ダメンジャーズ/ショーンの覚醒
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ダメンジャーズ/ショーンの覚醒
大きな旅行鞄を引き、羽田空港の第1旅客ターミナルを歩く男。焼けた肌、筋の通った鼻立ち、ひげをたくわえ、眉間に皺をよせ、物憂げな表情を浮かべている。生地が輝く豪奢な背広は、手入れがされておらず、皺が波打っている。
窓の外に広がる黒い雲は、彼の心を映していた。
失ったものは多く、得たものは少ない。
その経歴は偽りの花であった。
その顔は医者が創り出した芸術であった。
その知性はデズデモーナを死に至らしめる毒であった。
ガラスの塔は、壮麗で、厳かで、脆い。
空港で彼を見送る者など一人も居ない、はずであった。
「君!」
男は歩みを止め、振り返った。カーキ色の軍服に身を包み、五芒星の帽章がついた帽子を深くかぶった人間がいる。
「君! まさか東京から逃げ出すつもりではないだろうね!?故郷へ戻ったところで、日本人離れした君の顔には”嘘つき”の付札が貼りついている。人々は君に石を投げるだろう。それとも、父親が営む自動車解体工場で君の顔も解体してもらうのかね」
「誰だ」
「なんてこった、ラジオDJ!声にハリが無い!まるで素人だ!引きこもってばかりで、人と話しをしていないのか?喉は使わなければ衰える。君には専属のボイストレーナーをつけよう。それに最高級のハチミツだ。あれを飲めば、徹夜明けの中森明菜でも渚のバルコニーを歌えるさ!」
軍服は帽子のつばを持ち上げた。額に小さな傷がある。
「君の声は本当に美しかった。男の私も勃起するほどに!気に食わない左寄りのアンカーと話す君の姿が恋しい。それらしい専門用語も、ありきたな見解も、日本に対するどうでもいい警句も、君の個性だった。それが求められていた。そう、世間はそれを求めていたんだ!素晴らしい肩書きを持った色男が嫌いな視聴者などいるわけがない!」
「さっきから、何が言いたいんだ。お前は俺の何を知っている」
「私は何でも知っている。小学4年生の時に精通したことや、担当ラジオのディレクターの嫁を寝取ったことや、セックスの時には必ず相手の口で射精することなど、なんでも!」
「お前、いい加減にしろよ。あること無いことペラペラしゃべりやがって」
男は軍服に近づき、襟を締めあげた。軍服の笑みは消えない。
「1000万人に1人だ」
「何?」
「我々が求める素質をクリアできる確立だ。医者や弁護士は言うに及ばず、スポーツ選手になれる確立よりも低い。選ばれた人間だけが組織に入ることができる」
「一体何の話をしている。何の組織だ」
「私は君をスカウトに来た。一億人の目を欺いて世論を扇動した君の類まれなる才能を、私は十分すぎるほどに評価している」
「嫌味にしか聞こえん」
「バカな!誇りたまえ!事故さえ起こらなければ、君は今でもスターだった。世間は君の言動を疑ったのではない。君は素晴らしかった。君は自身の完璧な像を生み出したのだ」
軍服は男の頭を両手でつかみ、ぐいっと自分に近づけた。
「薬中ゴリラも、号泣バカも、割烹着ババアも、クソ眉毛も、手話クソオヤジも、全員組織に加わった。後は君だけだ」
「俺が組織に入って何になる?」
軍服は目を大きくあけた。
「一緒にこの腐った国を救おうじゃないか」
軍服は男の手を振りほどき、ズボンのポケットの中からカードを取り出した。そして、男の胸ポケットに入れた。
「フライトはキャンセルしたまえ。そして、決心ができたらここに連絡しろ」
軍服は踵を返し、その場から去ろうとする。
「おい!お前は、お前たちは一体何者なんだ!?」
軍服は、振り返らず、手を上げ、拳を握る。
「ダメンジャーズ」
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