村にやってきた流れ者

「いや、いいって。多分僕も悪かったんだから」

「まぁ取り敢えず飲もうぜ!今年の酒は出来が良い!」


 僕はこうして集落のみんなとすぐに仲良くなった。設定は多少変わってもその人の性格とかは前の夢の頃と左程変わらなかったので、すぐに打ち解ける事が出来た。

 楽しい宴はお酒も入った事で大いに盛り上がり、そのまま夜遅くまで続いた。


 次の日からは僕も集落の男共に混じって狩りに加わった。今回は大型動物ではなく、うさぎなどの小動物が標的だ。ただ、周りのみんなが手際よく獲物を仕留める中で、初心者の僕は結局うさぎ一匹捕まえる事が出来なかった。

 ああ、何て僕はこんなにとろくさいんだ……。


「気にするな、そんな日もある」


 落ち込んでいる僕をコンドーさんが慰めてくれた。何事も初めてづくしの一日はこうして何の成果も得られる事なく過ぎていく。

 明日こそは、せめてみんなの足手まといにならない程度には結果を出さなくては……。


 それから何度か狩りに出て、僕に狩りの才能がない事が周知の事実になると、今度は釣り班に回された。おかしいな――猫は天性のハンターのはずなのに――僕は自分の不甲斐なさが情けなくなる。

 釣り班に回された僕はそれなりの成果を上げた。ただそれも狩りに比べたらマシってだけで、決して成績は良い方ではなかった。


「大丈夫だって! 誰にでも調子の波はある。ずっとうまくいく奴もいなければずっとへまな奴もいないよ!」


 僕が凹んでいると仲間の内の誰かが必ず僕を励ましてくれる。うう……みんないい奴ばかりだ! 大好きだ!

 この集落の暮らしに慣れてくると、一緒に暮らす仲間達にすごく愛着を持てるようになっていた。このまま原始時代の暮らしが続いてもいいかな、そんな風にすら思えるほどだ。


 そんな順調な暮らしを続ける中、僕にも不安がない訳じゃなかった。

 そう、まだあいつがこの夢に出て来ていない……。僕の一連の夢のレギュラーキャラが。こう言う場合、その夢の物語は大抵大変な展開になる――この不安を拭う事は出来なかった。


(マロ……今度は一体どんな役でこの夢に出て来るって言うんだ……)


 人工の灯りのないとても澄み切った美しい夜空を見上げながら、僕は彼の早めの登場をただ願っていた。折角だから流れ星を探したけど、そんなに都合良く星が流れる事はないのだった。


 そんなある日、この集落に流れ者がやって来た。この時代、流れ者が集落に来るのはかなり珍しい事だ。何故なら、当時は道が整備されている訳でもなく、移動手段も限られていて、さらに道中には危険が沢山あったからだ。野生動物や野盗の襲撃があるかも知れないし、道が悪くてアクシデントに遭う可能性だって高い。


 そんな危険を乗り越えてやって来るのだから、相当な運と実力とそして何より強い意志を兼ね備えていなければいけない。その為、この時代での流れ者は集落の者にとって特別な存在だと信じられていた。


「びっくりしたなぁ……この村に流れ者が来たって初めてじゃないか?」

「俺は初めて流れ者を見たぞ」

「流れ者って実在するんだ……てっきり作り話だとばかり……」


 流れ者を見た集落の人間はみな口々にそう話している。それほどまでに珍しい存在なのだ。そしてこの村に辿り着いたその流れ者こそが――マロだった。さあ盛り上がってまりました!


 しかし何故マロは危険を冒してまで流れ者なんてしているんだろう? そうして何故この集落までやって来たと言うんだろう? きっとそこにはそうしてまでも伝えたい何かがあるはずなんだ。

 その答えはマロを受け入れたこの集落の歓迎の宴で明かされる事となった。


 この集落では毎晩その日一日の成果とその疲れを癒やす為に宴が行われている。そして何か特別な事があると、それを肴にさらに盛大に盛り上がっていた。

 流れ者がこの集落に来たこの日は、それはもうこの集落初まって以来と言っていいくらいの宴となっていた。


 宴に参加する大人達全員にはとっておきのお酒と食材が振る舞われ、飲めや歌えの大騒ぎ。集落の住人が馬鹿騒ぎをする中で、主賓のマロと奴のお付の者だけが神妙な顔をしていた。そう、流れ者はマロだけじゃなく従者をひとり従えていたんだ。

 その従者が事もあろうにサキちゃんなんだよね……それを知った僕はちょっと複雑な気持ちになったよ。


 焚き火の炎の光に揺られて、マロとサキちゃんの真剣な表情が浮き彫りになる。集落のみんなもやがてその雰囲気に気付いて動揺し始めた。


「あの、何かお気に召さない事でも……?」


 この集落の長のシノザキさんがマロに尋ねる。マロはしばらく何も言わなかったけど、やがて意を決したように口を開いた。


「皆さん、落ち着いて聞いてください」


 マロが口を開いた瞬間、騒がしかった宴が一気に静かになった。みんな、ヤツの言葉を聞こうとゴクリと息を飲み込んだ。


「ここはもうすぐダメになります。すぐに準備をして出来るだけ早くこの地から離れてください!」


 この言葉は衝撃だった。誰もがその言葉の意味を理解するのに時間を必要とする程に。みんなが呆然とする中で、マロはさらに言葉を続けた。


「もうすぐ太陽が闇に食われます。それが期限です。それまでに脱出しないと……」


 ヤツのこの言葉はにわかには信じられなかった。みんな同じ感想を抱いていた。やがて言葉の意味を理解した住人達が、それぞれにマロに対して質問の声を上げる。


「太陽が食われるだって? そんなバカな!」

「いえ、それは必ず起こります」


 集落一番の声の大きいオオタさんがヤツに早速食って掛かる。

 しかしその声をかき消すようにマロはきっぱりと言い切った。みんなが動揺する中で僕だけは冷静だ。日食って現代では当たり前の自然現象って分かっているからね。この時代だと天変地異に匹敵する程の大きな出来事だったとは思うけど。


「それを伝える為に危険を冒してまでこの村に来たって言うのかい?」

「はい、そうです」

「証拠はあるのか? ここがダメになるって言う……」

「今までに幾つもの集落が同じ原因でダメになっています。疑うなら行ってみて確かめてください」


 ヤツの言葉に疑問を持ったそれぞれが、その思いのままにマロに説明を求めた。その疑問を次々にヤツは見事な程に即答していく。まるでそれぞれの疑問用に最初から用意された言葉があるみたいに。


 ただ、僕はこのマロの答えに少々疑問を持っていた。日食は起きたって当然で、ある意味普通の出来事だけど、その結果としてこの土地がダメになる? そんな話は聞いた事がないし、ここが夢じゃなくて現実の話ならそれは確実にデマだ。

 ここが夢の世界だから本当にそうなってしまうのか、それとも別の原因があってそうなるのか? 何にせよ、この話はヤツの言葉のまま受け取るのは少し危険な気がした。


「太陽はいつ食べられてしまうの? どこまで逃げればいいの?」

「時間は多少前後すると思いますが、今から1ヶ月後前後だと思います。避難の範囲はここから川を3つ超えた辺りならきっと大丈夫でしょう」


 マロは日食の日をかなり正確に言い当てる事が出来るようだ。観測機器も星の軌道の計算の方法もまだ何も分かっていないこの時代に、どうやってそこまでの事を導き出せたんだろう?


「その災厄が終わった後にまたここに戻って来るのはいいのかしら?」

「場が汚れてしまっているので止めた方がいいかと思います。元に戻るのに3年はかかります」


 みんなの矢次早の質問にそれぞれ的確に素早く答えるヤツのその姿は、まるで記者会で偉い人が記者の質問に答えるそれみたいに見えた。手馴れている……このやり取りを見て僕は素直にそう思った。

 その様子から察するに、マロは今まで数々の修羅場をくぐったに違いないだろう。

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