3-4 レベル1から最強装備
「では、あらためて。
これから旅の準備について話しあいたい」
嵐のように過ぎさったグノスン
テーブルの上の皿を手際よく片付け、あきれた表情を浮かべているセシア、ネネ、ユズハに顔を寄せるように手振りする。
「まず、最初の議題だが、街の外の移動には馬車を使いたいと考えている」
俺が事務的に切りだすと、いろいろと納得がいかない様子のセシアが口を開きかけ、しかし諦めたのか「……カガトどのについていくと決めたわけですし」と小声でため息をついてから、
「私は反対です。
馬車の価格は1万ゴールド以上。無理に馬車を買おうとすれば、資金を稼ぐための魔石集めで、かえって旅が遅れます。主要な街と街の間には駅馬車の定期便もありますし、まずは徒歩でよいのではないでしょうか」
と、まっすぐに俺を見つめて正論をのべた。
セシアの言うとおり馬車はもっとも安い型式でも1万ゴールドはくだらない。武器や防具、薬草などの携行品といった他に金のかかる必需品も多く、初回プレイでは終盤になるまであえて手に入れようとはおもわない贅沢品である。
だが、馬車があるのとないのとでは攻略スピードに雲泥の差が生じることは最速クリアを目指した周回で実証済みだ。馬車で移動した場合、徒歩で3日かかる場所がおよそ1日の距離となる。しかも、馬車の速度についてこられる魔物は少なく、エンカウント率が大幅に低下して無駄な戦闘も避けることができる。良いことづくめだ。
このグランイマジニカは大陸と呼ぶには小さく、東西南北とも1か月ほどで踏破できる広さとなっている。それでも、サブシナリオをこなすためにあちこち移動していると、すぐに2、3ヵ月は過ぎてしまう。
できるだけ人助けをこなしつつ、婚約者たちの愛憎度を高め、しかも、
それに今回は他にも理由がある。
徒歩での移動は荷物を最小限にしなければならないうえに、野宿もざら。何日間も着のみ着のまま過ごさなければならないのは、女性にとって過酷な環境であることは想像に難くない。
そこへいくと大型の馬車があれば荷物を余分に積載できるし、車中で休むこともできる。婚約者たちに誠心誠意を尽くし、愛憎度を高めていく方針である以上、極力、快適な旅を提供したい。そのためならば、いままでの周回で集めた金銭を散財しても惜しくはないというわけだ。
俺が説明しようと口を開きかけたとき、ユズハがフッと口の端をゆがめた。
「セシアはわかってないのにゃ。お金の話をカガトにするにゃんて」
「ユズハどのも見ていたでしょう。異界から召喚されたカガトどのは、ルルイエ大臣から旅の支度金として1000ゴールドしかいただいていないのです。必要なものを買いそろえただけでも、すぐに底をつきます」
ネネも三角帽子をこくりと傾けて、セシアの意見に同意をあらわす。
だが、ユズハはなぜか勝ち誇ったように、
「にゅははは! 安心するのにゃ!
カガトの半分は
自慢げに、俺が大金塊を無造作にさしだしたエピソードを語った。
話の骨子が微妙に入れ替えられて、俺が大金を積んでユズハにプロポーズし、ユズハがきっぱり断った、というふうに解釈できる内容だったが。
「参考までに聞くが、俺のあとの半分は何でできているんだ」
「そんなの決まってるにゃ。
4割が女好きで、残りの1割が、うーん、優しさかにゃ?」
某頭痛薬よりも優しさの割合が低いが、ゼロよりはマシか。
俺は肩をすくめつつ、
「そんなわけだ。金のことなら心配はいらない。
面接のときに説明したかもしれないが、異界から召喚された『勇者』には世界の
俺が受けとったのは、このグランイマジニカを30周は旅しなければ得ることのできない広範な知識と経験、そして、貴重な装備品がつまったアイテムボックスだ。
大金塊もこのアイテムボックスに収納されているわけだが、残りの装備品はいまここでみんなに配る。馬車も装備品もすべては魔王討伐をより確実に、より迅速に実行し、より多くの人々を救うためだから承諾してほしい」
アイテムボックスを開いて、各人の特性にあわせた装備品を割りふっていく。
「セシアには、
飛燕マサムネはツバメが空中でとんぼ返りするように、一太刀でかならず行き返りの二撃となる魔剣だ。封魔の盾は魔法によるダメージを半減し、韋駄天の脚甲は踏みこみ速度を爆発的に高める効果がある。
『聖騎士の鎧』と『聖騎士の兜』は防具のなかでも最上級の逸品であるから、そのままでいいだろう。セシアは高い防御力が長所だが、決定力に欠けている。しかし、この韋駄天の脚甲で敵の機先を制し、飛燕マサムネによる一太刀二撃のつばめがえしを繰りだせば、ほとんどの魔物は瞬殺できるはずだ」
俺が装備一式を机の上に並べると、セシアは驚愕のあまり顔が蒼くなっていた。
震える声で、
「カガトどの、これは伝説級の武器防具ばかりではありませんか。王宮の宝物庫にも、これほどのものはありません。私はこんなものはいただけません」
目をギュッとつむって装備品を押しもどそうとする。
俺はそれを手で制して、
「さっきも言ったが、これらはすべて魔王討伐をより確実に、より迅速に実行するための手段だ。セシアを含めたパーティーメンバーの武装を強化することが、アリシア姫を救うための最善の道だと俺は信じている」
アリシア姫の名前を出されると、セシアはうなずくしかない。
装備品の一点一点を丹念に確認し、ときに感嘆したり、ときに不思議な笑みを浮かべたり、せわしなく表情を変えて、まだ使い慣れていない自分のアイテムボックスへと収納する。
ぶつぶつと独り言で「これはマサムネ七刀の一振りではないですか!」などと叫んでいたので、じつは武器マニアなのかもしれない。
次は、ネネだ。
「ネネには、賢者の杖、水の羽衣、闇夜の三角帽子、幸運のサンダルだ。
賢者の杖には魔力消費を半分におさえる効果があり、闇夜の三角帽子は魔法の発動にかかる時間を半減してくれる。組み合わせれば、より短時間でより多くの魔物を駆逐することができるだろう。
水の羽衣には火属性の攻撃を無効化する力があり、幸運のサンダルは魔物を倒したときにより良いアイテムが得られるようになるといわれている」
ネネが水の羽衣をひろげて、わずかに眉間にしわを寄せる。
「……スケスケ。
これは着れない」
水の羽衣は半透明の青みがかった
実のところ、水の精霊の力で膨大な清水が凝縮されているだけなので、水の青さそのものの色味しかついていない。たしかにこれを着たら、シースルーのネグリジェのような魅惑的な姿となるだろう。
「煉獄の魔人ザザは火属性の最上級魔法を得意とする。
本気でザザと
ブブー! と警告音を発しつつ、羞恥に顔を赤くしたネネが俺をにらんでいる。
「……兄さんに会うためなら、ボクはなんだってするさ。
でも、これだと裸で歩いているようなものだし」
目的のためには恥辱に耐えるしかないのか、と真剣に自問しているネネは可愛いらしいが、あまりいじめても後が怖い。すぐに助け舟をだすことにした。
「水の羽衣の上に、いま着ている魔導院のローブを羽織れば問題ないだろう」
なるほど、と表情を輝かせたあと、俺に踊らされたことがわかったのかネネは三角帽子を引きさげて黙って唇を噛んでいる。
しかし、彼女はまだ気づいていない。火属性の最上級魔法の直撃を浴びれば、魔導院のローブなど瞬時に消し炭となることを。
シースルーのネグリジェを着たネネが煉獄の魔人に立ち向かう姿をおもいうかべて、俺はひとりにやにやした。
「最後はユズハだな。
ユズハには、つらぬき丸、
つらぬき丸はどんなに硬いものでも貫通するという特殊能力があり、防御力の高い敵にはとりわけ有効な武器だ。
幻惑の服はまわりの景色をゆがめて投影するため攻撃が当たりにくくなり、隠れ頭巾は相手の意識の死角にはいりこみ狙われにくくなるという特性がある。あと、忍び足袋は物音をたてずに歩くのに最適だ。ユズハはこの装備で、敵の背後から近寄って一撃で仕留めるという戦闘スタイルを磨いてほしい」
ユズハが服をひろげたり伸ばしたり裏返したり、なにやら入念に確認している。
「あと、装備品は売るな」
「う、にゃはははは、カガトは冗談が上手なのにゃ。そんなことするわけないにゃ。
―――チッ、勘が鋭いにゃ。しばらくおとなしくしておいたほうがよさそうにゃ」
ネネとユズハが装備品を自身のアイテムボックスに収納するのを見届けてから俺はゆっくりと立ちあがると、「旅のとびら亭」のカウンターで今晩の宿の予約をした。
「四人部屋を一室たのむ」
「100ゴールド。前金だ。
夕飯はここで食えるが、別料金になる」
他意はない。いや、ないわけではないが、いままでの周回でもパーティー全員がひとつの部屋に宿泊していたのだ。宿の主人も不審がる様子もないし、あえて2部屋用意することもないだろう。
宿の主人に100ゴールド、王国銀貨1枚をわたして代わりに鍵をもらう。
昨日の朝、31周目のはじまりをむかえた部屋とは違う号室だ。まあ、あのときは一人部屋だし、当然といえば当然か。
俺はテーブルに座ったままの3人を振りかえると、
「2階に部屋をとったから、各自いま渡した装備品に着替えて、またここに戻ってきてほしい。今日は、馬車、旅の備品、食料などを買いこむから王都で一泊する」
ひそかに危惧していた「なぜ男女で同室なのか」という質問は出なかった。
パーティーというものは同室が当たり前なのか。あるいは、これから野宿もあると覚悟しているから細かいことまで気にしていられないのか。
今日は、セシア、ネネ、ユズハと同じ部屋で寝る。ベッドはちゃんと4つあるはずだが、間違いが起きないとは断言できない。
いや、断じて俺のほうから間違いを起こすつもりはない。あくまでも愛憎度を高め、自然のなりゆきとしてイチャイチャでラブラブな関係に近づけていく計画であるのだから。
けれど、期待がまったくないわけではない。
ほんのちょっぴりだけ。千載一遇くらいには。
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