第7話 鈴宮宅
とん、とん、とん。さっ。
見る間にニンジンが短冊切りに細かくなっていく。
「それで、ウチに来た、と」
鈴宮春は台所で料理しながら喋った。
巨漢との戦いで力を使い果たした千里は、二階にある春の部屋で爆睡している。巨漢に追われていた子供たちは何を隠そう春の弟たちであった。巨漢を倒して、彼らを送り届けるまでは良かったが、そこで千里が力尽きた。弟たちを助けてもらった恩もあるし、ということで夕方の忙しい時間に無理を言って鈴宮家に長居させてもらっている。ちなみに、二人の弟たちはさっきまで春に背中をさすってもらっていたが、気が落ち着いたら二階の自分たちの部屋に仲よく二人で引き上げていった。
「ちゃんと警察には知らせたの?」
「いや。事情聴取されたら面倒くさいからな」
景佑は玉ねぎの皮をむきながら答えた。
理由はどうであれ、素手の相手に神醒術を使って殴り倒したとあっては処罰は免れないだろう。少々罪悪感を抱きつつ、景佑たちは白目を剥いて気絶しているとりあえず巨漢を縛り上げて現場から離れていた。
「他の子が狙われたら危ないでしょう。ちゃんと連絡しなさい」
「おいおい。俺たちに退学しろって言うのかよ?」
「バカね。匿名で連絡しなさいよ」
春は呆れ顔でタブレットを差し出した。
景佑も自分の情報端末を持っているから断ろうとしたが、春はタブレットを引っ込めなかったため、仕方なく受け取った。画面に表示されていた煮物のレシピのページをを最小化して、ネット上でアカウントを切り替えた。
「でも、いいのか?」
「何?」
「ひょっとしたら、警察がこの端末まで調べ上げて、お前にも迷惑が掛かるかも知れないんだぞ。俺と千里は……まあ、もうやっちまったから仕方ないが、無駄にお前まで危険を背負い込む必要はないと思うぞ」
春が料理の手を止めて、大きな溜息を吐いた。
「少しは私の気持ちも考えてみたらどうかしら」
「他人がどうなろうとも絶対に自分の手を汚したくないヤツもいるだろ」
「それ、本気で言っているなら殴るわよ」
「すまん」
自分の弟たちを助けてもらったのに、そのひとたちが捕まって自分だけ何のお咎めナシという状況は、おそらく鈴宮春にとっては許容できないのだろう。景佑も理屈だけなら理解できたが、沈みかかっている船にわざわざ乗り込むのはどう考えても得策には思えなかった。
即席のアカウントを作成して、そこから八幡学園都市の警察に連絡を入れた。
「景佑、アンタは休まなくていいの?」
オタマで味噌汁の味を確かめつつ、春はちらりとこちらを見やった。
本当にお節介を焼きたがる性格をしている。格好つけて休まずにいるのだろうなどと勝手に想像してくれればこちらも怪しまれずに済むのだが……あまり根掘り葉掘り聞かれては、自分の〈異常性〉に気付かれてしまう――
景佑は頭を掻きながら答えた。
「見ての通り、俺は元気にピンピンしているぞ」
「でも、弟たちの話だとアンタのほうがヤバそうだったらしいわね」
「回復が早いんだよ」
「ふーん……そう……」
切れ長の目がこちらの心を見透かすようにきらりと光った。
怪しいやつ、危なそうな男だと思われてしまったか……。別に自分も寝ていても問題ないのかも知れないが、万が一にでも復活した巨漢や、あるいは新手の襲撃者がこの家に侵入してくる可能性もゼロではない。
探知、追跡が得意な神格なんていくらでもいる。
まったく、善良な市民にとって生きにくい時代になったものだ。
景佑は雑念を抱えながら、それでも春の目をまっすぐ見つめて逸らさなかった。
「客間の押入れにマットレスが入っているから、使っていいわよ」
「……え?」
まったく予想していなかった言葉に、景佑はポカンと口を開いた。
「よ、よく意味が分からんぞ」
「アンタも休みなさい。心配しなくても、千里と一緒に起こしてあげるから」
優しい笑顔でそう言われて、流石の景佑も少しドキリとした。
春はときたま不意にこうした反則的な表情を見せることがある。元々容姿が整っていることも相まってその破壊力は凄まじい。噂によれば、男子のみならず、女子の間でも春のファンがいるとかいないとか……
「だ、だが、何かあったら――」
「肝っ玉の小さい男ね。アンタを叩き起こすから安心しなさい」
「……頼んだぞ」
それにしても、春は何を考えていたのだろうか?
景佑は気になったが、疑問を口にすることなく大人しく彼女の指示に従った。
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