七人のエディマスと、月の金貨

@ekunari

第1話

 エディマスは、七人いた。

 壁と屋根のない家で目を覚ますと、顔が背中についている母親がおごそかに言った。

「エディマス、我が家の金貨が盗まれました」

 エディマスはそんな母親が不思議だったが、おとなしく、七人で金貨を探しに出かけた。

 家の前の看板には、ひとこと、「武器なき街!」と書かれていた。


 一人目のエディマスが練り石でできた街道を歩いていると、キツネの皮をかぶった男がいた。

「うちの金貨を知らないか」

「おれはキツネであり、世は平和でこともなし」

 狐の皮をかぶった男の後ろでは、男にだまされた人たちが戦ったり、死んだりしていた。

 一人目のエディマスは、キツネ用の罠にかかって死んでしまった。


 二人目のエディマスが黒炭でできた街道を歩いていると、焼却炉にどんどん燃料を投げ込んでいる男がいた。

「うちの金貨を知らんかね」

「火が起こせなくなれば、お前など畜生のように死ぬ」

 男の後ろには、運ぶことを禁じられた石炭が、うずたかく積み上げられていた。

 二人目のエディマスは焼却炉のそばに立つと、体温という体温を失って死んでしまった。


 三人目のエディマスが純金の街道を歩いていると、宝石でできた服を着た男がいた。

「やあ、あなたならご存知ではないかしら。うちの金貨を知りませんか」

「君の値打ちは、いくらだ」

 三人目のエディマスは、この男の持っている宝は、うちの金貨とは全く別のものであることに気づいた。男の宝はすべて、タールや泥でさんざんに汚れていた。

 それから三人目のエディマスは、手で触れられる全てのものを失って、餓死してしまった。


 四人目のエディマスが高い高い崖の上で、紙でできた橋をおそるおそる渡っていると、文字がたくさん書かれた紙の束を抱えた男がいた。

「物知りのだんなとお見受けした。我が家の金貨をご存知ないか」

「あなたに知恵を与えよう」

 男の後ろでは、紙束の文字を夢中で読んでいる人たちが列になってぞろぞろ歩き、次々に崖へと落ちて行った。

 四人目のエディマスも紙束の文字を読まされ、橋の上にいることは罪なのだと学んで、崖へ飛び降りた。

 紙束の男は、自分がもたらし広めるしらせの、万能さを信じていた。


 五人目のエディマスがガラスの道を歩いていると、被害者の男がいた。

「失礼、うちの金貨を知りませんか」

 被害者の男はめきめきと大きくなると、エディマスを叩き殺した。

 泣いている男の後ろには、いくつもの墓があった。

 被害者の男を刺した蜂が、笑いながら飛んで行った。


 六人目のエディマスが立派な屋敷の前を通ると、太く大きい男がいた。

「あなた、うちの金貨をご存知ではありませんか」

「お前は、俺と同じではない」

 男の後ろには、遊びまわっているふくぶくしい人々と、労苦に追われるやせこけた人々がいた。彼らはほとんど同じに見えたが、何かが異なっているために、そうして区別されているようだった。

 六人目のエディマスは、上下に引き裂かれて死んでしまった。


 七人目のエディマスは、もしかしたら金貨は我が家にあるのではないかと思い、道の途中でとって返した。

 家につくと、母親は、わずかの間にずいぶん肥えていた。

「お母さん、金貨はうちにあるのではないかね」

 母親は叫び声をあげながら、レンガで七人目のエディマスを叩き殺した。

 レンガには、「正しきこと!」と書かれていた。


 六人の男と一人の母親は、七人のエディマスがみんな死んだのを見届けると、それぞれ幸福な気持ちになって、家に戻って行った。

 夜になると、七人のエディマスの死体は、悲しみを口にした。

「金貨は、どこへ行ったんだ」

 すると、月の光が死体に触れた音が、声になって答えた。

「ただ、月の光のような可能性だけがある」


「可能性だけが――……」

 七人のエディマスは、それきり静かになった。


 しばらくのちの夜、あるエディマスのなきがらのそばを、子供が一人通りかかった。

 子供はエディマスの骨をのぞき込み、人の死が怖く悲しかったので、涙をこぼした。

 七人のエディマスの魂は、月明かりに包まれながら去って行く、子供の背中を見つめていた。


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