塗りつぶされたシェイクスピア

 やさしい笑みを浮かべたお婆さんが「これ、とても好いわよ。読んでちょうだいね」と言ってマリにシェイクスピアの本をくれました。その本は森と空の絵がプリントされた布製のきれいなブックカバーに包まれています。マリは「見知らぬわたしに、こんなにきれいな本をくれるなんて!」とうれしい気持ちになってお婆さんにお礼を言い、外に出て石畳の上に座りました。すると、野良ネコが一匹寄って来たのでマリはネコを傍に寄せ、ネコにも見えるようにしてお婆さんからもらった本をわくわくしながら開きました。


 けれど本のページは全て、金と銀の絵の具で塗り潰されていました。めくってもめくっても1ページも残さず、塗りつぶされているのです。それを見て、あのやさしい笑みを浮かべてくれたお婆さんが精神疾患者だとわかりマリはなんだか切ないような、悲しい気持ちになりました。


 落ち込んでいるとどこからか、ゲタゲタ笑う声が聞こえてきて、その声はどんどんマリに近づいてきます。途端、視界が歪んで周りが真っ暗になり、暗闇と迫って来るゲタゲタ笑うものがこわくてマリは「これは悪夢だ、目を覚まして」と唱えました。


 すると、暗闇の中にマリのお部屋の扉が見えました。扉の隙間から光が漏れていたので、暗闇の中でも見つける事が出来たのです。恐怖で手足がうまく動かなくなりマリは這って扉へ向かい、手をいっぱい伸ばして扉に触れました。

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