神をも恐れぬ日常

瑠輝愛

第1話 常識も恐れぬモノ達

 特に日本は神を畏れなくなって久しい。

「そんな悪戯すると、神様からバチが当たるよ!」

 なんて叱るおばあちゃんも絶滅危惧種となっている。

 お正月にクリスマス、盆に墓参り、習慣は残っているがそれらは『畏れ』や『信仰』からではないのがほとんどだろう。

 ブレザーが暑くなってきたこの時期に、交通安全祈願の地蔵を眺めていた雄志郎はそんなことを考えていた。

 ちょっと早起きしてしまい、親が仕事で疲れて寝ていた布団をそっと通って登校することにした。

 書き置き残し忘れていた、とメールを打っているとこの地蔵に出くわしたわけだ。

 毎日通っている道なのにこの地蔵に気づかなかった。

 いつも大あくびしながら通っているから、それとも女子のスカートがめくれないか必死に見回していたからか、雄志郎にとっては突然現れた石像に思えた。

 雄志郎がメールを打ち終わると、すぐに返信が来た。

『あら珍しい。今日は雪でも降るかね。後でお金あげるからお昼は学食にしてね。母』

 はいはい、と返信してスマフォをしまう。

 その瞬間、空が真っ暗になった。

「は、まさか。雪なんて降るわけ…」

 と言い終わるかいないか、その刹那に雄志郎が後ろの車道へ吹き飛ばされた。

「いってぇー。腰打った。何なんだよ、まだ女相手に使ってねーんだぞ」

 腰を抑えながら立ち上がると目の前にありえないものが鎮座していた。

「う、うしあたま???」

 牛の頭をしたムキムキの赤い大柄な男が棍棒を持って、さも偉そうにこちらを睨んで座っている。

 訳がわからない。

 こんな朝早くからヒーローショウか?

 それともロケか?

 頭のなかがグルグルしている最中、牛の化物はゆっくりと立ち上がった。

 その身長たるや、長身ではなく巨人と表現するしかない体躯だ。

 その下には無残に砕け散った地蔵が見えた。

 ここは交通事故が最近なかったけど、自分自身の交通安全は祈願し忘れていたらしい。

 巨人はゆっくりと足を踏みしめ、雄志郎に向かって歩いてくる。

 その威圧的な顔と身体で、蛇に睨まれた蛙になってしまった。

 ヤバイ。超ヤバイ。身体が全然動かねぇ。

 脂汗が額から噴き出しているのが分かる。

 心臓が耳に響く。

 あの地蔵のようになってしまうか。

 巨人が棍棒を振り上げた。

「ひぃっ」

 雄志郎は思わず目を閉じた。

 殺される。

 こんなことなら早く起きるんじゃなかった。

 まだ女子と付き合ってない。

 おっぱいだってまだ触ってない。

「おいっ」

 まだ童貞なのに死にたくねーよ。

「おいっ、お前!」

 ああ、こんなことなら貧乳のあの子に妥協しとけば。

「ったく、面倒くせぇな。おい、無視すんな」

 胸ぐらを掴まれて、はっと目を開けた。

 自分と同い年くらいの男子が、雄志郎を睨みつけていた。

 さらに胸ぐらを引っ張られる。

「おいっつってんだろ! 逃げろ。あの神格は俺が何とかするから」

「は、はい? 『しんかく』??」

「いいから逃げろっ」

「うおっ」

 男子に強引な腰投げで車道の外まで飛ばされてしまった。

 しかし、逃げようにも腰が抜けてしまっているようで全く動けない。

 男子は巨人と睨み合っていた。

 そして耳に手を当てて舌打ちをする。

「ちっ。やっぱダメか、ゲートが開かねぇ。たく、どうなってんだ」

 巨人が棍棒を男子に叩きつけた。

「いってー。神格が直接人間を攻撃してきただと⁉」

 もう一度棍棒を振るう巨人。それを男子は華麗に避けた。

 すぐ側まで来た男子に雄志郎が怒鳴った。

「ちょっと。こっちに来んなよ」

「るっせー! このままじゃ松坂にすら勝てねーんだよ。逃げるぞ」

「あの、俺、腰が……」

「ああっ、もう。マジで面倒くせぇ」

 そう頭をくしゃくしゃかくと、雄志郎をお姫様抱っこして走り始めた。

 嘘だろ、俺の体重70はあるのに? なんて力だ。

 雄志郎は恥ずかしさよりもただただ驚くしか無かった。

「ん?」

 男子が足を止めた。

 あの松坂という巨人はまだ諦めておらず、ズシンズシンと追いかけてきているのにだ。

 雄志郎は焦った。

「ちょっと、ちょっと。逃げなきゃ殺されるよ」

 必死になって抱きつく。

 だが男子は至って平静、いやむしろ笑っていた。

「なんだか知らねーが、ゲートが開いた」

 そう言うと、あろうことか踵を返して松坂と対峙した。

「はぁ――? ちょっとあんた。殺されるってば」

「黙ってろ。ゲートさえ開けば、松坂なんてただの雑魚だ。来いっ、イソタケル!」

 男子が何かを叫んだ。

「こんな時に中二病発症してんじゃねーよ。冗談じゃ殺されるって」

「中二かどうか黙って見てろ」

 赤い光が男子から放たれたかと思うと、それが2人の影に向かって流れ込み何かを形作っていく。

 その瞬間、鎧を着た男が現れた。

「レイジどの。お久しぶりです」

「幽霊が、しゃべった!!」

「お前は黙ってろ。イソタケル、あいつを頼む」

「承知!」

 イソタケルと呼ばれた幽霊の男は、刀を抜くと松坂に飛びかかった。

「覇!」

 一閃。

 松坂は真っ二つに真横に斬られて、そして赤い光となって消滅していった。

 イソタケルは男子の側に戻ってきた。

「レイジどの。私はどういたしましょうか」

「もう行っていいぜ。さすがに一人で神格を従えるのは厳しいからな」

「分かりました。またいつでもキャストしてください。では、御免」

 イソタケルが、さきほどの松坂のように光となって消滅した。

 男子―レイジと呼ばれていた奇妙な奴―は、雄志郎を下ろすと大きく息を吐いた。

「ふう…。さすがに頭にクるわ。あーイテテ」

 頭を抑えているレイジに雄志郎が礼を言う。

「あの、その、なんていうか、ありがとう」

「ああ、いいって。まあ、礼ならこれから頼もうと思ってるし」

「礼って、金とか持ってないぞ」

「そんなんじゃねーよ。いててて、ちょっと待ってくれ」

 まだ頭痛がするらしい。

 数分後、レイジが雄志郎に向かってこういった。

「なあお前」

「なんだ?」

「ここ、何処だ?」

「は?」

「道に迷った」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉」

 あんなすげぇことやってのけたのに、なんなんだこのレイジとかいう男子は。

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