2.31周目のはじまり

2-1 NEW GAME

 目覚めると、見覚えのあるすすけた天井。背中には薄い綿布団の感触がある。

 二度寝して眠りすぎてしまったような朦朧もうろうとした意識のまま、頭をごろりと横にたおすと、開ききらない目に古びた部屋の様子がうつった。

 寒々しい白土を塗りかためた壁。六畳ほどの室内には、簡素な机と椅子のセットがひとつだけ。机のうえには飾り気のない白い水差しとコップが置かれている。部屋にある唯一の窓からは朝の光がのびて、床のほこりを四角く浮かびあがらせていた。

 上半身を起こすと、二日酔いのような鈍痛がして、顔をしかめる。

 記憶をたどろうとするものの、まだ半分夢の中にいるような感覚で、ここが遠い記憶の中の景色なのか、昨晩眠りについた部屋なのかすらわからない。


 いや、ちょっと待て。

 そもそも「俺」は誰だ?


 自分の名前すら思い出せない状況にわけがわからなくなって、両手で顔をこする。

 ひんやりとした感触が肌に触れて、そこでようやく、自分の左手首にはめられた銀色のブレスレットに気がついた。

 視線をはしらせると、不意に半透明のウインドウがあらわれる。


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『 結盟けつめいの腕輪 』

時空魔法によって異界から召喚された「勇者」に組みこまれた魔道具。

勇者の内に巣食う異界の残滓ざんしが具象化したもので、異界を「アイテムボックス」として使用することができる。また、結盟の腕輪によって勇者の「仲間」となったものは異界を通じて繋がり、お互いのステータスや位置を把握することが可能となる。

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 あまりに現実離れした光景にしばし思考が停止し、しかし、仄暗い湖底から光さす水面みなもへと浮上するように急速に記憶が近づいてきた。

 そうだ。俺は王道RPGゲームのような世界に飛ばされて、王に乞われるままに魔王を倒して世界を救い、ようやくエンディングを迎えたとおもったら、そのままニューゲーム!? という理不尽を繰りかえしてきたのだ。

 ここは、そう、31周目の世界。

 いつものスタート地点、リンカーン王国の王都の裏通りにある宿屋だ。

 振りむくと、深緑色に塗られたドアがある。これを開けると王国の兵士があらわれて無理やり王宮に連れていかれてしまうのだ。

 俺はプロローグのフラグを立てないように、とりあえず扉は無視してベッドに座りなおした。まずは自分のステータスを表示してみる。


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『 カガト・シアキ 』

勇者リクの意志を継ぐもの。

【種 族】 人間ノーマ

【クラス】 勇者

【称 号】 神殺しの英雄

【レベル】 1(F級)

【装 備】 旅人の服(F級)

【スキル】 長剣(F級) 短剣(F級) 斧(F級)

      格闘(F級) 盾(F級)

      救世の大志(F級)

      周回の記憶

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 半透明のウインドウが何もない空間に浮かんでいる。

 不可思議な光景ではあるが、違和感なく向きあっている自分がいる。

 ウインドウを見つめるうちに、だんだんと記憶も鮮明になってきた。

 

「やはり、元の世界には戻れなかったか」


 なかば覚悟していたことだが、現実を突きつけられると胸に苦いものがこみあげてくる。またレベル1からのスタートと考えると虚脱感も強い。ぶあつい防寒具を着こんだように手足が重く、肌の感覚もにぶい気がしてくる。


「いや、気のせいではないな」


 この感覚のにぶさは、単なる心理的なダメージではなく、レベル初期化にともなう身体能力の低下を反映しているのだろう。

 眠りにつく前は魔王を単独で倒せるほどの強さだったものが、朝起きたらスライムを相手にするのがやっとの新米剣士となっているのだ。玉手箱をあけた浦島太郎が一瞬にしてヨボヨボの爺さんになったようなものか。

 しかし、俺はただのレベル1というわけでもない。

 30周という気の遠くなるような周回の積み重ねがあり、この世界に関する知識と経験は相当なものだと自負している。

 それと前回30周目の俺はできるかぎりの善行を尽くし、ひとつの願掛がんかけ、というよりも、この理不尽な世界に対して最後通牒をおこなった。


『これで次またはじまるというのなら、その時は俺にも覚悟がある。

 次は、もうゲームクリアなど目指さない。

 元の世界に帰りたいという希望も捨てる。

 ただ己の欲望に忠実に。本能の赴くままに、この世界を変えてやる!』と。


 そして始まってしまった31周目。宣言どおり俺は勇者としての役割は端において、自分の望みを叶えるために動くつもりだ。そのために必要な準備は整えた。 

 左手首にはめた「結盟の腕輪」の銀色のリングに指をすべらせて、灰色の「アイテムボックス」を宙に開いてみる。


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『 カガト・シアキのアイテムボックス 』

1.「冒険の書」 カガト・シアキがつづった冒険の記録。

2.「盗賊王の鍵」 あらゆるじょうを開けることができる万能変化の鍵。

3.「見晴みはらしの地図」 踏破した場所が自動でマッピングされる魔道具。

4.「朱雀すざくの羽根」 瀕死状態から体力の限界を超えて回復させる霊薬。

5.「魔石」 254312ゴールド

6.「大金塊」 換金用アイテム。50万ゴールドの価値をもつ。

7.「大金塊」 換金用アイテム。50万ゴールドの価値をもつ。

8.「大金塊」 換金用アイテム。50万ゴールドの価値をもつ。

9.「大金塊」 換金用アイテム。50万ゴールドの価値をもつ。

10.「大金塊」 換金用アイテム。50万ゴールドの価値をもつ。

11.「龍王の剣」 S級武器。与ダメージ10%体力吸収。

12.「飛燕ひえんマサムネ」 A級武器。一振り二撃の連続攻撃。

13.「賢者けんじゃの杖」 A級武器。魔法使用時の消費魔力半減。

14.「つらぬき丸」 A級武器。防御力無視の貫通攻撃。

15.「聖鞘せいしょうエクスカリバー」 S級盾。10分ごとに10%体力回復。

16.「封魔ふうまの盾」 A級盾。魔法ダメージ半減。

17.「妖精王の鎧」 S級体防具。土水火風属性ダメージ半減。毒、麻痺、睡眠、魅了、石化無効。

18.「水の羽衣はごろも」 A級体防具。火属性ダメージ無効。

19.「幻惑の服」 A級体防具。敵の攻撃をかわしやすくなる。

20.「聖者のローブ」 A級体防具。闇属性ダメージ半減。聖魔法の効果倍増。

21.「心眼の兜」 S級頭防具。クリティカル値上昇。不可視のものを看破する。

22.「闇夜の三角帽子」 A級頭防具。魔法詠唱の待機時間が半減する。

23.「隠れ頭巾ずきん」 A級頭防具。敵から狙われにくくなる。

24.「祈りのバレッタ」 A級頭防具。聖魔法の効果範囲が一団に拡大する。

25.「天馬てんまの靴」 S級足防具。落下ダメージ無効。ジャンプ力倍加。

26.「韋駄天いだてんの脚甲」 A級足防具。先制攻撃率が大幅に上昇する。

27.「幸運のサンダル」 A級足防具。レアドロップ確率が大幅に上昇する。

28.「忍び足袋たび」 A級足防具。不意打ち成功率が大幅に上昇する。

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 周回で引き継ぐことができるのは、このアイテムボックスの中身と「称号」だけ。

 アイテムボックスにはある程度の大きさと重さのモノを28個まで収納することができ、「結盟の腕輪」に触れることで手の届く範囲の任意の場所に取りだすことが可能となっている。ちなみに、勇者の仲間となった者に与えられる「従たる結盟の腕輪」にもアイテムボックスがあり、こちらの収納容量は7個まで。「従たる結盟の腕輪」のアイテムは次の周回に引き継ぐことができないものの、王宮での仲間選定は最大3人だから冒険の途上でのアイテム収納数は最大49個ということになる。

 ちなみに、魔石をアイテムボックスに入れることは可能だが、1枠で1個しか入らないので使い勝手が悪い。だから基本的に魔石は荷物袋の一区画に放りこみ、街で換金したゴールドは「銀行」に預けることにしているのだが、レベル上げに夢中になっているとついつい魔石を溜めすぎて、重くて捨てざるをえないこともある。

 ラスボス攻略時の装備品については、アイテムボックスに空きがあれば自動的に収納され、空きが無ければ、国王との最後の謁見時にアイテムボックスの整理を促されるという親切設計になっている。

 

「さて、と」


 俺はアイテムボックスのなかの「冒険の書」に意識を集中して、ポンッと異空間から取りだした。

 茶色の革表紙のついた使いこまれた冊子。

 実は俺のハンドメイドだったりする。

 5周目に入ったときに、備忘録として日記をつけることを思いつき、道具屋で紙の束、なめし革、革ひもを買ってきて、バインダー形式で製作したものだ。以来、これだけは失わないように常にアイテムボックスに収納し、新しく発見したこと、気がついたことがあれば書き足すようにしている。

 30周を経た今となっては間違いなく、他のどんなアイテムよりも貴重で有用なものになっているはずだ。


「時間はたっぷりある」


 俺は小さな窓から外の景色を眺めた。

 太陽はまだ昇りはじめたばかりで、ヨーロッパ調の赤やオレンジの屋根を明るく照らしている。

 何周目だったか忘れたが、この状態でいつまで耐えられるか試したときは昼をまわったあたりでしびれを切らした兵士がこの部屋に突入してきたはずだ。

 部屋にひとつだけ置かれた木の机に移動すると、簡素なつくりの椅子がギシッときしんだ。

 この31周目は、自分のために使う。だから、予習復習を欠かさず、慎重の上にも慎重を重ねなければならない。

 俺は机の上に「冒険の書」をひろげると、まだこころもとない自分の記憶を記録で補いながら、まずは30周分の軌跡をたどることにした。

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