第5話

もういっちょぺろっと。しにかたのはなし。

皆さんはどんなしにかたを考えてますかね。考えたことないかしら。わたしはいつも考えてたよ。いまここでトラックが突っ込んできてくれないかな、って。そうしたらわたし、可哀想でしょう。痛いのも怖いのも苦しいのも一瞬で、適度に悲劇的で、周囲の同情を買える。どうせならそんなしにかたがいいなと思ってた。


母親は亡くなる前に警察に保護されてたんですが、その直前、隣家に助けを求めたようで。隣家のかたに話を聞く機会がありました。

もう何ヶ月も見てなかったそうで(その間、母親がどんな生活をしてたのかは知りませんが)、いきなりのことでかなり驚いたと。で、何事かと思ったら娘が殺されたというんです。

少なくとも母親にとって、娘はわたし一人のはずなんです(妄想で頭の中に別の娘がいたり、誰も知らないところで生んだり流したりしていなければね)。つまり彼女は、伽藍が死んでるって言って隣家に駆け込んだわけです。それも、父親に殺されたと。殺されかたまでは忘れちゃったな。そもそも何か言ってたっけ? 思い出したらまたメモしにきます。(補足:ここ、ちょっと盛ったかも。単純に「伽藍が死んでる」って駆け込んだ気がする。なんとなく文章の流れで不必要なことまで書いてしまった)

ただ、殺されて、それも首を切り取って持っていかれて、体が家に横たわっていると。父親は首を持ってどこかに行っちゃったらしいです。実際は家にいたのかどこかに出かけてたのか知りませんが。

で、警察(なんと鑑識まできたそうで。とんだご迷惑でした)を呼ばれて、これはもうだめだって話になって保護とあいなったのです。だって行ってみたら伽藍の死体なんてどこにもない訳ですからね。当たり前です、わたし死んでません。親に殺されるくらいならわたしは親を殺します。で、体中あざだらけだし言ってることは滅茶苦茶だしってね。そもそもそのあと、父親は引き受けにいったのかしら。親戚経由でちらっと話を聞いただけなので詳しい経緯は知らんけど、引き受け拒否したんじゃないの? 今までもそういうことあったし。まあ知りませんけどね

ごはんはね、どのくらいかは知らんけど食べさせてもらってなかったんじゃないかな。もしかしたらね(というか、あの段階で父親もごはんをまともに食べているか怪しい状態だったようで。いまこの瞬間、父親が生きているかわたしは知りません。少なくとも連絡はきてないから生きてるかもとは思ってるけど、父親が死んでも連絡もこないかも知れない)。母親のごはん食べてないって話を聞いて、隣家のかたがおにぎりを食べさせようとしたら歯が折れてて痛くて食べられないといったそうですよ。自分で転んで折ったのか、父親に殴られた結果かは知らんけど。

まあでもねえ、結果的に母親にとってはこの騒動が幸いだったと思う。本当にそう思う。わたしは良かったと思ってる。警察に保護されて、最終的に病院に落ち着いて、すぐだったそうです。亡くなったのは。

だからね、最後はひとまず人間として亡くなれたのが良かったと思うよ。だってね、まかり間違って家で死んでたら何か月も発見されなかったかも知れないよ。腐った状態で、もしかしたらもっと悪い状態で発見されてたかも知れない。そんな状態になってもたぶん父親は放っておいただろう。あーいや、もしかしたら自宅の庭で燃やしてたかも知れないな。案外普通に誰かに連絡したかも知れないけど、あの男の考えることはあいにくわたしには判らないもので。(補足:放っておくというのはつまり、隠蔽するとかそういう意味じゃなくて、単純にずっと寝ていると思って死んでいることが理解できない、もしくは母親がいようといまいと気にしなくてそもそも姿を見ていないことに気づかない、死んでいると気づいても面倒臭がってそのままにしておく、もしくは死んでいると気づいたときに誰かに連絡することを思いつかない、とか。いろんな可能性を含んでます)

わたしは母親のことをとてもとても恨んでいるし憎んでいるし正直全部自業自得だろと思っているけれど、それでもいい気味とまでは思わない。いまとなってはね。五年前なら分からなかった。わたしは本当に、母親が死んでも葬式すら行かなかったかも知れない。だからまあ、タイミングてきにもね。っていうか、いままでよく生きてたなあ。ね。すごいよね

えーっと、何の話だっけ。そう、死にかたの話。こうして書き連ねてみると、まあろくなもんじゃないのはたしかだけど、案外まともな死にかたをできていて良かったのかもね。わたしも多分、ろくな死にかたをしないでしょう。けっこう頑張って生きてるしそれなりに人並みになれるように努力をしたつもりではあるけれど、しょせんあの女の娘であの男に育てられた娘だ。これはもう仕方ない。わたしの人生はいろいろな諦めの連続で、いまさら前向きになろうなんてあいにくかけらも思えない。これはもう仕方ない。完全に、生まれてきたのが間違いだ。それでも生まれてしまった以上は仕方ない。それでもできればあまり無様な死にざまはさらしたくないね


そうそう、思い出したのでぽつぽつと。暗い話で締めちゃうとあれなので、面白いネタはいくつかあるのです。

わたしは実家を出てから完全に縁を絶っていて、顔を合わせたのは祖父の葬儀一度きりだったはずなのですけれど(ちなみに母親はあのとき腰の骨を折っていて、骨が折れた状態のまま葬儀に出たらしいです。それはそれですごいな!)。母親はね、伽藍に携帯を買ってもらったというのです。伽藍にね、携帯を買ってもらったの、でもなくしちゃったわどこにいったんだろう、と。買ってませんけどね! あとはわたしの老後のためにお金を貯めてくれているの、とか。なんのことやら

傑作は伽藍が妊娠三か月って話でしたけどね。爆笑ですよ。しかも父親に強姦された結果らしいです。いやいや、だからそんなことされるなら普通に父親も母親もまとめて殺すってば……。普通殺すよね


あー、あんまり思い出したくないことまで思い出した。でもこれは書いておかなければいけない気がする。自分のために。あれはね、忘れちゃいけないと思うのです。

せめて写真と貴金属のたぐいだけでも持って行けって周りに言われてね。あと、お通夜でお香典を持って行かれちゃったのでできれば取り返しておけと言われて、お葬式帰りに家に寄ったのですが。隣家のかたたちが必死に居間で父親の相手をして、その間に親戚と、隣家の娘さんとで家をいろいろと探し回りました。完全に強盗というか、なんといえばいいのか、実家ですよ? 実家ですよ?? たぶんあそこでね、一番大泣きしたよ。何やってるんだろうね。なんでわたし生まれてきたんだろうね

まあ、仕方ない。生まれてしまった以上は仕方ない。伽藍はね、ろくな生きかたをしないしろくな死にかたをしないでしょう。もう仕方ないよね。


それでもわたしは生きているのです。ときどき自分でもとても不思議に思うのだけれど、なぜか今でも生きているのです。人間って不思議よね。

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