在宅警備員異世界記録
@sinkaitakuto18
記録1 異世界での邂逅
小さな田舎町の外れにある一軒のモダンな洋館、白亜の壁に覆われて花と木々に囲まれた美しい庭園を有したその家は、この町で有名なセレブ文月家の邸宅だ。
「支度出来た?」
「はい、ママ」
この家の一人娘麗子は、東京に本社を置き、世界各国に支社を展開する大手外資系企業だ。容姿端麗でずば抜けた頭脳と才能を持ち、弱冠二十四歳で中間管理職を任されているバリバリのキャリアーウーマンだ。
「早くしないと、飛行機に間に合わなくなるぞ」
「パパ、わかっているわよ」
「心配しなくても、南国は逃げたりしないわよ」
「それもそうだな」
母芽衣子は町の有名な進学校の高校校長、麗子を彼女は二十歳の時に産んだが、娘と同じくらい美しい美貌を備え、髪も艶がある。
いわゆる美魔女的な女性で、学校でもたくさんの男性教師や男子生徒のファンがいる。
父龍行はこの町では五本の指に入るほど有名な一流企業「平和製薬」という会社の社長で年収は二億近くある。麗子が今の会社に就職出来たのは、学生時代から成績優秀、スポーツ万能でもあったが、一番は父の実績と信頼があったからだ。
文月家は、今から家族三人で南国のリゾート地へ三泊四日の旅行に行くのだ。
やがて、三人の乗った自家用車であるメルセデスが自宅の車庫から出てくる。
「午後六時の便で間違いないな」
「大丈夫だよパパ、二時間前に余裕を持って出れば、心配はないよ」
「もしも乗り遅れたら、仁さんにお願いして自家用機出してもらう?」
「その手もあるな。本間さんならすぐに手配してくれるな」
本間仁は龍行の会社の副社長で、彼が最も信頼を置く優秀な片腕だ。
自家用機とは昨年買ったコンコルドで、仁さんのおかげで契約を結んだアメリカの大手コンピューター企業「リモソフト」の名誉会長であるイレーネ・ドーソン氏より贈られたものだ。
そんな冗談を交えて、三人の乗った車は空港までの道を進んだ。
麗子は、鞄からスマホを取り出して、イヤホンを耳に入れて好きな音楽を聞き始めた。
「クラシック?」
芽衣子が、横から尋ねてくる。
「私がそんな芸術的に見える?ヴォカロよ」
ヴォカロとは、ヴォカルロイドの略で、二次元の世界のキャラクターたちがオリジナル曲やカバー曲などを歌う大人気ソフトだ。先に述べたリモソフトが開発し、今や世界各国にユーザーたちがいる。
(そこにあるのは、私たちの宝もの・・・)
夏をテーマにした恋曲「夏海恋物語」だ。
麗子が好きな理由は、素敵な曲がたくさんあるのもあるけど、その中に登場する女性キャラクターにレイコという同じ名前のキャラがいる。「夏海恋物語」はレイコがヒロインとしてスポットが当てられている曲だ。三つ年下の彼氏タクトと二人で南海にある楽園を舞台に宝探しをモチーフに恋するひと夏の恋的な歌だ。
「ああ、私もひと夏の恋してみたいな」
「あら、この子ったら」
恋歌を聞いてつぶやく娘に、芽衣子がくすっと笑う。
「辰也君と義彦君の二人は、今、婚活しているみたいにお母さんたちが言っていたわよ」
「え?本当?」
「婚活と言えば、こないだ新聞の結婚欄に記載されていたが、雅史君と圭子ちゃんが結婚したみたいだぞ」
「まーくんと圭子ちゃんが、すごい、あの二人は昔から付き合っている雰囲気がしていたけど、まさかのゴールインなんて、すごい!!」
「他にも、原美沙さんが高校の同級生と結婚したらしいわよ」
麗子は、友達の結婚ラッシュにわおと驚いていた。東京に移り住んでからは、あまり地元の友達とは連絡を取らなくなったが、まさか、こんなに知っている子が結婚したことには驚きを隠せなかった。
「お、トンネルが見てきた。二人とも、空港まではもう少しだよ」
龍行は、ギアを五速にチェンジし、アクセルを踏みトンネルに入って行く、ここを抜ければ空港は目前だ。
(私も南国でかっこいい王子様に出会えるかしら・・・映画みたいに、キャア)
これから始まる暑い夏に淡い期待を描く麗子だが、両親の前ではいつも通りクールにしていた。
しかし、三人の前に現れたのは、空港ではなかった。
❝ザァー❞
先ほどまで、晴天だったのに、トンネルを抜け出たら外は大雨に、いや、暴風雨が荒れ狂う嵐となっていた。
❝ゴロゴロ、ピヵー❞
物凄い雷鳴が辺りに轟いた。
「キャア」
麗子と芽衣子が耳を塞いだ。
運転していた龍行も突然の変化に驚きを隠せず、後続車が来ていないのを確認して、車を停車させた。
「どうなっているんだ?これは、何でいきなり台風に・・・・?さっきまでお日さまが出ていたのに、なぜ?」
変わっているのは天候だけではなかった。
「わあ」
「パパ、どうしたの?」
「道が、道がない」
「え?」
「嘘でしょう」
空港に続くはずの道路はなかった。あるのは、一面のアマゾンのような原生林がどこまでも続くジャングルと水草が生い茂る沼があった。
「どうなっているの?」
「あなた」
「わからない・・・・・とにかく、一旦、来た道を戻ってみよう」
沼にタイヤを落とさないように、後方確認をして、トンネルに戻った。
これは、何かの夢だと三人とも心の中で念じた。戻れば入口があり、自宅に戻れると信じていた。いや、そうあって欲しいと願った。
だが、期待はもろくも崩れ去る。
「わあ」
龍行は急ブレーキを踏んだ。
「パパ、今度はどうした・・・・」
麗子と芽衣子は、言葉を無くした。それは絶望を意味していた。
「行き止まりだ」
「そんな」
ライトで照らす先には巨大な壁があり、進めなくなっていた。
車から降りて確認してみるが、分厚い壁はそこだけではなく、天井まであり、横幅もかなりあった。
「どうしよう。帰れない・・・・」
「これは夢よ。悪夢なんだわ」
「ああ」
家族三人で、その場に崩れる・・・・・・。
その時、ライトの明かりに灯されて、あるものが麗子の目に飛び込んできた。
「ねえ、パパ、ママ、あれってドアじゃない?」
麗子の指さす方には、取っ手の付いた木製のドアが現れた。それも一つだけじゃない。廊下みたいなスペースがあり、向かい合わせに二つドアがあるのだ。
「どちらかの部屋に誰かいるかもしれないよ」
「よし、それじゃ、開けてみよう」
「あなた、気を付けて」
ホラー映画などでは、扉を開けたら、いきなり幽霊やら化け物が出てきて、人を襲うシーンが脳裏をよぎった。しかし、ここがどこかわからない以上、何でもいい情報が欲しかった。
「え?」
「これは・・・・」
扉の向こうを見た三人は拍子抜けしてしまう。
そこは、漫画やゲームに出てくるような秘密の魔術部屋や最先端科学のコンピュータールームでも荒れ果てた部屋ではなかった。カーテンやパソコン机、本棚にソファー、クローゼットなどがある個人の部屋だった。
「どうなっているの・・・?」
❝ゴーン❞
麗子が足を踏み入れた時、何かに躓いた。
「いたっ・・・」
痛いという言葉がかき消された。
「イッテー!!!」
それは、男の声だった。
「麗子」
「大丈夫?」
娘に寄り添うと近づくと、その声がしたので足を止めた。
「誰だ。ノックもせずに人の部屋に入ってくるとは、泥棒か?」
声の主は、かなり若い年齢だと三人はすぐにわかった。それは、声のトーンが若さを爆発させているからだ。
麗子は、その声に聞き覚えがあった。
「サブちゃん?」
その呼び名を聞いた彼は、寝ぼけ眼をこすりながら、麗子のほうに視線を向けた。
「文月さん・・・?」
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