうらくしようとしても無駄ですよ。勇者としての使命がありますから。どんな理由であれ、ここに留まることはできません。もう十分にお湯はいただいたので、そろそろ上がらせてもらいます」

「まあ、待ちいや」


 乙姫はまったく気にする様子もなく、岩風呂から出ようとする俺の肩を押さえて再び湯に沈めた。なにげない動作だが、抗うことができないほどの重みが俺の肩にのしかかっている。恐ろしいまでの膂力りょりょくだ。

 レギンレイヴはそのまま湯船に木桶を差しいれて勢いよくかかり湯をした。


「カガトどのが難攻不落なのはもうわかってるからな。うちもそないに言われて、はい、そうですか、というほど素直やないねん」


 腰にあてたタオルを無造作に取りさると岩の上に置き、一糸まとわぬ姿で俺の隣に長い脚を滑りこませる。


「あのな、うちも人魚族の代表として、カガトどのには因果を含めなあかんねん。これも大事なお仕事や」


 ちゃぽんと浸かり、そのままついーっと湯をかき分けて俺の正面に移動すると、やおら両手をひろげて俺の首に抱きついてきた。柔らかなおっぱいが俺の胸に押しつけられ、膝の上に肉感豊かな乙姫の腰が乗って、ぴったりと身体をすりつけてくる。


「ちょっ、なにを――」

「ええから。ええから。すこしの間、うちら人魚族の話でも聞いてえな」


 突き離そうとするものの、乙姫は見た目どおりの剛力で、いまの俺の力ではとうてい振りほどけない。それに、手で押し返そうとするとどうしても乙姫の豊かな乳房に触れることになり、より危険な状況に陥ってしまいそうだった。まあもっとも、この状態でも俺のナニは沈黙を保ったままだから決定的な危機は訪れるべくもなかったのだが。

 乙姫は俺の抵抗がやんだのをみて、腕の力をゆるめた。湯に浸かっているせいで額に汗が浮かび、間近で見ても均整のとれた顔が艶めいている。


「うちら人魚族は代々女しか生まれへん」

「知ってます」

「だから、他所よそから男を連れてくるしかあらへんのや。でも、男はしがたい生き物やから、優しくしてると勘違いしてすぐに調子にのりよる。女が身体をひらいたらそれで心もひらいたとか、自分のモンになったとか」


 すべての男を一緒くたにするのは偏見だが、俺自身にそういった気持ちがゼロかと問われれば100%の確証をもって否定することもできない。

 俺が逡巡しゅんじゅんしていると、それを同意と受けとったのかレギンレイヴは嘆息し、


「ま、うちら人魚も男にちょっと優しくされただけで情が移ることもある。義理堅いのが人魚のさがやけど、その情やら義理やらを利用して男いう生き物はすぐにつけあがりおんねん。酷い奴やと、そのうち女の弱みにつけこんで骨の髄までしゃぶりつくしおる。なかにはそれでも飽き足らず、この竜宮島のあるじになろうとした輩もおるしな」

「そんな男ばかりじゃありません。少なくとも俺は、あ、私は、そうならないよう努力します」


 かろうじて反論すると、レギンレイヴは自嘲気味に口の端を歪めた。


「まあな。うちもわかってるつもりや。そんな男ばかりやないて。けどな、過去にそういうことがあってん。ねんごろになった人魚を利用して自分のおもうままにこの竜宮城を支配し、人魚族の王になろうとした男がな」


 まさかグノスン師匠のことではないとおもうが、俺の心はさざめいた。先代乙姫ブリュンヒルデとの駆け落ちの経緯はサブシナリオ「乙姫の涙」で語られるものの、過去の周回からディテールが変化している可能性はゼロではない。

 懸念が顔に出たのか、レギンレイヴは笑って、


「勇者リクの頃の話や。選姫公せんきこうから選姫公へと代々語り継がれてきた昔話。けどな、そんとき、男への愛に盲目となった人魚は他の人魚をようけ殺したらしい。男は自分の手は汚さず、何人もの女の純情をもてあそぶことで互いに自分への愛や忠誠を競わせて、すべてを手に入れた。けど、最後は恋人であった当代の乙姫の手にかかって殺されて、六族同盟派と勇者派で割れていた竜宮島は、結局、勇者にくみすることになったんや」


 六族同盟というのは初めて聞く名称だが、勇者派と敵対していたということは魔王側のグループということだろうか。

 

「このこともひとつの要因になって、勇者リクは魔王を討ち果たすことできたんやけど、二派に分裂して血で血を洗う抗争をした人魚族には酷い禍根が残ってな。以来、竜宮島にはひとつの掟ができたんや。『男は全員の共有物とする。男を独占してはならない』てな」


 その掟は俺も知ってはいる。だから、深く愛しあっていたグノスン師匠とブリュンヒルデさんは駆け落ちするほかなかったのだ。サブシナリオ「乙姫の涙」の概略はざっと次のとおりだ。

 放浪の旅の途上、竜宮島で開催される武術大会の噂を耳にしたグノスン師匠はこれに飛び入り参加し、見事優勝を果たす。けれど、この大会自体が優秀な男を選別するための人魚族の策略で「優勝賞品:海の幸1年分」の真実は「竜宮島に1年間軟禁」というものであった。

 ここからの詳細は全年齢対応版である過去周回ではつまびらかにされることなく話は飛んで、グノスン師匠が乙姫ブリュンヒルデとの間に子をなしたことだけが語られる。グノスン師匠がブリュンヒルデへの一途な愛を貫いたため「男を独占してはならない」という掟に触れたとみなされて、グノスン師匠は竜宮島から海に投げ捨てられ、乙姫ブリュンヒルデと赤子は幽閉状態となった。だが、その一月後、ひそかに竜宮島に舞いもどったグノスン師匠がブリュンヒルデと娘を連れて逃亡、追いすがる人魚族を蹴散らし、二度と再び竜宮島にもどることはなかった。

 それから月日は流れ、神のごとく敬慕していたブリュンヒルデをグノスン師匠に奪われたと思いこんでいるレギンレイヴは、師匠が竜宮城に再び現れたことにより復讐心に火がつき、俺たち勇者一行を罠に嵌めようと画策する。だが、迷宮にいざなわれた俺たちは潮の満ち引きが織りなす変幻自在の海底洞窟を脱出し、グノスン師匠が妻ブリュンヒルデから預かってきた手紙をレギンレイヴに渡すことによって凝り固まっていた疑念を氷解させ、和解が成立。レギンレイヴは謝罪の証としてブリュンヒルデの愛用品であった「水の羽衣」を差しだし、いつか竜宮島を訪れてくれるよう伝えてほしいと涙するという筋書きだ。

 と、思考が脱線した。

 いまのレギンレイヴが過去の周回と同じかどうかはわからない。だが、グノスン師匠を含め、男というものを信用しきれていないことは想像に難くない。


「だからな、うちらは男を竜宮島に留めおいたりはせえへん。でも、子供をつくるためには必要や。人魚族の中枢となる選姫公になるには、子供を産んだ母親、しかも、優秀な子供を産んだ母親であることが条件。だから、選姫公家に連なる若いもんはみんな、優秀な男を捕まえるのに必死で、うちは乙姫としてその期待に応える責任があるんや」


 たぷん、たぷん、と湯が揺れる。レギンレイヴが俺の獣性を目覚めさせようと、腰を揺すっているのだ。身体つきは筋肉質でも、やはり乳房は柔らかく、ぷにんぷにんと俺の胸に心地よい刺激を与えつづける。

 頬が紅潮しているのは湯のせいばかりではないだろう。胸の先端は固くなり、俺の腰に乗せられたレギンレイヴの太ももが肌に吸いついてくる。

 俺もモヤモヤとした熱いものが腹の底に沈殿してきているのだが、そこから先に道がなく、たぎったものがナニに落ちていかない。これはこれで非常にもどかしい気分だった。


「ここまでしてもその気にならへんか。うちも30を超えてるけど、実はいままで男に肌を許したことは無いねん。同族やったらそこそこ経験はあるけど、初モノや言うてもダメか」


 懸命に腰を動かすレギンレイヴの健気さに気持ちは揺らぐ。けれど、そこまでだ。SPゲージはピクリとも動かず、俺の身は清いままだ。


「やっぱり、ゲイレルルの報告は本当やったんやな。でも、玉出箱たまでばこをつかえば、男の機能は回復する」


 バシャッと湯を全身から滴らせて、乙姫が風呂から立ちあがる。

 筋肉と女性美が融合した神々しい裸体。彼女は笑みを消した鋭いまなざしで俺を見すえた。


「枯渇したSPを回復させるためには玉出箱から湧きでる神酒ソーマを飲めばええ。けど、神酒ソーマを充たすには大勢の協力が必要や。カガトどのの身体はうちが責任をもって治療したる。だから、神酒ソーマの準備と、協力してくれた人魚たちへの恩を返すあいだは竜宮城に留まってもらう」


 玉出箱たまでばこ神酒ソーマもこの周回ではじめてきくアイテム名だ。SP自体が俺が導入した生殖システムからの派生なのだから、玉出箱も神酒もSPに関連した追加仕様なのかもしれない。


「本当に不能インポテンツが治るのだとしても、竜宮城での滞在に期間が区切られないのであれば受けることはできません」


 グノスン師匠のケースもある。もし仮に竜宮城に1年間監禁されたら、タイムリミットがきて世界が崩壊してしまうかもしれない。人魚たちとの子作りは魅力的だが、相手に主導権を握られたままであれば、俺の目指すイチャイチャラブラブハーレムとは相容れない。


「悪いけど、うちも人魚族を束ねる身や。海神を屠るほどの勇者の血はなんとしても一族に入れなあかん。それが選姫公会の決定や。穏便な方法でカガトどのが望むようにとおもうとったけど、無理なら仕方しゃあない。男は甘やかしたらつけあがるからな。どちら上か、力づくでも言うことを聞いてもらうで」


 両のてのひらを開いて突きだし、やや腰を落として呼気を整えている。風呂から立ちのぼる湯気が、レギンレイヴの美しい裸身を包みこみ、渦を巻いてその姿を何倍にもおおきく見せた。

 目のやり場に困る、とは言っていられない。戦闘モードに入った乙姫から放たれるプレッシャーは本物だ。俺もアイテムボックスから聖鞘エクスカリバーを取りだした。剣を手にすることも一瞬だけ考えはしたが、全裸の美女相手に刃物を向けることは死んでもできない。自衛とはいえ、ものの弾みということもある。もしこの場で血が流れでもしたら、俺は勇者として婚約者たちに合わせる顔がない。

 そもそも、レギンレイヴも俺を殺そうとは考えていないはず。だから素手なのだ。拳闘士だから素手がもっとも破壊力ある武器ということかもしれないが。


「降伏しい。うちは、カガトどのの顔をザクロにして、みんなから苦情を受けるのは嫌なんや。かわいい婚約者たちの手前、ずっと不能なのは困るやろ?」

「だから、何度も言っているが、俺はここに留まることはできない。不能インポテンツは自力で治してみせる」

「交渉決裂か。なるべく後に残らんところに叩きこんだるからな」


 ヤクザじみたことを言って、レギンレイヴが近づいてくる。

 俺が距離をとろうとして岩風呂からあがると、レギンレイヴも俊敏な身のこなしで丸石が敷きつめられた洗い場に飛びあがり、足を滑らせぬよう小さな歩幅ながら淀みのない足さばきで眼前に迫ってきた。

 ゆっくりと手が差し伸べられる。

 俺がとっさに盾を構えると、乙姫の長身が一瞬沈みこみ、アッパーカットのごとく右手が下から跳ねあがり、盾ごと上半身を浮かせた。すぐさまもう一方の左のこぶしが空いた間隙から飛びこんでくる。

 拳骨が顎をかすった。必死に頭を後ろに反らせて振りきろうとしたが、目で追いきれるスピードではない。動体視力が大幅に向上し、回避能力が飛躍的に上昇する称号「鷹の目」をすでに使っているというのに。レベル差を考慮しても、レギンレイヴのスピードは尋常ではなかった。しかも、挙動が直線的な動きではなく、揺らめくような曲線で進んでくるから防ぎようがない。

 腕、腹、足へと細かな打撃が増えていく。一撃一撃がそれほど重いわけではない。ボクシングのジャブのようなものだ。しかし、こちらの動作がことごとく大振りにされて、盾で受けることができるものがほとんどなくなってきた。

 

「クッ、しまっ――」


 顔に打撃がくるというフェイントに引っかかって盾を上にあげたところ、聖鞘せいしょうエクスカリバーをもつ左手に容赦のない連打が浴びせかけられ、盾が宙に吹きとぶ。

 目の前に、冷徹なるレギンレイヴの群青の瞳。ふところに飛びこんできた彼女の掌底が俺の顎に炸裂した。

 脳を揺さぶられて一瞬にして意識が刈りとられる。俺が運良く目覚めることができたのは、飛ばされた先が湯船の中だったからにすぎない。

 ブハッ! と湯を吐きだし、そのまま後ろに跳びすさる。湯船に足をとられて素早い動きはできないものの、それは相手も同じこと。むしろ岩風呂の外に出ると、あの力士の摺り足のような独特の足さばきですぐに追いつめられてしまう。

 性愛の神エロースが使えれば、目の前に性的興奮を高めるための格好の素材があるのだから、レベル差逆転でゴリ押しできる見込みもあった。だが、いまだに俺の性欲は霧散したまま返ってきていない。次善の策として称号を「不屈」に変えた。


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『 称号:不屈 』

残りHPが5%以下の状態で、敵を30体以上倒した者に贈られる称号。

HPが0以下となる攻撃を受けても、同戦闘中1度だけ踏みとどまることができる。

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 風呂の中なら速度は落ちる。鷹の目をはずすのは賭けではあるものの、これで一発KOだけは避けられる。だが、もちろん、それだけで勝てるわけでもない。


「我、青龍の巫女の血脈たる乙姫レギンレイヴ・マンタレイは、流転と調和を司る水の精霊に問う。

 汝の同胞はらからたる我が血潮をかてとし、汝の力を我が肉体に顕現させること能うか。

 鉄壁を極めし甲殻の一撃にて万物を打ち砕け! アクアフォーム『フィスト』!」


 乙姫の拳を貝の外殻が幾重にも覆っていく。

 あんなものでなぐられたら、間違いなく頭蓋骨が砕けるだろう。


「悪いけど、意識を刈りとらせてもらうで。多少壊れるかもしれんけど、安心しい。竜宮城のの医療団は優秀や。治療しながらでも神酒を口移しに飲ませて、男としての仕事はできるようにしたるから。

 ま、ざっと3年やな。3年間、子作りに励んでもらったら解放したる。竜宮城からは外に出られんようにはするけど、うちも鬼やない。仲間との子作りを妨害したりはせえへんから、いっしょに面倒見たるわ。もちろん、スクルド・グレイホースも大目に見たる。父親の罪を子が被る道理もないからな」


 レギンレイヴが勝手な口上を述べているあいだに、俺は秘密の店「ティル・ナ・ノーグ」で購入した「タコ足ハポーン」と「イカ足ジュポーン」をアイテムボックスから取りだして両手に装備した。おまけとしてもらった「禁断のローション」もそれぞれの触手に垂らしてまんべんなく擦りつける。


「けったいな武器やな。でも、なにをしたって無駄や。この拳で砕けんかったものはない!! 意地も根性も砕いて、従順なペットに仕込んだるから!」


 乙姫の素早い踏みこみ。湯が四散し、飛沫を突き破って、貝殻に鎧われた拳が銃弾のように俺の腹に撃ちこまれた。痛い、という感覚ではない。腹が爆発したような衝撃に呼吸が止まり、五感が麻痺する。

 俺はものの見事に吹きとばされて洗い場の床に転がった。「不屈」の称号の効果で、かろうじて意識はある。だが、あえて起きあがらずそのまま寝たままにしていると、レギンレイヴが近づいてきた。

 俺の状態を確かめるためか身を屈めて心臓に手をあてる。そこへ、俺の目がカッと見ひらかれ、両手にはめたタコ足ハポーンとイカ足ジュポーンの合計18本の触手がうねりながらレギンレイヴの四肢に絡みついた。


「な、なんやこれは! あ、アアンッ!!」

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