5-6 古戦場 その3

 セシアはすでに炎帝マサムネを右斜め上段に、飛燕マサムネを中段に突きだして、臨戦態勢にはいっている。一足踏みこめば剣が届く距離だ。

 体内の熱を宿した呼気がほのかに白く、黒い荒野に流れていく。


「俺がいまから『ライト』の魔法を打ちあげる。効果時間はおよそ3分間。そのあいだにセシアが俺の体力ゲージを半分以下にできれば、セシアの勝ち。3分間耐えきれば俺の勝ちだ」


 龍王の剣をアイテムボックスに収納し、空いた右手に聖鞘せいしょうエクスカリバーを持ち替えると、セシアの翡翠の瞳に怒気の炎が揺らめいた。


「私は真剣勝負をお願いしたつもりですが」


 俺は「わかっている」と左手で制して、


「わざと負けてセシアに花をもたせよう、などという驕りは微塵もない。この条件が一番、俺の勝率が高いと判断しただけだ。いくら模擬戦だとしても、セシアに剣を向けるとなれば、無意識に切っ先が鈍ってしまうからな」


 まだ納得していないセシアに対して、俺は盾の底部を突きつける。


「君はまだこの勝負の重大さ、負けたときのリスクがわかっていないようだな」

「わ、わかってますよ。負ければ、カガトどのの前で、その、服を脱ぐわけですし。か、勘違いしないでくださいね。すでに、あの、あのようなことをしていても、平気ではないのです。いくらカガトどのが相手とはいえ、肌をさらすのはやっぱり恥ずかしいのは恥ずかしいわけですし」


 自分から脱衣模擬戦をもちかけたことをおもいだし、いまさらながら顔を赤くしてしどろもどろになるセシアに、チッチッチ、と指を左右に振る。


「俺が勝ちとるのは、ただ裸をながめることではない。

 屋外でセシアを全裸にするという特別な体験なのだ!」

「え? でも、ここにはパーティーの仲間以外、他に誰もいないわけですし。街からも遠く、通りかかる人も。だから、見られる心配など」

「他に人がいなくとも、天が、地が、俺が、セシアが記憶するのだ! 青空のもと一糸まとわぬ姿となったセシアの痴態を!

 四者が忘れぬこと、これを四知という。セシアは自分が屋外で裸になったという体験を忘れることはできない。露出プレイという新たな境地。俺と共にまた一歩、エロの階段をのぼることになるのだ!」


 おおげさな身振りであおる俺の演説に、セシアの身体がわななき、首すじから耳まで真っ赤に染まる。

 ブブー! とは鳴らない。たしかに怒っているが、愛憎度は下がらない。


「そういうところが勇者らしくないと言っているのです!

 私はカガトどのと共に、戦場でも、それ以外でも、尊敬しあって、手をたずさえて生きていきたいと願っているだけです。も、もちろん、い、家でも、なるべくいっしょにいたいですが、エッチなことばかりしたいわけではありません!

 いいでしょう。私が完膚なきまでに打ちのめし、清く正しい勇者へ教育します!」


 セシアはふうっと息を吐きだした。

 二刀の型は解かず、じりじりと間合いを詰めてくる。


「さあ、構えてください!」


 その言葉を承諾と受けとった俺は、ライトの魔法を空にむけて放った。

 白い光球が青空にパアッと散り、光の粉が風に舞うと、セシアが無言で地面を蹴った。刹那せつな、韋駄天の脚甲の効果で瞬間移動とみまごう速度で俺の眼前にあらわれる。

 頭上に炎帝マサムネの灼熱した輝き。盾で受けとめれば、がら空きになった胴にすかさず飛燕が舞いこんでくるだろう。

 俺は咄嗟とっさの判断で前へと踏みだし、アメフトのタックルのように姿勢を低くして兜と肩当てでセシアの腰にぶつかっていった。


 ――ゴッ!!


 スピードが乗っていたセシアと正面衝突する形となり、衝撃に頭が激しく揺さぶられる。だが、振り抜くための距離をつぶされた魔剣は勢いを完全に削がれ、俺の「妖精王の鎧」に難なくはじき返された。

 黒い大地にかかとをめりこませ、セシアがなんとか踏みとどまろうとするものの、そこへ俺の盾の殴打が容赦なく襲いかかる。


 ――ガキッ!!


 盾の攻撃を剣で受けるという逆転の光景。炎帝だけではおさえきれず、飛燕も合わせて両腕両刀でなんとか押しもどす。


「カガトどの! 私はあなたの背中を預かるに足る騎士となります!」


 腰を落として両腕を突きあげ、盾がわずかに持ちあがったところで、セシアの左手が残影と共に消える。と、俺の鎧の脇腹に火花が散り、目で追いきれない飛燕が二条の薄い裂傷をオリハルコンの装甲に刻んだ。


「まずは及第点だな。左で飛燕を操れるようになってきたが、威力はまだまだ」

「自覚しています」


 S級装備の「妖精王の鎧」は精神感応力の高いオリハルコンをふんだんに使用している。この程度の傷であればすぐに癒着し、鏡面のごとき外観へと自己修復するだろう。斬撃の打痛もなく、俺の体力ゲージはMAXのまま。聖鞘エクスカリバーの10分ごとに10%体力回復の付与効果に頼るまでもなく、俺の勝利は揺るがない。


「いまの攻撃をいくら続けても、俺の体力を削ることはできないぞ」

「それでも私は二刀を振るうことで何かが見い出せる気がしているのです」


 上下左右さまざまなコンビネーションを試しつつ、セシアは息を乱しながらも懸命に刀を振るう。俺はそれを難なく盾ではじき、徐々に溜まっていくセシアのSPゲージを観察していた。

 満タンになったオレンジ色のバーが金色こんじきにかがやき、


「秘技! ほむら一閃!」


 炎帝マサムネの軌跡が炎の稜線となり、盾から鎧へとまとわりつく。紅蓮の炎がひろがり、けれど、聖鞘エクスカリバーを鋭く一振りすると、火の粉となって散った。


「痛いし、熱い。たしかにダメージは入っている。けれど、俺の鎧は土・水・火・風属性ダメージ半減の効果がついている。ダメージは1割くらいだな」

「まだまだ、いけます!」


 そろそろ3分。余分な力も抜けて二刀の型も洗練されてきたが、S級の盾と鎧の防御力と特殊効果を前にしては、やはり半分のダメージは相当壁が高い。


「2人とも終了や」


 ライトの光が消えるのを確認したスクルドが休憩を告げる。


「私の負けです」


 少しためらってから、セシアがおもいきって、汗を吸って重くなったチェニックを脱ぎすてた。ピンクの可愛いブラが戦闘でよじれてマイクロビキニのように細くなり、凶悪なおっぱいの先端にかろうじて引っかかっている。

 直視するとマズイ。血流がすべて下半身に流れこみ、正常な判断ができなくなる。

 

「次、お願いします」


 ブラのねじれを直しつつ、水分補給を終えたセシアが魔剣を構えた。

 疲労のせいか、それとも修練の成果があらわれてきたのか、二刀の剣先には呼吸のごとき自然な揺らぎがあり、ほどよい柔らかさが隙を消している。

 一方の俺はといえば、セシアの艶姿あですがたに怒張した股間が邪魔をして、姿勢が前かがみになってしまっている。あの胸に飛びこみたい衝動を必死に抑え、歯を食いしばってライトの呪文を空に打ちあげると、ゆさっ、と爆乳が重たげに揺れて俺の眼前に迫ってきた。いまにもブラがちぎれて中身がこぼれそうだ。

 いや、違う。そっちじゃない。視線を魔剣に合わせなければならない。

 自分を叱咤しつつ、だが、俺が身構えるよりも早く、炎帝と飛燕が同時に左右の肩に落ちてくる。

 さっきまでより速い!


「ッうぐ!」


 飛燕は盾で受けたものの、炎帝の赤い刀身がしたたかに妖精王の鎧を斬りつける。幸いにも黄金に輝くオリハルコンの肩当てを破砕するまでにはいたらなかったが、剣圧と炎熱が肩の奥深くまで浸透し、ズキズキと痛む。体力ゲージも減った。


「さっきよりも身体が軽くなった気がします!」

「ブラをはずせば、さらに軽くなるぞ」

「もう負けません!」


 セシアが素早く回転し、左からまた二刀が同時に襲いかかる。

 わずかな時間差と角度の異なる連続攻撃。今度は盾に左腕をクロスしてどうにか凌いだが、やはり初戦よりも斬撃が重く、骨の芯まで振動が届く。

 俺が盾で押しかえすと、はじかれた腕の勢いを殺すことなく、セシアはそのまま独楽こまのように身体を逆回転させて、右から再度の二刀同時攻撃を繰りだしてきた。脇をしぼって腕を引きこみ、直径を縮めて回転速度を上げてくる。

 盾は間に合わない! ここは地面を蹴って後ろに逃げる!

 だが、セシアの韋駄天の脚甲による追撃を振りきることはできず、胸を袈裟けさがけに斬られた。これも鎧を貫くことはできず、胸甲を撫で斬りしただけだったが、衝撃で肋骨がきしみ、着実に俺の体力ゲージが削られていく。


「良い踏みこみだった。だが、俺も、セシアとエロのステージを駆けあがるために、ここで負けるわけにはいかない!」


 防御に専念しているだけではダメだ。自分から相手の攻撃を崩していかなければ、3分間を耐えきることは難しい。俺は聖鞘せいしょうエクスカリバーを中段に構えると、その後ろに左手を添えた。

 盾の両手持ち。左右から繰りだされる二刀のマサムネに対して、受けるのではなく迎撃するために盾をぶつけていく。セシアの動きは機敏になってきたものの、まだフェイントは無駄が多く、守る側の俺はじっくりと観察し、最小限の動きでカウンターを狙うことができる。盾を両手持ちにしていれば力負けすることもない。


「さすがはカガトどのです。簡単にはいきませんね」


 俺の盾に刀を叩き落とされて、セシアが口惜しげに唇を噛んだ。

 そのまま決定打を浴びせることができず、3分間が終了した。

 

「次こそ、勝ちます!」


 スパッツを下ろすと、まぶしいばかりの白い下着があらわれる。汗で透けて、ふとももの谷間に淡い翳が見え隠れしている。

 ぐッ! ダメだ。そこに踏みこんではいけない。凝視すれば理性が吹きとんでしまう。と自制しつつも、自然と視線が吸いこまれて、


「カガト兄ちゃん、早く試合せな、自滅するで」


 休憩もそこそこにスクルドが3回戦の開始を告げる。

 俺は促されるままに「ライト」を空に放ったが、意識がどうしても、セシアの下着に吸い寄せられてしまう。

 セシアの剣がまた変化してきた。そろいはじめた二刀の動きが、微妙に異なる軌跡を描くようになってきた。もはや最初の頃のチグハグな違和感はなく、剣を振りきった先の伸びしろで、炎帝はより重く、飛燕は軽やかに飛びまわっている。

 下着姿のまま刀を縦横に振りまわし、恍惚の表情を浮かべるセシア。


「だんだん魔剣の声がはっきりと聞こえるようになってきました」

「魅入られて、第二の魔人マサムネになるなよ」

「いえ、変な意味ではなくてですね、指先から伝わる感触から、剣のいきたい場所がわかるようになってきた、というか。飛燕と炎帝の個性を感じられるようになってきたのです」


 盾の両手持ち戦法もいよいよあやうくなってきた。炎帝の重い一撃に耐えているときに、飛燕が不意に横滑りしてきて首を狙う、というようなことが増えてきたのだ。セシアが意識してか、それとも魔剣の声に従ってのことなのか、フェイントも上手になってきた。

 クソ! 時間はまだ1分以上ある。

 このまま耐えきれるのか。オリハルコンの自己修復機能を凌駕し、斬撃の細かな傷が「妖精王の鎧」に増えはじめた。俺の体力ゲージも気がつけば4分の3ほど。セシアの成長がうれしい反面、ここで負けるのは血を吐くほど口惜しい。

 あともうすこしでセシアの神々しいばかりの裸体が降誕し、初めての露出プレイという輝かしいエロのメモリアルを刻めるというのに。


「まだだ! まだ俺は負けられない!」


 生命に根差した純粋な欲望が俺を強くする。極限まで研ぎすまされた動体視力がセシアの剣の動きをとらえ、機敏に盾を回転させてはじきとばす。


「私も負けません! カガトどのにふさわしい騎士となるために!」

 

 セシアの身体から熱が蒸気となって立ちのぼる。

 魔剣を振るう速度がどんどんと増していき、俺の盾は濁流に翻弄ほんろうされる堤防のように決壊寸前となる。2本の刀が右から、左から、下から伸びてきて、中段で交錯して天地に分かれる。セシアの動きは舞踏のように優雅で美しく、リズミカルに太鼓にバチを当てるように俺の盾と鎧に斬撃を刻んでいく。

 終了まであと30秒というところで、セシアの持つ飛燕マサムネと炎帝マサムネがあまりの速度に重なって見えた。いや、居合い斬りのように腰の後ろから伸びてくる魔剣は赤い輝きを帯びて本当に一振りの刀としてセシアの両手に握られていた。


「……そう。飛燕も炎帝も同じ気持ちなのですね」


 ゆっくりと、時間が緩慢となる感覚。SPゲージが再び金色の輝きをあふれさせ、瞳に強い輝きを宿したセシアが咆哮する。


「絶技!! 蒼燕そうえん(炎)乱舞!!」


 刀から噴きだす炎が蒼く染まり、視界を覆うほどの豪炎となって俺に襲いかかる。そして、その蒼い炎を突き破って次々と飛びだす蒼いツバメのごとき無数の刺突。

 全身を貫かれる衝撃があり、俺は後ろに吹きとばされた。

 鎧は無事だが、熱風を呑みこんでしまったような苦しさが肺腑はいふを駆けあがり、俺は地面に転がったままのどをかきむしる。


「これはアカンやつや!」


 スクルドがすぐに「ヒール」を唱えてくれて、呼吸はすこしずつ落ち着いてきたものの、体力ゲージはまだ半分も回復していない。


「カガトどの! 大丈夫ですか! 私、頭がカッと熱くなってしまって」


 駆けよってきたセシアが膝をついて俺に回復呪文をかけてくれる。


「俺の負けだ」


 たわわに実った果実がすぐそばにあるというのに、これを収穫できないのは筆舌に尽くしがたい口惜しさだ。だが、セシアはたしかにつかんだのだ。魔剣士ユキムネも体現したことのない新たな技。二刀流が生みだした必殺技を。


「これからは状況に応じて聖騎士スタイルと魔剣士スタイルを切り替えていけば、攻守の要としてセシアをますます頼りにできるな」


 金色の髪を優しく撫でると、セシアは照れ笑いを浮かべた。

 地面から半身を起こした俺に対して、セシアは両膝をついて俺の手を握っている。いまだブラとパンティだけという状態だから、視線をわずかに下げるだけで偉大な胸の谷間が眼前に迫ってくる。このまま気を失うフリをして身を預ければ、豊満な乳房に顔をうずめることもたやすいだろう。そして、うっかりセシアの背中に手が当たり、またまたうっかりブラのホックをはずしてしまうことも。

 そう。あくまで、うっかりだ。

 体力を消耗した俺が気を失うのも自然。手に力が入らず、腕が下がる反動で最後の砦を突き崩してしまうというハプニングも自然。

 自然に。そう、超自然に……。


「カガトどのが私のわがままを聞きいれ、訓練につきあってくれたおかげです! ありがとうございます!」


 俺の野望は、しかし、セシアの純真無垢な、ピロリン♪という音の前に霧散した。俺にむけられる混じりっけなしの好意。この信頼をくだらない悪戯で汚すことはできない。それに夜になれば、いくらでも甘えさせてくれるのだから。

 俺が服と鎧を着るようにうながすと、セシアはあらためて自分の格好を認識したらしく頬を赤く染めて馬車の影に隠れた。

 十分に休憩をとり、体力も回復してそろそろ魔物の探索にもどろうかというとき、


 ――ドゴゴゴゴゴ!!!


 遠方で空を焦がすほどの巨大な火柱が噴きあがった。

 ついで、黒い大地のへりが赤くにじみ、白煙がゆっくりと硫黄臭をともなって風にのって流れてくる。地平を溶かすが如く赤黒いマグマが視界を侵し、肌を刺す熱が近づいてくるにつれて、俺の胸も嫌な予感に焦がされはじめた。

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