お別れ

 話をしながら走っている内に2人はかなり村の出口に近付いて来ました。まだ朝になるまでにはたっぷりと時間があります。時間に余裕があるので安心した2人は走るのをやめて歩き始めました。それはずっと走り続けて疲れが溜まっていたと言うのもあるのかも知れません。

 そんな中、歩きながらネコはふと名案を思いつきました。


「そうだ! ついでにこのままあゆも一緒に村を出てみると言うのはどうかにゃ? ボクが案内するにゃよ」

「それはダメ! そんな事したら村がむちゃくちゃになっちゃう!」


 そのネコの話をあゆはすぐに拒否しました。折角名案が浮かんだのにそれはないなとネコは思います。

 なのでネコは少しだけ食い下がりました。


「旅が終わったらまたボクが責任を持って村に送り届けるにゃよ?」

「それでもダメなの……」

「ちゃんとおきゅうり様には許しを得たのににゃ?」

「きっと村の人達が許しちゃくれない……。勝手にそう言う願いをしちゃったし」


 どうやら村の掟は絶対みたいです。ネコがしっかり村の空気を読んで、村人の説得から始めていればこうはならなかったのかも知れません。

 けれど、村人の誰にも相談も知らせもせずに先にお願いをしてしまったのが、逆に村の人々に不信感を芽生えさせてしまったようです。

 あゆを喜ばせようと、ネコの独断で進めた事が裏目に出てしまいました。全ては後の祭りでした。


 2人が歩いていると、何やら村の出口の近くに人だかりが出来ているのが見えて来ます。よく見ると、どうやらそれは村の大人達のようでした。

 その中には、村に入ってから今までネコがお世話になった人達もたくさんいます。一体これはどう言う事なんだろうとネコは思いました。


「やっぱり……遅かった」


 その人だかりを見て、あゆはそうつぶやきました。事態を飲み込めないネコはあゆに質問します。


「どう言う事にゃ?」

「あの人達は、ねこさんをこの村から出さないようにするために集まって来ているのよ」

「にゃっ?」


 あゆの言葉にネコは驚きます。まさかと思いました。

 だってそこにいるのは今までずうっと仲良くしてきた村の人達です。たったひとつの出来事だけで、ここまで態度が変わってしまうなんてとネコは思いました。


「多分お父さんが村の人達に言ったんだと思う。こうなる前にって思って急いだのに……」

「ごめんにゃ……。ボクがあゆの話を聞いてすぐに動いていれば……」

「ううん……きっとそれでも間に合ってなかったと思う。ねこさんのせいじゃないよ」


 村の出口が他にもあるならこの場所を諦めてそちらに向かうべきなのですが、残念ながらこの村は特殊な場所で出入りはこの一か所でしか出来ません。だから村人がネコの脱出阻止にここまで多く集まっているのだし、だからこそネコに逃げ道はないのでした。


「お役目様の言った話の通りだった。悪いがお前をここから出す訳にはいかない」


 2人を見つけた村人の1人が言いました。その人はこの日の夕方までネコと仲良く話をしていたおじさんでした。

 おじさんの顔は真剣そのもので、簡単には話を聞いてくれなさそうです。


「おじさん! どうか話を聞いて! このままじゃ……」

「分かっているよ! そこの猫がきゅうりに変わっちまうんだろ?」


 あゆはおじさんに訴えましたが、村の大人達はみんなネコをきゅうりにさせようと止めているのです、話を聞くはずがありません。このまま足止めを受けていたら、やがて夜が明けてしまう――2人は焦りました。


「俺はな、お前を信じていたんだ! こんな形で裏切られるなんて思ってもみなかった!」


 おじさんはネコに対してきつい口調でそう叫びました。否定されるのを覚悟でネコも訴えます。


「聞いて欲しいにゃ! ボクは何も裏切ってなんかいないのにゃ!」

「裏切ってないだと? あゆちゃんを村の外に出そうだなんてやっちゃいけない事だ!」

「ボクはただ彼女に村の外の景色を見せてあげたいと思っただけにゃ! それすら許されないのかにゃ!」

「当然だ! それにこれはもう決まった事だ!」


 ネコの訴えは当然ながら村の大人達に拒否されました。大人達はみんな殺気立っていて、とても冷静に話し合える雰囲気ではありません。

 そこでネコは最後の賭けとして、おきゅうり様の名前を出す事にしました。もしかしたらこれで話の流れが変わるかもと、少しの希望を持って。


「ボクはおきゅうり様に願ったのにゃ! おきゅうり様は許してくれたにゃ!」

「村の話し合いで決まった事だ! こんな前例を作っちゃいけない!」

「そんにゃ……」


 ネコはこの話をすればもしかしたら分かってくれるかもと、淡い期待を持っていました。

 けれど実際はおきゅうり様の名前を出したところで事態は全く変わらないのでした。

 出口の前には大勢の村の大人ががっちり道を塞いでいます。ここを力技で突破するのはちょっと無理っぽい雰囲気でした。


 ネコはどうしても村から脱出しなくてはいけないのに対して、大人達はネコの脱出を阻止すればいいだけ――これでは多勢に無勢です。2人と村の大人達が睨み合っている内に時間は無情に過ぎていきました。

 どうやらネコとあゆの味方をする人はこの中にはいなさそうです。


「どうすればいいのにゃ……。このまま黙ってきゅうりになるのを待つしかないのかにゃ……」

「諦めないで……。じっとしていればそうなっちゃうけど、私がそうはさせないから!」


 あゆはそう言うとネコに自分が考えた作戦を伝えました。村人に話の内容が伝わらないようにこっそり小声でささやきます。


「いい? 村の人は私には危害は加えられないはず……。だから私が先に出るね! ねこさんは隙を見て村から出るの!」

「そんにゃ……! あゆを危険な目には遭わせられないにゃ!」

「悩んでいる時間はないの! この膠着状態がずっと続いたら大人達の目論見通りになっちゃう!」

「でも……」

「安心して! きっと大丈夫だから!」


 あゆはそう言うとひとりで村の大人達の中に向かって走り出しました。考えたら即実行、それはとても彼女らしい行動力です。

 このあゆの決意を無駄にしないためにも、ネコはすぐにその後を追いました。


「うわーっ!」


 あゆはそう叫んで走りながら、腕をデタラメに振り回してネコが走る空間を確保していきます。流石の村人達も御役目の後継者に危害を加える事なんて出来るはずもなく、思わず身を引いてしまいました。


「このままじゃあの猫が外に出てしまうぞ!」

「仕方ない! 多少の荒事は後で許してもらおう!」


 村人達も黙ってただその状況に甘んじている訳にもいきません。ついに心を鬼にしてあゆを捕まえようと動き出しました。多くの村人の手があゆに迫ります。


 シャーッ!


「あゆには手を出させないにゃっ!」


 ネコはあゆに迫る大人達の手をはねのけていきます。勿論村人に怪我はさせたくないので爪を出さないように気をつけながら。


 そんな攻防がどれだけ続いた事でしょう。あゆとネコは何とか村の出入り口の所まで来ていました。そうして村の夜明けもまた近付いていました。


「後もうちょっとだよ!」


 そこであゆは気が緩んでしまったのでしょうか? それともそうはさせまいとする大人達の最後の気力が上回ったのでしょうか?


 ガバッ!


「捕まえたっ!」


 後もう少しのところであゆは村の大人に捕まってしまいます。


「そんにゃっ!」


 彼女が捕まった事でネコは動揺してしまいます。それはネコが村を脱出するまで後一歩と言うところでした。


「早く行くのよっ!」


 動きを止めてしまったネコの姿を見たあゆは、羽交い締めにされながら最後の力を振り絞ってネコを突き飛ばしました。それは唯一自由になる足を使っての見事な蹴りでした。


「うにゃーっ!」


 ネコがあゆに蹴り飛ばされて村の出口へと消える瞬間、朝日が村を光で染めていきます。

 さて、ネコは無事村の外に脱出出来たのでしょうか? それとも――。


 ドサッ!


 村の外に放り出されたのはきゅうり――ではなくネコでした。絶妙なタイミングでネコはきゅうりにならずに済んだのです。


「あゆ……」


 村の外の結界の場所でネコはただ立ち尽くしていました。朝日は村も村の外も平等に照らしていきます。

 ネコの視界には5年ぶりに見る村の外の景色が映っていました。


「この景色を……見せてあげたかったにゃ……」


 その後、村の掟を破ったネコがまた村に入る事を許される訳もなく……。あゆとネコはもう二度と会う事は出来ませんでした。

 ネコはきゅうりにされなかった事をあゆに感謝して、助かった命を大切にしようと心に誓います。


 ただ、あの時の出来事がトラウマになってしまい、きゅうりに怯えるようになってしまいました。知らない間にきゅうりを側に置くだけで飛び上がるほどに驚くのはそのためなのです。


 それからネコはまた風来坊の旅を続け、行き着いたどこかの村で一生を終えました。ネコは最後まで誰にもおきゅうり様の村の話を一切しなかったと言う事です。

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