創性記(そうせいき) ~ 31周目からはじめる世界改変
神奈 大和
1.30週目
1-1 魔神城城門
目の前には黒鉄の扉。
人の背丈の倍ほどもある巨大な扉には、何かから逃れようともがく人の群れがレリーフとなって刻まれていた。いくつもの手が折り重なるように上へ上へと伸び、その狂おしくゆがんだ無数の指の隙間からは、悲痛な老若男女の顔がのぞいている。
避けられぬ死を突きつけられた困惑。
耐えがたい苦痛への恐怖。
飽くなき生への執着。
理不尽な世界に対する絶望と怨念。
この扉は、人への、そして、世界への悪意に充ちている。
中に入ろうするものを拒絶し、あえて押し入るものを恫喝し、物語の最終章へと足を踏みいれるものの覚悟を問うのだ。
俺は、毎度毎度のことながら、いまだに緊張で固くなってしまう身体をほぐすため、息を深く吸いこみ、一拍ためてからゆっくりと吐き出した。
「よし」
頬を軽くはたいて、気持ちをあらたにする。
飽きるほど繰り返し、身体に刻みつけられた攻略手順。けれど、わずかな油断からほころび、死ぬ可能性も十分にある。たとえその死が本物の死ではなくとも、死ぬほどの痛みと苦しみを味わうことには変わりなく、死の苦痛は何度経験しても慣れるものではないのだから。
扉を押し開くためにそっと手をあてがうと、
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『 魔神城の城門 』
魔王の居城「魔神城」へ入るための唯一の門。
リンカーン王国の中心部に魔神城が出現したとき、およそ10キロ四方の大地が毒の沼地へと変貌し、近隣の村とそこに暮らしていた人々を飲みこんだ。
魔王は、犠牲となった村人たちの魂を城門に塗りこめ、触れる者の正気を奪う魔道具とした。
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扉に触れた指先のすこし上、なにもないはずの中空に、やや青みがかった半透明の「ウインドウ」が表示される。
なんの変哲もない長方形に、オーソドックスの極みというべき白い枠。
物理的に存在しているわけではない証拠に、手を振りかざせば枠も文字も素通りしてしまう。あえて理屈をつけるとしたら、俺の網膜に直接投影されているもの、なのだろう。ウインドウは万物すべてに表示されるわけではないが、固有名詞を有するものにはたいていあらわれる。
魔物も魔法もある世界なのだ。過去の常識は捨てさり、こういうものだとしてありがたく受け入れるほかない。
城門の説明文にチラリと視線を走らせるものの、見慣れた文面に気をとめることもなく、もう片方の手も扉に押しあてて力をこめた。
分厚い鋼鉄の扉が悲鳴をあげるようにきしみ、わずかな隙間から黒い瘴気が昼の陽射しを侵しながらあふれだしてくる。影絵のように瘴気はいくつもの人の腕をかたどり、俺の身体へと伸びてくる。黒い指先が俺の髪に触れた途端、
―――イイヤアアアアア!!!!
耳もとでおぞましい断末魔の叫び声が炸裂する。
次いで襲ってくる全身を針で刺し貫かれるような痛み。水に沈められたような息苦しさ。高熱にうかされたような悪寒。不意に命を奪われた人々の絶望を凝縮して追体験する精神トラップ、「呪い」のステータス異常だ。
何度も、それこそ何百回と体験してきたが、精神に直接作用する「呪い」の効果は状態異常のなかでもとりわけキツい。すぐさま左手首にはめた銀色のブレスレット「結盟の腕輪」をひとなでして、虚空から紫色の液体がはいった小瓶を取りだす。
呪いの効果を打ち消す「聖水」だ。
細い先端を親指でへし折り、ゴクンとひと飲み。胸のあたりから温かな血が四肢へとひろがり、じんわりと平静さがもどってきた。
「呪い」は集中力が低下し、攻撃力が半減するバッドステータスだ。回復アイテムは「聖水」で、回復魔法は「キュアカース」か「キュアオール」のどちらか。「勇者」である俺は中級以上の聖属性魔法は習得できないから、聖水を常備することにしている。
呪いを受けたままでも戦闘は可能なのだが、攻撃力半減はじみにつらい。おまけに、こんな鬱な精神状態を続けていたら、ただでさえ瀬戸際にある俺の忍耐力が崩壊しかねない。
「けれど、これで最後だから」
自分に言い聞かせ、渾身の力をこめて巨大な黒鉄の扉をあけはなった。
ズズーン!! と腹に響く音をたてて観音開きになった城門の先には、幅のひろい石造りの通路がのびている。青白いかがり火が侵入者をいざなうように点々と揺らめき、最終ダンジョンにふさわしい重厚さと不気味さをただよわせていた。
俺は暗がりの中に一歩踏みだす、と見せかけて、即座に後ろに跳んだ。
―――ガシャン!!
扉のかげから唐突に振りおろされた巨大な
金属がこすれる音が通路に反響し、壁のへこみから銀色のゴーレムが抜けだしてくる。天井に届きそうな巨体に、両手に一振りずつの
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『 ゲートキーパー
いにしえの大戦のおり、
両手のシャムシールは腕の外装が剥離したものであり、何度でも再生する。
魔力波によって
【等 級】 C級(上級魔)
【タイプ】 ゴーレム
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もう片方の扉の
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『 ゲートキーパー
いにしえの大戦のおり、
魔力波によって右王と交信することで連携攻撃をおこなう。
【等 級】 C級(上級魔)
【タイプ】 ゴーレム
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ウインドウの文字は間違いなく日本語である。
初見の魔物の場合、表示されるのは基礎情報までで、攻撃方法や弱点などの特記情報は討伐数を積みあげることではじめて開示される仕様となっている。もしかすると、このウインドウという仕組みは「勇者」の知識や経験が反映される外部記憶のようなものなのかもしれない。
右王の横殴りの曲刀を、左手にはめた細長の
―――ガツ!!
左王の大楯がとっさに割りこみ、かがり火に照り輝く白銀の刀身が跳ねあがる。
逆サイドから再び襲ってきた右王の曲刀をバックステップでかわすと、俺は態勢をととのえるべく足を軽くひらいて肩をまわした。
この2体のゴーレムは攻守の連携が巧みで、まともに戦えばじわじわと体力が削られる厄介な相手だ。初回は城門の「呪い」のトラップと右王の不意打ちで難なく病院送りならぬ
だが、いまの俺の敵ではない。
自分の体に視線をはしらせると、ウインドウに「ステータス」が表示される。
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『 カガト・シアキ 』
勇者リクの意志を継ぐもの。
【種 族】
【クラス】 勇者
【称 号】 神殺しの英雄
【レベル】 42(A級)
【装 備】 龍王の剣(S級)
妖精王の鎧(S級) 心眼の兜(S級) 天馬の靴(S級)
【スキル】 長剣(A級) 大剣(B級) 短剣(B級) 斧(D級)
槍(D級) 刀(C級) 弓(C級) 格闘(C級) 盾(A級)
風魔法(C級) 聖魔法(D級)
交渉(D級) サバイバル(C級) 隠密(E級) 乗馬(D級)
水泳(D級) 料理(D級)
救世の大志(A級)
周回の記憶
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装備品は最上級のS級からA・B・C・D・E・Fと7等級あり、特殊効果を無視すれば、おおまかに言って1等級上がるごとに性能は2倍となる。
たとえば、F級武器で4回攻撃を当てて倒すことができる敵が、E級武器では2回で撃破できるという具合だ。同じように、防具は頭・体・足・盾の各部位ごとに装備することができ、E級で全身をそろえた場合、F級装備に比べて被ダメージは半分となる。
ゲートキーパーは1体ずつであればC級に分類される魔物だ。魔王の砦を守る魔物としては弱い部類だが、2体そろったときの実力はB級にも匹敵する。
これは終盤の中ボスクラスを意味しているが、S級装備で全身を固め、レベルもA級に達した俺にとってみれば、もはや格下の相手。しかも、相手の攻撃パターンを熟知しているとなれば、左王と右王の連携攻撃を恐れることもない。
左王が一歩下がり、流れるような動作で入れ替わった右王の2本の曲刀が、キラリと輝いてギロチンのごとく頭上から落ちてくる。
俺は身体を斜めにそらせるだけでその大振りの攻撃を避けると、右王の銀色の胴体に龍王の剣をさしいれた。装甲にミスリルをつかっていても、S級武具の切れ味には敵わないということなのだろう。さしたる抵抗も受けずに、刀身がゴーレムの分厚い鎧の奥深くへと潜りこんでいく。
サッと剣を引きぬき、腹を割かれた右王がのけぞったところに、左王が脇から大楯でタックルを仕掛けてきた。
スピードはそこそこ。
だが、俺の切り返しのほうが速く、2枚の巨大な盾のわずかな間隙をついて、左王の右足に刃を突きたてた。関節部分にくいこんだ剣の刃先をひねると、伸びきった足がからまり、勢いが乗ったまま右に倒れこむようにして壁に激突した。
自分たちが出てきた穴に半身を埋めている左王に上段から容赦なく追い討ちの斬撃を浴びせると、不自由な体勢のまま盾を構える左王の腕がゴトリと落ちた。
一方的な戦いであったが、それでもS級武器で5回は斬りつけているのだから、B級の武器だと20回以上の攻撃が必要な死闘となったはずだ。
右王が再びギクシャクとした動きでシャムシールを振りあげたところを、ふところに飛びこんで、腹の傷をえぐるように深々と長剣をねじこんだ。
まだ腕を振りあげる余力は残しているようであったが、俺がそのまま剣を上に振りきると、銀色の破片が宙に散り、胸から四角い頭まで亀裂がいっきに走った。
そのまま膝をつき、右王が頭から床にくずれおちる。
倒れたゲートキーパー2体は、銀色の身体が早送りの映像のように風化して砂となり、心臓のあたりからこぶしほどの黒い塊が床に転がり落ちてきた。
『 魔石 1091ゴールド 』
『 魔石 981ゴールド 』
魔物を倒すと、どのようなタイプの魔物であろうとも、魔力の結晶である「魔石」が残される。
この「魔石」を町の換金所に持っていくと、この世界の通貨である「ゴールド」に換金してくれるというシステムだ。
強い魔物ほど多くの魔力量をもった魔石となるため換金額も大きくなるのだが、こうして換金額までウインドウに表示されると、便利をとおりこして呆れてしまう。
「もう必要ないしな」
つぶやき、魔石の横を素通りすると、俺は勝手知ったるラストダンジョン「魔神城」の奥へと歩を進めるのであった。
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