2-4 勇者は旅立たない

 リンカーン王宮は、国民に開かれた王宮である。

 白大理石の巨大な城門をくぐると、左右に幅のひろい螺旋階段が配され、中央は吹き抜けとなっている。そのため、陽光が降りそそぐ大広間から二階の踊り場の先にある謁見の間まで、入口から一望することができる。

 白を基調とした落ちついた装飾は、開口部から射しこむ陽光を柔らかく受けとめ、「光の宮殿」という別名にふさわしい明るい清涼感を与えていた。

 俺がオッズ隊長に連れられて謁見の間に入場すると、すでに大勢の官吏や貴族たちが左右に立ちならんでいた。

 奥の黄金の玉座には、大きな冠をいただいた老人がひとり。肌は土気色で、重篤じゅうとくな病におかされているかのように白い髪にも白い髭にも艶がなく、赤地に金の刺繍がはいった豪奢なガウンから伸びる手足は枯れ木のように細い。

 生命の灯火がまさに吹き消えようとする老衰ぶりだが、深紅の双眸そうぼうだけは異様な輝きがあり、この枯れ果てた老人にただならぬ威圧感をまとわせていた。


「ようやく成功したか」


 リンカーン王国「聖王」ウルス・ペンドラゴンが玉座から睥睨へいげいする。


「陛下、ご指示どおりの場所にいた勇者をお連れしました」


 玉座の前に進みでたオッズ隊長が片膝をついてしゃがみ、頭を深く垂れると、聖王は鷹揚おうようにうなずいた。

 かしずく中年騎士の横で、俺は立ったままの姿勢で聖王を直視する。

 謁見の間にはいったときに入口脇でわかれた新人騎士ホーバルが、焦った様子で俺に頭をさげるようジェスチャーしているのが視界の隅に映ったが、なぜ頼みを受ける俺がへりくだらなければいけないのか。


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『 ウルス・ペンドラゴン 』

リンカーン王国の国王。

グランイマジニカで最強の竜騎士であり、最高の時空魔導士。高齢のため最盛期の力は見る影もないが、時空魔法の深淵を知る唯一人であることに変わりはない。

【種 族】 竜人ドラグーン

【クラス】 竜騎士

【称 号】 聖王

【レベル】 45(S級)

【愛憎度】 ☆/☆/☆/-/-/-/- (D級 勇者にあらゆる加護を)

【装 備】 龍王の錫杖しゃくじょう(A級)

      覇者のローブ(A級)

【スキル】 長剣(B級) 大剣(A級) 短剣(B級) 斧(B級)

      槍(S級) 弓(A級) 格闘(C級) 盾(A級)

      土魔法(C級) 水魔法(C級) 火魔法(B級) 風魔法(B級)

      聖魔法(C級) 時空魔法(S級)

      法知識(B級) 交渉(B級) 宮廷作法(C級)

      魔導の探究(C級) 聖なる信仰(C級) 時空の扉(S級)

      高潔なる献身(A級) 竜の魂(A級)

      破界の大罪

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 深くしわの刻まれた細面に白い口髭とあご髭が長く垂れさがり、大根かごぼうのように見える。聖王という称号がついているくらいだから悪人ではないのだろうが、これが魔王として登場しても違和感のない悪相である。


「たしかに、勇者だ」

 

 聖王は神託のようにおごそかに告げた。

 毎回おもうが、俺のどこをどう見て「勇者」と判断しているのだろう?

 たしかに、いまはS級フル装備でそれらしくも見えるが、初回の「旅人の服」姿でも聖王は確信をもって俺を「勇者」であると断じた。

 前の世界では地味キャラでとおっていた俺も、この世界では勇者的なオーラをまとっているのかもしれない、と茶化すのはやめておこう。一番考えられることは、聖王も俺と同じく相手のステータスが読めるということか。


「名は何という」

加賀かが 俊明としあきです」

「カガト・シアキか。

 やはり異界から召喚されし勇者。この国の響きではないな」


 名前は他の周回で変更を試みたことがあるが、カガト・シアキ以外は耳が遠いふりをして問い直されるだけなので根負けした。

 この世界、グランイマジニカにおける俺はカガトなのだ。

 加賀 俊明はもういない。


「勇者カガトよ。其方そなたに使命を授ける。

 魔王を倒し、世界の滅びを止めよ」


 上から目線なのが気になるが、王様というのはどこの世界でもそういうものなのかもしれない。これも他の周回で「嫌です」ときっぱり断ってみたりもしたが、やはり聞こえないふりをして無視された。

 勇者は魔王を倒すもの。あらがうすべはないらしい。

 聖王は立ちあがると、右手の杖を俺に向け、


「其方に光の祝福を授ける。

 絶命の危機に瀕したとき、『光の守護』が其方を死の淵よりよみがえらせ、再びこの王宮から旅立つ勇気と力を与えるであろう」


 俺の意思など確認することもなく、問答無用で、まばゆい光が杖の先からほとばしり、床に六芒星ろくぼうせいが三重になった壮大な魔法陣が浮かびあがる。

 魔法陣の円周部分に刻まれた文字が回転をはじめ、次いで、俺の足から這いあがって全身にひろがった。「字」が身体中を埋めつくす光景は、耳なし芳一ほういちにでもなった気分だ。

 時間としてはわずか一瞬のことだが、俺は長い夢から覚めたような酩酊感に足がふらついた。「光の守護」が完成して効力を発揮したらしく、まわりをシャボン玉のような虹色の淡い光がとりかこみ、しばらくたゆたってから、キュポン、と俺の身体のなかに吸いこまれて消える。

 聖王はその様子を見届けると玉座に身を沈め、苦しそうに息をつきながら最後の言葉を告げた。


「勇者召喚の儀式、並びに、光の守護の儀式は成功した。

 魔王をしりぞけ、世界の崩壊を止めるための糸はここに紡がれた。

 皆のもの、この希望の糸を決して断ち切らせてはならぬ。

 か細く困難な道なれど、この勇者カガトこそ世界に再び安寧を取りもどす唯一にして最後の切り札。全身全霊を捧げて、この希望の糸をつなぐのだ」


 白い髪が汗ではりつき、疲労の色が濃い。

 侍女が二人がかりで王を立たせて介添えし、玉座の後ろの扉へと消えていく。

 玉座のすぐ下に控えていた3人の男女が退出する王に深々と一礼した後、俺の前に進みでてきた。


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『 ボルトムント・マンタートル 』

リンカーン王国の司法長官、大司徒だいしとの名を冠する大臣。

王立裁判所の裁判長と王立図書館長を兼務している。

【種 族】 人間ノーマ

【クラス】 賢者

【称 号】 百識

【レベル】 25(C級)

【愛憎度】 ☆/-/-/-/-/-/- (F級 聖王様の御心に従う)

【装 備】 儀典のローブ(E級) 儀典の靴(E級)

【スキル】 杖(C級) 格闘(C級)

      土魔法(B級) 水魔法(A級) 火魔法(C級) 風魔法(C級)

      聖魔法(C級) 闇魔法(C級)

      法知識(A級) 交渉(C級) 宮廷作法(A級)

      歌唱(C級)

      魔導の探究(B級) 聖なる信仰(C級) 聖魔の止揚(C級)

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『 ルルイエ・スニークスネーク 』

リンカーン王国の行政長官、大司空だいしくうの名を冠する大臣。

王国の金庫番であり、治水・土木工事の専門知識を有する。

【種 族】 人間ノーマ

【クラス】 獣使い

【称 号】 童貞殺しチェリーキラー

【レベル】 23(C級)

【愛憎度】 ☆/☆/☆/-/-/-/- (D級 色々と教えてあげようかしら)

【装 備】 魅惑のローブ(C級) 踊り子の靴(E級)

【スキル】 長剣(E級) 短剣(D級) 鞭(C級) 弓(D級)

      投擲(D級) 格闘(D級)

      土魔法(D級) 火魔法(C級)

      索敵(C級) 開錠(C級) 罠(C級) 追跡(D級)

      隠密(C級) 乗馬(D級) 水泳(F級) 法知識(C級)

      薬草学(C級) 交渉(C級) 宮廷作法(C級) 

      性技(C級) 調教(D級)

      盗賊の心得(C級) 魔導の探究(D級) 百獣の愛(C級)

      猫好き

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『 バズ・ダンボ 』

リンカーン王国軍の司令長官、大司馬だいしばの名を冠する大臣。

「王国の剣」とよばれた元「龍牙の騎士団」団長。

【種 族】 人間ノーマ

【クラス】 聖騎士

【称 号】 王国の盾

【レベル】 29(B級)

【愛憎度】 ☆/☆/-/-/-/-/- (E級 友よ)

【装 備】 聖騎士の鎧(B級) 聖騎士の脚甲(B級)

【スキル】 長剣(C級) 大剣(B級) 槍(B級) 弓(C級)

      格闘(C級) 盾(B級)

      聖魔法(E級)

      乗馬(C級) 水泳(E級) 裁縫(D級) 料理(B級)

      サバイバル(C級)

      法知識(F級) 宮廷作法(E級) 交渉(D級) 

      勇猛果敢ゆうもうかかん(B級) 聖なる信仰(D級) 騎士道(B級)

      大食漢

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 中央のボルトムント大臣は腰の曲がった小柄な老人。左のルルイエ大臣は年齢不詳の美女、右のバズ大臣は筋骨隆々の大柄な中年男だ。

 各人のステータスウインドウに見慣れぬ「愛憎度」という項目があることに気づき、いままでの違和感の正体はこれかと納得したものの、じっくりと思考をめぐらせる余裕もなくチュートリアルが粛々と進んでいく。

 いつもの周回と同じく、中央のボルトムント大臣がまず口を開いた。


「勇者カガトどの、聖王様は高齢で体調も万全ではないゆえ、ここからは王国で実務をつかさどる我ら3人から話をさせてもらう。わしがボルトムント・マンタートル、右が国庫を預かるルルイエ大臣、左が軍を預かるバズ大臣だ。

 さて、まず知っておいてもらいたいのだが、このリンカーン王国は、いまや亡国の危機に瀕しておる。およそひと月前の魔王軍との決戦において将兵の半数が死傷し、人材も物資もこれ以上の侵攻を食い止めるのがやっとという有りさまだ」


 腰がほぼ直角に曲がっているため、もともと小柄な体は子供の背丈くらいの高さしかない。頭はつるりと禿げあがり、しかし、白くなった眉毛だけはふさふさと長く伸びて目もとをすっかり覆い隠してしまっている。

 聖王もたいがい高齢であったが、目の前のボルトムント大臣も負けず劣らず100歳をゆうに超えていそうな印象だ。

 だが、声だけは不思議と若々しく、そのギャップにまず驚いてしまう。

 ボルトムント大臣は張りのあるトーンをわずかに落とし、


「聖王様の仰せになったとおり、本来ならば王国の全軍を挙げて、全身全霊を捧げて勇者を援助をしたい。だが、無い袖は振れないという事情を察してもらえるとありがたい。我々にも守るべき民があるのだ。

 町や村の防備にあたる兵士を動員した結果、カガトどのが無事に魔王討伐を果たしても、王国の国土には無人の荒野が広がっていたという惨状にもなりかねない」


 ボルトムント大臣が咳払いし、ここからが肝心だというように声に力をこめた。


「まことに心苦しいが、カガトどのには少数精鋭で魔王討伐を目指してもらいたい。

 旅のともとして役立つであろうものを、ここに6名用意した。しかし、このうち半数は城の防備と復旧のために残してもらいたい。

 誰を連れていくかは、カガトどのにお任せする」


 大臣が合図すると、控えていた列の中から6人のパーティーメンバー候補が俺の前に並んだ。

 

「右から順番に、聖騎士セシア・ライオンハート。攻守のバランスのとれた騎士で、回復魔法も使える。

 聖典教のモンク、グノスン・グレイホース。素手での格闘術に優れ、僧侶でもあるから聖属性の魔法が得意だ。

 魔導士ネネ・ガンダウルフ。王立魔導院の俊才で、土魔法、水魔法、火魔法、風魔法の四属性魔法をそつなく使いこなす。

 魔剣士ユキムネ・ブレードウィゼル。王国軍の剣術指南役であり、魔剣による属性攻撃は一撃必殺の威力を誇る。

 狩人ギムレット・オーバーオール。エルフの王国からの客人だが、弓に優れ、草原と森での生存術に長けている。

 最後はシーフ、ユズハ・ケット・シー。盗賊の技をもち、開錠やトラップの回避に役立つだろう」


 それぞれ名を呼ばれて紹介されると、各自の流儀で会釈えしゃくする。


「皆、理由はさまざまだが、魔王討伐の旅に同道する覚悟はできている。

 聖王様が先ほどカガトどのにほどこした『光の守護』は、『結盟の腕輪』によってパーティーに選ばれた全員に効力がある。パーティーの誰かが死に瀕した場合、全員まとめてこの王宮まで光の結界で運ばれることになるだろう。

 しかし、これに頼ることがないようにしてもらいたい。

 『光の守護』は時空魔法の最高位。召喚されたものと術者の魂を繋ぎ、あらゆる危難から回帰させるものの、発動するたびに代償として術者の寿命が削られるという恐ろしいものなのだ」


 このご都合主義の説明を受けて、俺は繰りかえし「光の守護」を発動させる実験をしたことがあるが、結果としてはクリア時まで聖王は生きていた。

 寿命を削るといっても、もしかすると数時間のことなのかもしれないし、聖王は種族が「竜人」となっているので人間よりもずっと長命なのかもしれない。

 俺は大臣に頭を下げると、あらかじめ用意していた口上を述べた。

 

「お心遣い感謝します。

 魔王討伐という使命を確実に果たすためにも、同道者の申し出はありがたくお受けします。しかし、長く過酷な旅をともにする仲間を、いますぐに選ぶということは難しく、せめて1日、時間をいただけないでしょうか」


 小柄な大臣は俺の顔を覗きこむように見上げ、しばらくしてから突きだした頭を張子はりこの虎のように上下に揺すってうなずいた。


「カガトどのの言うことも至極しごくもっとも。

 しかし、魔王軍がいつ進撃を再開するかわからず時間に余裕もない。

 明日の正午にはパーティーメンバーを決めて出立するということで願いたい。それまでは城の一室でおくつろぎを」


 俺はひそかに安堵の吐息をもらした。

 いままでの周回にはない要求をしたので、また無視されるのではないかと内心ヒヤヒヤしていたのだが、このくらいの交渉の余地はあるらしい。


「ありがとうございます。

 では、仲間を選ぶためにそれぞれの人柄を確かめたいと思います」


 ボルトムント大臣のふさふさの眉毛がわずかに持ちあがり、怪訝けげんな表情が浮かぶ。


「面接のために小部屋を一室お貸しください。

 面接時間は1人1時間として、正午までに2人。昼食をはさんで午後から4人。明日の午前には最終確認をして、正午には3人を選びます」


 俺の提案に大臣はしばし黙考してから、


「わかった。侍従の控室を割り当てよう」


 パーティーメンバー候補の6人に「呼ばれたらカガト殿の部屋に出向くように」と指示を与えて、列に戻らせた。

 ボルトムント大臣との話が終わると、次に妖艶な美女ルルイエ・スニークスネークが前に進みでてきた。ルルイエ大臣は上背のある美人で、肌艶は若々しいものの、所作には独特の貫録がある。


「国庫を預かる大臣として、勇者カガトどのに旅支度の路銀1000ゴールドを授けます。また、王国国立銀行に命じ、カガトどのの取引口座を用意し、特例として魔石とゴールドの無制限の兌換だかんを許諾します」


 怜悧れいりな官吏の声で宣言してから、ルルイエ大臣は急に表情をやわらげると、胸が接するほど近くにまで身を寄せて、


「はい、かわいい勇者どの。お金は無駄づかいしちゃダメよ。

 でも、もし足りなくなったら、お姉さんのところに相談にいらっしゃい。お金のつかい方や他のことも色々と教えてあげるから」


 俺の手をとり、蠱惑こわく的な流し目とともにそっと銀貨袋を握らせる。

 期待に胸をふくらませつつ「色々とは、たとえば」と俺が声をかける前に、最後の大臣バズ・ダンボが壁のような身体を割りこませ、視界をさえぎってしまった。


「カガトどの、自分の役割は魔物との戦い方の基本と最初の目的地を示すことであるが、明日の仲間選びが終わってからのほうがいいだろう。

 ひとまず、これで自分たちからの説明は終わりだ!」

 

 腹の底から響く野太い声で笑って、バズ大臣は侍従に、勇者を面接用の小部屋へ案内するよう指示をだした。

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