第5話 俺達の戦いはこれからだ

私が所属するチーム--プロジェクトコードSMVでは週に一度、自分たちが開発しているゲームをチーム全員でテストプレーする時間を設けている。

特定のマップや機能に焦点を当て、その機能がゲームの面白さを引き出しているか、プレイヤーの邪魔になっていないかをチェックするのだ。


「あ~、また負けた……」


これで何度目だろうか、片手で数えられないほど同じマップをクリアできないでいる。

なぜ特定のマップで苦労しているのか……それはこのマップから難易度が一気に跳ね上がるのだ。

基本無料として開発されているこのゲームで課金要素に手をだしてもらうため用意された仕組みである。


「しかし下手なプレイヤーはソロプレーだと詰む、か」


「そのためのランダムマッチングだからね」


「それもそうか」


神の意見になるほど、と納得する。

SMVでは1マップに3プレイヤーまでランダムに登録されるため、同じ時間帯にプレーしているユーザと協力が可能なのだ。

そのシステムをうまく使えばソロプレーでクリアできなかったマップをクリアできるかもしれない。


別所でマッチングプレーをテストプレーしているメンバーのプレー画面が映し出されているディスプレイを覗き込む。

次々と敵を薙ぎ倒してしていく姿は見る者にも爽快感を与えてくれる……気がする。

会話しないようそれぞれが別フロアでプレーしているはずだが、コミュニケーションが取れないことなど問題にならないと言わんばかりの動きだ。


「確かにあっちは問題なさそうだけど」


「あのメンバーは特に慣れているからね」


「神よ、それ全く参考にならないというのでは……?」


開発者はテスト作業のために何度もゲームをプレーするため、ゲームが得意なメンバーは日に日に上達してゆく。

しかもどのマップにどのような敵が出現するか、その配置まで把握している関係で常に最適経路を選択し効率よくクリアできてしまうのだ。

故にユーザが邪魔だと思っている機能を邪魔だと感じない可能性が生じる。


「そこはαテストとβテストの結果を見るしかないよね」


SMVでは社員を総動員して行うテストプレー大会をαテスト、数日間試験的にアプリを公開して一般ユーザにプレーしてもらう期間をβテストと呼んでいる。

開発に関わっていない社員にプレーしてもらうことである程度の難易度調整を、一般ユーザに試験公開することで負荷調査や最終調整を行う予定だ。


「αとβね……αはともかく、βはスケジュール通りにいかない気がするなぁ」


開発スケジュールのページには2か月後にαテスト、4か月後にβテストと記載されている。

そして、各機能の追加予定日がそれらテスト間の合間を埋めるように所狭しと並んでいる。

このスケジュールという存在があてになるかと言えば……私の意見は先に述べた通りだ。


まず、αテストまでに開発予定の機能がリリースできるかどうかがわからないのが1つ目の理由だ。

企画書に書かれた仕様通りに開発したはいいが、実際に使ってみたからイマイチだったから廃案……それに代わる新たな仕様が追加される可能性がないとは言い切れない。

仮に廃案は免れたとしても、仕様の調整で時間を取られる事が多い。

機能提案から機能リリースまでスムーズにいくことなどほとんどないのだ。


もう一つは、αテスト後の経営陣の判断である。

実はSMVでは既に一度αテストが実施されており、当時の予定では今月βテストとされていた。

しかし、経営陣の判断は『リリースに値するクオリティにあらず』……クオリティアップを目的とした大規模な仕様変更を提示したのだった。


「αは2、3日ずれる程度に収まりそうだけど、βは無理だろうね」


「あー、やっぱり神もそう思う?」


「あのままだとユーザ受けしそうにないからね」


SMVはスマートフォン向けゲームとしては比較的珍しく、アクションゲームを軸としている。

スマートフォンの性能を限界ぎりぎりまで使うことで派手なアクションを展開し敵を倒すことで、プレイヤーに爽快感を与えようというのが狙いだ。

一般受けはしないが、競合ゲームが少ないため一定数のユーザは確保できるだろう……という予測がたてられている。


アクション部分に関してはおそらく問題ない。

演出は派手だが、プレイヤーを邪魔するようなものではなく不快感を与える長さでもない。

スマートフォンでここまでできるのか、と言ってもらえるだろう。


問題があるのは……シナリオとゲーム固有のキャラクターが存在しないことだ。

プロットは存在するのだがそれをキャラクターが説明すると言ったことは一切なく、いきなりチュートリアルに放り込まれ、チュートリアルクリア後もシナリオは一切語られない。

情報欄に表示される文章は『敵を倒せ』と『入手した装備を装着して皆に見せよう!』の2つだけだ。

これでは比較的ライトユーザの多いスマートフォンゲーム市場でユーザを獲得するのは難しいだろう。


「装備が主体のゲームとはいえ、それ以外の楽しみがないのは継続プレーに繋がらない?」


「俺個人の見解でしかないけどね」


「神のそういう予測、わりと当たるから……ちゃんと分析してるなぁ」


何も考えずにひたすらプログラムを書いてテストを繰り返すだけの私とは大違いだ。


「しかし、この時点で『俺達の戦いはこれからだ!』みたいな状況が見え隠れしているの、なんとかならないものかね?」


「おっ、もみあげの愚痴かな?」


神が煽り気味に返してきた言葉に苦笑で応える。


リリースが何度も延期することは開発チームのモチベーション低下につながりやすい。

出口の見えない暗いトンネルを走り続けているようなものだ。

人によっては何をやってもリリース延期につながるような不安感に襲われることもあるという。

こういう場合は小さな目標を見つけて達成する、を繰り返すことでモチベーションを維持することが多いようだ。


「私はまともな環境でプログラムを書いて給料が得られれば良いけど……誰もがそういうわけではないから、さ」


「それはもう個々人の問題だからどうしようもないと思うよ。

チーム移動願いを出すなり、転職するしかないんじゃないかな」


「転職かぁ」


ソフトウエア開発を生業とする人々のフットワークは軽く、人材流動性が高い傾向にある。

スキルを持っていれば仕事は選べる職種なので、不満点があれば転職するし、キャリアプランを考慮して転職や独立を選択する人もいる。

場合によっては出戻り……一度退職した会社に再就職することだってある。


「ま、就職したばかりだから当分その線はないかな」


「人それを、フラグと呼ぶ」


「神が言うと神託に聞こえるから危険が危ない」


他人に唆されやすい私に対してこういった発言は危険だ、うっかり実行に移しかねない。

これまで人生で何度、神の発言に乗ってしまったことか……しかもだいたい良い方向に傾くから怖い。


「留まるなら、やるべきことをやるだけだね」


「仰る通りでございます」


神は良いことを言うな、と内心つぶやきながらテストプレーを終了し、開発業務に戻る私だった。

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