第9話 魔女との約束

悪夢に悩むネコ

「いいのかい……契約を結んだ以上……」

「分かっているにゃ! これはボクの"覚悟"だにゃ!」


 ここは魔女の館。魔女の目の前に座っているのはネコです。ネコは彼女にある願いを叶えてもらいにやって来ていました。


 魔女に願いを叶えてもらうと言う事は、何かと引き換えに契約を結ぶと言う事です。ネコには何もありません。何もないと言う事は、必然的に命と引き換えと言う事になります。ネコにもその覚悟がありました。


「何も別に命までは取りゃしないよ……。失敗した時、最悪そうなるかも知れないって言うだけさね」

「でもボクはお金なんて……」

「代償は上手く行った後でまた考えるさ……私もこの話に乗ったからね……。悪いようにはしないよ」


「有難うにゃ……」


 さて、このネコの身に一体何が降りかかったと言うのでしょう。わざわざ森の奥の魔女の家までその能力を頼りに旅をさせるほどの事情――。

 それではここで少し時間を遡ってみましょう。


「うにゃあああ~っ!」


 ガバッ!


 時間は深夜、場所はネコの家の寝室。ネコは大声を出してたっぷりの寝汗と共に起き上がりました。そう、その原因は悪夢です。ネコはここ最近急に寝る度に必ず悪夢を見るようになっていたのです。


 しかもただの悪夢じゃありません。夢の途中で怖くなって必ず目が覚めるのです。

 夢の内容は日々変わります。ある日は化物に追われたり、今度は自分が化物そのものになったり、次は大災害に襲われたり、乗っている乗り物が事故に遭ったりもします。


 余りに怖い夢のなので、起きた後は二度と寝直し出来ません。おかげで連日寝不足です。いつしか寝不足も限界になって、困り果てたネコは色んな所に救いの手を求めました。


 病院、民間療法、ネット辞書、まとめサイト、専門家、宗教関係者――。ネットはあまり役には立たず、民間療法も効果はありません。病院に希望を求めたら、色々診察されて結局はただ睡眠薬を渡されただけ。最後の手段で宗教関係者の所に相談に行くと――。


「これは……夢魔の仕業ですね……」


 ネコの相談を担当した真面目そうな祓師は、そのネコの様子を見ただけですぐにその原因を突き止めました。一言で言い当てられたネコは彼に縋るように質問をします。


「夢魔? 夢の中に入り込む悪魔かにゃ? どうしてボクに……?」

「悪夢を見始めた時に、何かショックな出来事はありませんでしたか?」

「そう言えば、両親が事故で入院してかなりブルーになっていたにゃ」

「そう、その心の隙間を狙って夢魔があなたの体の中に入り込んだんです」


 この手の施設には悪魔祓いの部署があったりして、病院では手に負えない事例は彼らの独壇場でした。流石はその道のプロです。ネコの質問にもスラスラと答えます。

 悪魔祓いの人が言うには、かなりの大物がネコの夢に取り憑いていると言う事でした。


「残念ですが、今専門の者が出払っていて私にはどうにもならないんです……」

「それで、その人は今どこにいるのにゃ!」

「彼らも今仕事で出ています。……今からだと2年待ちになるでしょうか……。最近何故かこの手の事例が多いんです」

「2年……。そんなに待てないにゃ……。今すぐにでもどうにかして欲しいにゃ」

「そうですか……。それは困りましたねぇ」


 ネコの訴えを聞いて悪魔祓い師も頭を抱えてしまいました。彼の話によると、最近急に夢魔の被害を訴える者が急増したとの事です。それで夢魔を担当する祓師ばかりが忙しくなって、組織としても上手く機能していないのだとか。

 それでこの事例の背後で何か大きな動きがあるのではないかと、色々調べている最中だとネコに話してくれました。


 ただ、そんな組織の裏事情なんてネコにはどうだっていいのです。ネコからすれば早くこの悪夢から開放されたいと言う、ただそれだけの気持ちでいっぱいでした。


「そうにゃ! 誰か他にこの夢魔を退治出来る人を知らないかにゃ?」

「……!」

「心当たりがあるなら紹介して欲しいにゃ!」


 ネコの訴えを聞いて、祓師は固まってしまいました。さっきも話した通り、組織内に今空いている夢魔を担当する祓師はいません。だからと言って、むげにこの困っているネコを追い払う事も出来ません。

 違う組織なら誰か居るかも知れませんが、流石に他組織の事情なんて分かるはずもありません。


「……多分今はどこの組織もこの件で大変な事になっていると思います……」

「何でもいいにゃ! 誰でもいいのにゃ! どんな方法でも……」

「分かりました……。少し待っていてください……」


 祓師はそう言うと何か資料でも探すのでしょうか? すっと部屋を出て行きました。


「どうか……。お願いしますにゃ! ここでダメだったらもう打つ手がないのにゃ……」


 部屋を出る祓師の後ろ姿を見ながら、ネコはもう一度必死で頼み込みました。彼がこう言う行動を取ると言う事は、きっと何か心あたりがある証拠です。

 ネコはその可能性を信じて、祓師が戻って来るのをただ静かに待ちました。


 それから1時間位経った頃でしょうか? 祓師が何か紙を持って戻って来ました。


「お待たせしました。ネコさんにその気があるのならひとり紹介出来る方がいます」

「本当にゃ!?」


 ネコは祓師のこの言葉に心が踊ります。これで悪夢から開放される! まさに朗報だと思いました。


「ぜひぜひ! 教えて欲しいのにゃ!」

「いいんですね……。今から私が紹介するのはある魔女のお宅です」


 祓師の口から出たのは意外過ぎる言葉でした。

 魔女――流石のネコでも魔女の事は知っています。怪しい魔術を使う事を生業にしている存在。時に悪魔を使役して悪事を働く事もあると言う――。

 ただ、一般的に魔女は現代ではもういないとされている存在でもありました。なのでネコは思わず祓師に聞き返します。


「魔女……にゃ?」

「はい、魔女です。正直本当は余り勧めたくはないのです。魔女は魔法を使い悪魔を使役する存在ですから……」

「で、でも……。信用出来る魔女の方にゃんですよね?」

「それは今の所……ですが」

「分かったにゃ! 会ってみるにゃ!」 


 そう言う話の流れの後にネコはこの魔女の家までやって来たのです。素直に渡された地図の通りに寄り道もせずに歩いたのですが、それでも山を2つ越え、森を3日3晩歩き通しました。

 そしてようやく魔女の家まで辿り着いた時には、もう疲れ果ててヘトヘトになっていました。


「こ、ここなの……にゃ」


 ネコは魔女の家の前まで来て……バタリと倒れてしまいます。この時、普段と違う雰囲気を察して魔女がドアを開けて出て来ました。


 魔女と言えば老婆をイメージすると思うのですが、出て来たのは30~40代くらいの見た目で銀色の長い髪が特徴的な美しい女性でした。

 服装こそ黒一色のよくある魔女スタイルではあるものの、一般の魔女のイメージからすると意外と若々しく見えます。


「おや、珍しい……」


 倒れたネコを見た魔女はとりあえず空いている部屋にネコを寝かせました。祓師にも信用されている魔女ですから、客を寝かせられる部屋はいくつかあります。

 その中の一室にネコは寝かされました――が、それから3時間もしない内にネコは起き上がりました。そう、例の悪夢のせいです。


「うにゃああああっ!」

「おや、びっくりした! 夢魔だね?」


 悪夢に起き上がったネコを見て、魔女はすぐにネコの症状を理解します。それから彼女はネコの為に何か持って来てくれました。


「まずはお食べ」

「あ、有難うにゃ……」


 魔女は疲れ果てたネコを見てパンとスープを持って来てくれたのです。お腹の空いていたネコは、彼女にお礼を言ってその食事を口に運びました。


「さてと、どうするかねぇ……」


 ネコが食事をしている間、魔女は何か悩んでいる感じです。食事をしながらその事に気付いたネコは彼女に聞きました。


「どうかしたのにゃ?」

「いやね、私も夢魔は専門じゃないんだ……。はっきり言うよ、成功するかどうかは五分五分だよ」


 彼女のこの言葉にネコは動揺してしまいます。魔女って言うくらいだからこう言うのは得意分野で、対価さえ払えば100%成功するものだと思っていたからでした。

 心配になったネコは思わず彼女に尋ねます。


「し、失敗したらどうなるにゃ?」

「安心おし、失敗したからって今以上に悪化する事はないよ。……多分ね」

「た、多分?」

「あんたに取り付いている夢魔が、もし私の手に負えない程の悪質なヤツだったとしたら……」


 そう話しながら、魔女は真剣な顔でネコをじっと見つめます。その雰囲気にネコは飲まれてしまいました。スープを飲む為に動かしていた手もパンをかじる為に動かしていた口も思わず止まってしまいます。


「その時はその時、あんたは死ぬまでずっと悪夢に囚われ続けるってだけの話だよ!」


 魔女はそう言ってにやりと笑いました。まるで他人事のように高笑いをしています。

 彼女にとっては他人事でも、当事者であるネコにとっては溜まったものではありません。


「そ、そんな言い方はないにゃ!」

「あはは……。からかってごめんよ。でもね、そう言うリスクがあるって事だよ」


 この言い方から見てさっきの言葉は彼女なりの冗談のようです。冗談にしても少し悪質だなとネコは思いました。

 それでもネコにとってこの魔女が最後の希望である事に変わりはありません。なのでネコはもう一度念を押すように彼女に頼み込みました。


「でもここまで来たからにはお願いするしかないのにゃ!」

「分かっているよ、あんたの覚悟は。私も精一杯頑張らせてもらうよ。何せ久しぶりのお客さんだからねぇ」


 ネコの言葉に魔女はさっきとは打って変わって優しい笑顔でそう答えます。きっと彼女としても、このネコの来訪はとても嬉しいものだったのでしょう。

 ネコが食事を終えるのを見届けると、食べ終わった食器を片付けながら彼女は言いました。


「それじゃあ私は支度するからね。あんたの心の準備が出来たらおいで。何もそんなに急ぐ事じゃないからゆっくり考えるといい」

「ボクにはもうここしかないのにゃ……。よろしくなのにゃ!」


 魔女が部屋を出る姿を見送りながら、ネコは改めて彼女にお願いをするのでした。

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