魔王からの招待状⑤



「イッ」

「光明さんを手助けしてあげてほしいのです」

「ヤ―――――――――ッ! 言うと思った!!」


 嫌な予感はしたのに否定が間に合わなかった。


「なんであたしなの! ドリーム5は他にもいるし、美優だっているじゃん!」

「もちろん、美優さんにも手伝っていただきますよ。一度は美優さんからステッキを取り上げましたが、相談の結果参加していただくことになりました」


 美優は、この話が始まったときからずっと不機嫌そうな顔をしている。光明を手伝うことが嫌なのではなく、要が加わることに不信感を抱いているのだろう。


(そんな顔しなくても、あたしだってやりたくないっての!)


「美優が手伝うんなら十分じゃない? 話がそれならあたしはもう帰るよ」

「要さん」


 打って変わったタマの落ち着いた声に、要はうっかり顔を上げてしまった。


「先日、光明さんと戦っていただいて確信しました。あなたおかしい」

「失礼な!」


 言うに事欠いて、おかしいはないだろう。

 しかしタマはいたって真剣だ。立ち上がろうとする要を視線で縫いつけるように、ひたと見据える。


「あんなにはっきり五鈷杵ごこしょを出す人なんていないんです。普通はステッキのままだったり、物質ではない力を出すはずなのに」


「……」


「私がドリーム5として選んだ方々に行うのは、あらゆる力を開くことです。五感や心、その方が持っている閉ざされた本来の力を解き放つ。その方々がステッキを使うことによって、人ではありえない力が顕現されるのです。同じことを光明さんにも行っています。光明さんに与えたものは羂索けんさくですね」


 あの五色の縄だ。


「しかし、同じ力を与えても光明さんとドリーム5には決定的な違いがあります。光明さんは魔障と戦う先天的な力を持ち、ドリーム5にはそれがない。ドリーム5に選んだ方々が持っているのは、環境によって備わった後天的な力です。そのため、私が力を開けば人ならざる力を操れますが、魔障と戦うまでではない」


「環境で、後から備わる力……?」


 要は訝しげに繰り返した。

 要にはそんなものに全く心当たりがない。十七年間何も変わったことをせず、普通に暮らしてきただけだ。


 しかしタマは構わず続ける。


「ドリーム5はあくまで光明さんに実戦慣れしてもらうため、そのためだけに、力ある人を私が好き勝手に選んだのです。どんな相手でも戦えるようにと、光明さんの苦手な女性を用意しただけのこと。だから私は美優さんが光明さんの魔障捕縛を手伝いたいと言いだしたとき、ステッキを取り上げたんです。危険ですからね」


「……でも美優ならできるってことになったんでしょ?」


「手伝いはしていただきますが、美優さんは主にサポートです。美優さんは攻撃の技を持っていませんし、また、持っていたところで魔障には通用しないでしょう」


 何を根拠にそう言うのか分からないが、美優は反論しなかった。ただ、悔しそうに唇を嚙む。


「私は過去に数えきれないほどの人々を開いてきました。私には力を持つ人間が分かるし、その直感が外れたことはない。その中で、──要さん」


 真っ直ぐに瞳を向けられ、要は息を呑んだ。

 まだ二十歳ほどにしか見えないその相貌に、不思議な凄みを感じたからだ。


「──あなただけが違った。私はあなたのことが知りたい。あなたが何者で、どこまでの力があり、どこまで戦うことができるのかを」


「じょ……っ!」


 とっさに返事のできなかった要は、我に返り視線を逸らした。


「冗談じゃないよ! あたし帰るから」


 このまま話を聞いていると、いいように説得されてしまいそうだ。

 鞄を持って立ち上がり、要は急いで言葉を足した。


「タマ、あたしの家族に何かするのは絶対にやめてよ」


 人質を取って動かされるのはごめんだ。タマならやりかねないと思ったが、意外にも彼はあっさりとうなずいた。


「もちろんです。魔障との戦いは、光明さんとはわけが違う。危険なこともあるでしょう。だから私も無理強いはできません」


 この様子なら父母や茜が人質に取られることはなさそうだ。とりあえず言質を取って安堵すると、タマはどこからかピンクのステッキを取り出した。例によって先ほどまでどこに置いてあったのか、全く見えなかった。


「どうぞ。戦いに参加しなくてもステッキだけは持っていってください」

「なんで!?」

「魔障が現れる可能性が高いんです。私が力を解放した以上、あなたはもうステッキがなくても変身できますが」


「ちょっと待て!!」


 さらりとすごい告白をされた。


「ステッキがなくても変身できるってどういうこと!? 聞いてないんだけど!?」

「言ってませんから。あなた方が変身できるのは、ステッキや羂索の力だけではありませんよ」


「え!?」


 要だけでなく、光明と美優も大きく反応する。二人とも初めて聞かされたのだろう。


「したいと思う気持ち、必ずやるという強い意志の力があれば、あなた方は戦うことができます。まあ元々の素質やかなりの精神力が必要になりますので、できない人はどうやってもできませんが。ステッキや羂索はそれを補う力なのですよ。弱い人を強く、強い人をより強く。私のコレと同じですね」


 タマは頭につけた猫耳をトントンと指で叩く。


「これがあれば、私はそれほど精神力を使わず猫に擬態できる。あなた方の変身や技も同じです。強い意志を持たなくても、やりたいことが簡単にできるようになる。なので要さん」


 身じろぎもせず聞き続ける要に、タマは再度ステッキを差し出した。


「持っていてください。ステッキには魔障を寄せ付けない、ある種の結界のような力があります。私が感じたところ、あなたはかなり強い力を持っている。魔障はあなたを狙ってくるかもしれない」


「……冗談じゃない……!」


 とんでもないことを聞かされた気がして、要はタマの差し出すステッキを振り払って背を向けた。


「要さん」

「いらない」


 まだ何か言おうとしたタマを切り捨て、要は障子を開く。


「絶対やらないから。お邪魔しました」


 簡潔に挨拶し、光明の顔を見ないよう本堂を出た。



 強引にわけの分からないことに巻き込まれるのは、嫌だった。

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