第6話


 ───急がなくてはいけない


 地平線に並ぶ木々が、白く浮かび上がる。水分を多く含んだ淡い空色は清潔感さえ感じさせた。その中心にある朝日の入りを崖道からとある集団がのぞきみる。

 黒のマントをまとう集団。数はざっと見る限り十五人ほど。一人でも怪しい格好というのに、さらに数を増すとその異様さは群を抜いて際だつ。


 しかし、その首から下げるプレートには国家直属の証が刻まれていた。


 『第三魔術隊』


 絶対に遅れを取るわけにはいかない───と、その中のひとり、レミリィは髪先をきゅっと握りしめた。


 夜明けより一足早く、その軍勢は森に踏み入った。騎士団を出し抜いて手柄を我が手にするためだ。

 ヒーライトは万全を期するため、朝日を拝んでから来る───日の入りが見えたこの瞬間、彼女の部隊も出陣を始めたのは間違いない。


 ───こちらも急がなくてはならない


 魔術隊はその能力から『戦闘・隠密・諜報』の三つの小編成に分類される。

 攻撃・治癒魔法専門は戦闘部隊、後方支援であることが多い。暗殺・変化系統の魔法を持つものは隠密部隊。そして、彼ら第三魔術隊は諜報機関である。ありとあらゆる情報を迅速に収集しそれを伝聞する。


 当該ではないこの部隊がいち早く行動できたのはその能力が長けていたからだった。壁に耳あり障子に目あり、とはまさに彼らを指す言葉。壁のある場所で秘密をしゃべるな、壁には彼らの耳が付いているから───、と。


 城で盗み聞いたヽヽヽヽヽ情報によれば、ちょうどこの崖の下が姫の側近である女騎士がオークに襲われたところである。


 ───急がなくては


 その場所の痕跡を情報収集能力に長けた彼らが解読すれば、すぐにオークの足取りをつかむのも造作もない。こと考古学を専門とするレミリィにいたっては物理記憶魔術のスペシャリストだ。朝ご飯を平らげるより簡単なはずだった。


 なのに。


「どぉ〜してこうなってしまうのかしらぁ!」


 魔術隊は危機に襲われていた。

 正確に言えば、賊徒どもに襲われていた。


 その数、三十は超えている。それはレミリィ、ひいては魔術隊の想定を超えた数だった。しかも、聞く耳持たず、血気盛んに剣を振りまわしてくる。


 魔術隊は背後から襲われ、完全に先手を取られた。後陣に配置した戦闘専門の魔術師がさきにやられてしまったのだ。


 瞬く間に包囲され、そこからは数の暴力もいいところだった。地の利も完全に山賊たちのほうがあった。崖で逃げ場もない。


『女騎士のためのオークマニュアル』


 唐突に、レミリィの脳裏に、『負け』の二文字よりもはやく、その言葉が現れる。そして、無様に負けたあの日の自分自身の姿を浮かんできた。


『はぁぁあああああんっ♡ ぁあああ♡ んほぉおおおおおおおっ♡♡』


 ────。


 目の端から涙が出てきた。あのときを思い出すといつもこうだ。全校生徒という観客が見守るなか、レミリィは痴態を晒した。あの日から枕を濡らさなかった夜なんてない。


 ───忌まわしき記憶。


 ───オークマニュアル。


 ───女騎士。


 ───ヒーライト。


 ───忌まわしきヒーライト。


 あの日、レミリィが密かに抱いていた『夢』は潰えた。そして、身を隠すように考古学者の真似事を始めた。


 しかし、今はそんなことはどうでもよかった。


 ───急がなくてはならない。

 だって───


「────だってあの本は、古文書でもなんでもなく、ぁっ!」


 レミリィは、精一杯の力でメイスを高く振るった。

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