【完結】俺はヒーローなんかじゃない!

日向ナツ

第1話 ゾンビパウダー

  『ゾンビパウダー』って言葉をテレビから流れて来る声で聞いた。この一言で思い出した。そういや、俺、昔ゾンビパウダー飲まされたっけ。

 昔、近所に俺らの間で噂でもちきりの変人が住んでた。いや、今もいるんだろうが高校生になった今はそいつの噂話を聞くことはない。そして、俺はそいつの家を避けていた。その変人の噂は俺が小学生の時に友達の間に広まっていた。変な研究をしているらしく、噂話ではそいつの家はお化け屋敷扱い、そいつは変人扱いになっていた。


 なぜだかわからないが俺は小学五年の時にそいつに捕まり、そいつの家に入れられた。そう、そのお化け屋敷に。そこでそいつにゾンビパウダーを飲まされたんだ。俺は顔が、いや全身が紫色になって驚き逃げて家に帰った。紫色になって泣きながら帰った俺は母に理由を聞かれて、そいつの家に行ったことを白状させられて、めちゃくちゃ怒られた。

 しばらくの間、学校の帰りにそいつの家に行かないようにと、母親が小学校まで迎えに来るんで友達にからかわれて嫌だったなあ。そうそう結局全身に染まった紫色は一晩で元に戻ったんだけどな。そいつには会わなくて済むようにそいつの家には近寄らなくなった。もちろん母親にもそう約束させられた。


  『ゾンビパウダー』って言葉を聞くまですっかり忘れてた。無意識で避けてたみたいで、考えるとそいつの家には近寄らなくなっていた。が、こんな昔のことを鮮明に思い出したのは、その言葉だけじゃない。その言葉を聞いた場所は自宅ではなく友達の家だった。友達の草介の弟がテレビを見ていたんだ。そのテレビから『ゾンビパウダー』って言葉が聞こえて来た。いったいなんのテレビ観てるんだ? 草介の弟は。

 草介は小学生の頃からずっと一緒だった。草介の家から俺の家までの間にそいつの家がお化け屋敷があったんだ! 草介の家に行くのはその時以来だったんだ。ずっと忘れてた。草介がうちに来ることばりで、俺が草介の家に行くことはなかった。だから、多分その事を忘れていても無意識にそいつを、そいつの家を避けてたんだろうな。


 今日も草介から家に来るようにしつこく誘われなかったら草介の家には行かなかった。高校からの帰り道に、どうしても見せたい物があるんだとしつこく言われて、仕方なく草介の家に行ったんだ。そう、お宝を見て欲しいと言われて。お宝だと差し出された物を見たら名前も知らないマニアックなアイドルグループの、その中の一人のサインだった。

 草介いい加減にしてくれ。そう、言いたいが、良かったなあ、とか言ってその話を終わらせるつもりだった。が、今度は俺のお宝も見せろと草介が強引に俺の家に向かわせてるんだ。

 草介の部屋を出てリビングを通る時に聞こえてきた『ゾンビパウダー』という言葉。そして、今この道はまさにそのゾンビパウダーを俺に飲ませた変人の家の前の道だ。危険なんだ! と言いたいが、もう小学生じゃない。あいつに見つかったっていくらなんでも無理やり家に連れて入られることはないだろう。噂話も全く聞かないし、もうあいつはここにはいないもかもしれないし。

 草介にそんな話をして、この道を変えてくれと言える訳もない。草介になんだよそれってと一笑されるのがオチだ。

 かすかな記憶のあいつはいかにも科学者って感じで細くひ弱な感じだった。大丈夫だ。トラウマを克服するんだ。もう小学生の俺じゃないんだ。今はもう百八十センチ以上あるし体格もいい方だ。いくらなんでも……。

 ふと見てしまう。あのお化け屋敷を。ひときわ目立つ洋館。草介の話に適当に相槌を打ちながら。どうせ草介の話はさっきのアイドルの話なんだろうし、さっぱりわからないんだから聞いてても聞かなくても同じだ。ああ、近づいてきた。と、その家のドアが開く。なんでこんなタイミングで!


「おや! 君は樹君じゃないか!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る