第6話 池の主
ある日、川で遊んでいたネコは足を滑らせて溺れてしまいます。流されるままになったネコを救ったのは川に住むカッパでした。
カッパはネコを川岸に送り届けると何も言わずに去ろうとします。その時、ネコはカッパを引き止めました。
「カッパさん、有難うにゃ」
「う……うん」
「あ……あの……もし良かったらこれからも会えるかにゃ?」
「え……」
どうやらネコはカッパと友達になりたかったようです。カッパはまさかまた会いたいなんて言われると思っていなかったので、ちょっと戸惑ってしまいました。
ネコのこの言葉にカッパは少しの間考えていましたが、カッパもこのまま別れてしまうのも淋しいと思っていたので、このネコの誘いを受ける事にします。
「えっと……じゃあまた同じ時間に川に来てよ……多分顔を出すから……」
「うん! わかったにゃ!」
次の日の同じ時間、ネコは本当に川にやって来ました。来るかどうか半信半疑だったカッパはネコの姿を目にして、ひょこっと水面から顔を出しました。
「やあ」
「カッパさん!」
ネコとカッパはここで初めてお互いに挨拶します。それから2人は少しずつ時間をかけて仲良くなりました。話してみるとお互い話が合って会話が弾みます。
川の中と地上でお互い住む世界が違うので知らない話が飛び交い、それもまた新鮮でした。
いつしか2人は無二の親友と呼べるほどに仲良くなりました。ただし、カッパは地上ではあまり長く行動出来ません。なので基本ネコがカッパの住む川に遊びに行くカタチをとっていました。
「今日は泳ぎたいにゃ」
「じゃあ、泳ごっか」
元々泳ぐのが苦手だったネコはカッパに泳ぎを教えてもらっていました。二度と溺れる事がないようにと、カッパも丁寧にネコに泳ぎを教えます。
やがてカッパの指導のおかげで、ネコもかなり泳げるようになっていきました。
「泳ぐのって楽しいにゃ!」
「君が泳げるようになって本当に良かったよ」
2人は仲良く泳ぎを楽しんでいました。
しかしその時、突然上流から鉄砲水が発生します。2人はその濁流に飲み込まれてしまいました。
「ふにゃあああああ!」
「僕に捕まって! 大丈夫!」
カッパはネコの手を掴んで離れないようにしました。この川の先には池があります。池まで流れればきっと落ち着くだろうとカッパは思います。
カッパの予想通り、流れ流れて2人は池に流れ着きました。ようやく落ち着いた2人は水面から顔を出します。どうやら2人共無事のようでした。この時、泳ぎの得意なカッパがネコをかばっていなければどうなっていた事でしょう。
「大丈夫?」
時間が経って落ち着いたカッパはネコを気遣いました。ネコの方もカッパの顔を見て安心して笑顔で答えます。
「大丈夫にゃ! また助けてくれて有難うにゃ」
二人はお互いの無事を確認して笑い合いました。さっきまで死ぬかもしれない緊張感の中にいたのがまるで嘘のようです。
「きっと山の方では大雨が降ったんだな」
「川ってたまに怖いにゃ……」
ネコは川の怖さを知りうつむき加減になりました。その様子を見てカッパはネコに川を嫌いになって欲しくなかったので、励ますようにネコに話しかけます。
「大丈夫、川でどんな危ない目に合っても僕が君を守るから」
「有難うにゃ!」
川の怖さに怯えるネコでしたが、カッパのその一言で元気を取り戻せました。落ち着いてみると、小鳥の鳴き声が響き渡り、空も晴れ渡ったとても良い日です。穏やかな時間がゆっくりと過ぎていました。
少し流され過ぎた二人は池の真ん中の辺りにいました。泳ぐ練習をするにしても、疲れた時にすぐに休めないここは流石に遠いだろうと言う事で、もう少し陸地に近い所に行こうとカッパの提案で2人は泳ぎ始めます。
その時、カッパはすっかり忘れていたのでした。この流された池がどんな池だったかと言う事を。川に住むカッパならこの池がどんな池か一族全員が知っています。
突然の鉄砲水に巻き込まれたカッパは一時的な混乱で、この池に関する事がすっぽり頭から抜け落ちていたのでした。
ネコを陸の方に導きながら、ゆっくりとカッパはその事を思い出し始めます。
(確か……この池って……)
「どうしたのにゃ?」
泳ぎながら表情の変化に気付いたネコはカッパに訪ねました。するとカッパは青ざめた表情になって震えながら答えます。
「やばい! 早くここから離れよう!」
カッパはさっきまでとは違う物凄い勢いで泳ぎ始めました。全力で泳ぐカッパにネコは引きずられていきます。そのあまりの勢いに、ネコは自分の腕が引き裂かれるかと思ったくらいでした。
「痛っ、痛いにゃーっ! 急にどうしたのにゃ!」
「ごめん! でも今ここにいたら危ないんだ!池の主に気付かれちゃう!」
「池の主?」
そう、この池には主がいたのです。しかもかなり凶暴で粗雑で残酷な、まさに恐怖の主が。池に気に入らないものがやって来ると容赦なく主に叩き潰されます。
それはカッパ界では有名な話でした。だからカッパの一族は誰ひとりこの池にはやって来ません。主の凶暴さをみんな知っているからです。
「ごめん、僕がもっとしっかりしていれば……」
「何言ってるのにゃ! カッパさんがいなかったらボクとっくに死んでいたにゃ!」
「そうだね、でも今は早くここから離れる事だけを考えよう」
2人はそう言ってお互いを励ましながら岸辺を目指しました。
しかしその時、池の底から何かが蠢く気配が――。カッパはすぐにそれが池の主の起こしたものだと察しました。
ザパアアア!
突然池の水が盛り上がったかと思うと、2人の前に池の主が現れました。池の主は大きな大きなカニのような姿をしています。
「うわああああああ!」
大声を上げたのはカッパでした。ネコはこの主を目にして恐怖に怯えて声も出せません。
「お前ら……よくもワシを起こしたな……」
池の主はどうやら自分の昼寝を邪魔された事にご立腹の様子です。
「ち、違うんです……これは……」
「ワシをおちょくっとんのかーっ!」
怒り狂った人に話が通じないのは人も動物も池の主も一緒のようで。カッパの説得に池の主は全く耳を傾けませんでした。
「ネコちゃん、逃げて!」
「えっ?」
カッパはそう言うと、握っていたネコの手を離して池の主に向かって泳いでいきます。それがどう言う事なのか、ネコにもうっすらと理解出来ました。
「僕が時間を稼ぐからその間に逃げて!」
カッパはそう叫ぶと、池の主に向かっていきます。ネコはその強い叫びにカッパの覚悟を感じて、無我夢中で泳ぎました。一度も振り向かずにただただ必死に泳ぎました。
「お、お前何をする気だ! ワシに敵うとでも思っているのか!」
「敵わなくったって止めるくらいなら!」
「カッパのくせに小賢しい!」
ゴボゴボゴボゴボ!
池の主とカッパは共に池の奥深くに沈んで行きました。水の中ならカッパにも地の利があります。カッパはネコを助ける為に必死に池の主に抵抗しました。
どれだけ泳いだ事でしょう。何とか岸辺に辿り着いたネコはしばらく怖くて振り向けませんでした。ただ、自分はカッパのおかげで助かったんだと、それだけはしっかりと自分の胸に刻みます。
日が傾き空が夕暮れ色に染まった頃、ネコはようやく振り返りました。その時、池は赤く赤く染まっています。それは夕焼けに染まっていたからなのか、それともそれ以外の理由だったのか――。
ネコは呆然としながらその光景を眺めていました。
待っていればその内ひょっこりカッパが顔を出すかもと思ったネコは、しばらく池を眺めていました。いつだってカッパはネコが川を眺めていると顔を出してくれていましたから。
だからきっと今回もそうだと信じました。そう信じないと心が張り裂けそうだったのです。
「あの時、ボクが泳ごうなんて言わなければ……」
ひとりぼっちになったネコは、身体を夕日に染めながらポツリとそう呟きました。
空をカラスたちが山の家に帰っていきます。いつの間にか日は沈み、暗くなり始めた空には一番星が煌々と輝いていました。
ぷかり……。
そんな悲しみに暮れるネコの前に流れ着いたものがありました。それはカッパがいつも美味しそうに食べていたきゅうりです。ネコは大事そうにそのきゅうりを拾い上げました。
このきゅうりがあのカッパのものだと言う確証はどこにもありません。
けれど、ネコはきっとこれはカッパが持っていたものだと信じ、大事にしようと思いました。
それからもずっとネコはカッパを待ち続けました。
けれど、結局カッパはあれから二度とネコの前には現れませんでした。そしてそれがどんな意味を持つのかネコも理解していました。
「お墓は作らないにゃ! きっとまたいつか会えるからにゃ!」
ずっとカッパを待ち続けたネコはそう言って池を離れます。それでも、またいつかひょっこりカッパに会えるかも知れないと言う思いはなくす事はありませんでした。
カッパが好きだったきゅうり……。きゅうりを見るとネコはカッパを思い出します。
ネコの側にきゅうりを置くとネコがびっくりしてしまうのは、またカッパに会えるかも知れないとそう思ってしまうからなのです。
ネコにぬか喜びさせないためにも、どうかそう言ういたずらは止めてあげてくださいね。
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