第51話 俺の世界
「樹!」
ヒナタがすぐにこちらに走ってきて俺にしがみつく。さっきまで博士となにか話している様子だった。
レイナはキッチンで食事の用意をしているんだろう。
「待ってね、樹! 非常食温めるのとは違って時間がかかるから」
「異常がないので食事も切り替えたんだ。非常食も底をつきかけていたしね」
博士が補足する。非常食はかなりあったのに……それほど時間が流れていたんだろうか……。
「ああ、うん。大丈夫」
が、お腹は正直だ。グーと音をたてる。
「ふふ、樹ったら」
抱きついたままだったヒナタが手をほどいて俺に笑いかける。自然な笑顔だ。こんなヒナタの笑顔はいつから見ていないんだろう。もしかしたら初めて見たのかも知れない。
「いいだろう! ずっと食べていないんだから」
「そう。そうだよね……樹、おかえり」
「おかえり、樹」
ヒナタもレイナも待っていたんだろうか。もう諦めていたかもしれないな。この言葉が言えるなんて……。
「ただいま。ヒナタ。レイナ」
「樹君、空腹のところ申し訳ないんだが……さっきの話の詳しい話を」
「ああ、俺は後ろから心臓を刺されて一時的に死んでいたようなんだ」
「じゃあ、それで!」
「ああ、それで向こう側に転送された。そして、向こうで生き返ったんだ」
それから、俺はソファーに腰掛けて話をした。向こう側のそれぞれの部屋のこと、そして、誰がやっていたのかを。博士は息を飲み、口をパクパクさせていた。宇宙人だと思っていた敵が自分自身だったなんて。なかなか受け入れられないだろう。
ヒナタ達も息を飲みその後は沈黙した。あまりの出来事に、声もあげなかった。
俺は続けた。
「樹君、そのガスじゃないかな? 君が不死身ではなくなったのは」
「え? ガス……どうだろう、不死身じゃなくなったって気づいてなかったから、いつからかなんてわからない」
「んー、だがそれ以外に体に異変を起こさせるという出来事はなかったようだし、その後どうしたんだ?」
そこからは辛い話になった翔子と戻ろうと必死で死体と瓦礫を踏み分けて移動し続けた。だけど、結局翔子は戻れなかった……考えてみればわかったはずだった。翔子が倒れている時にレイナはメガネに触れて戻している。その後は自分の探知機で戻っていた。何度も同じような場面があったじゃないか。俺自身も。
俺の話は終わった。博士はもう自分自身と戦っていた事を納得してるようだ。
俺はソファーにもたれかかる。俺は納得なんてできなかった。
こんな結末に納得なんてできない。みんなボロボロじゃないか。心をズタズタにさかれている。
「ご飯出来たよー! ひとまず食べよう」
「ああ、そうだね」
みんなで食卓に着く。非常食と違って普通のご飯だ。
「いただきます」
どんな不条理なことがあったって、心を引き裂かれても、お腹が空けばこんなにも食べれるのか。不死身だった頃にはない感覚だ。これが普通の人間ってことなのか。
博士は相変わらずの早食いだ。俺も勢いに任せてご飯を食べたのですぐに食べ終わった。博士はもう席を立たない。することがないのだろう。もう何もする必要はない。
「博士、俺が消えてからは?」
「樹君が消えてから、また攻撃がなくなった。死体が消えるという事件もなくなり、本当になにもなくなったんだ。しばらくは警戒していたんだ。君がその……戻って来るかと」
敵となってだろうな。この言い方は。
「その後、君は戻って来た。血まみれになってあの部屋に戻って来た。三人でプールに運んだんだよ。君は全く意識を戻さないし、出血は続いてるからね。なぜ、体が元に戻ったかはわからなかったが、不死身ではなくなってると判断してプールに入れた。また何かの罠かと交代で見張っていたんだけどね。どうやら、死体を兵器に変えるガスが作用したんだろうね」
「あのガスか」
「まあ、君のメガネで場所もわかった。転送も一人じゃない物に変えてちゃんと運び出すから安心してくれ」
「ああ。あの翔子は?」
翔子はここに戻されるのか? それとも元の博士の家?
「翔子君のご両親の家に戻して葬儀となるよ。他の死体と同じようにね」
「翔子の両親……そうだよな」
翔子のおじさんとおばさんの顔が浮かぶ。どう受け止めるんだろうか。あんな体になってしまった娘を。
「お、俺は?」
怖い質問だった何よりも。もう元の世界には繋げないかも知れないと言われていたんだ。
「とにかくやってみるしかないね。前の場所に戻ってあの家の扉でつないでみるよ。あそこは長いこと繋がっていたから戻れる可能性が高いからね」
「そう……そうか」
博士は断言しない。戻れるとは言えないぐらいの確率なのか……。
「とりあえず疲れているだろう? こちらはいろいろとやることがあるからね。しばらくは休んでくれ」
「わかった」
プールに入っていれば十分な休息だと思っていたけれど、お腹がいっぱいになったら急に眠気に襲われた。まだ、休み足りないみたいだ。
「じゃあ、眠いんで部屋で寝るよ」
「ああ」
「お休み、樹」
「お休み」
「じゃあ、な。お休み」
部屋に戻るとそのまま眠りについた。深い深い眠りに。何度か夢を見たが汗だくで目が覚めて、何の夢か確認する間もなくまた眠りにつく。
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