赤い箱
姉の可代子宛てに荷物が届いた。
みかん箱大の赤い箱だ。
毒々しい赤色に、いったいどこから送って来たのかと未央子は思いながら、姉の代わりに宅配人から受け取った。
品名も差出人の名もなく怪しいと思ったが、とりあえず姉に貸している部屋に入れておいた。
その次の日も小包が届いた。
同じ形の赤い箱でやはり差出人の名はない。
受け取って、また部屋に入れた。
三日目も小包が届く。
同じ赤色をしていたが今度は長い箱だった。これも差出人の名はない。
どれもみな結構な重さで、もし姉が購入していた物なら、いったい何を買ったのだろうか。
そう首をひねったが確かめもせず、未央子は姉の部屋に荷物を突っ込でおいた。
その日の夜、電話がかかって来て受話器を取った。
男の声だった。
「もしもし可代子? プレゼント気に入ってくれた?」
「姉は今留守にしています。あの――どなたですか?」
未央子は送り主だと気付いて問うてみたが、電話は切れてしまった。
「なに? 失礼なやつね」
その日はそれっきりかかってこなかったが、翌日また長い箱とミカン箱大の赤い箱が届き、夜に電話のベルが鳴った。
「プレゼント気に入ってくれた?」
「だから姉はいませんって。
いったいあなた誰? 姉は当分帰りませんから、もう送ってこないでください」
「ウソつくな。いるのはわかってんだ。
あんた妹の未央子だろ? 俺は笠井だよ。可代子の恋人。聞いたことあるだろ?」
その言葉で一年前に姉が交際していたという男を思い出した。二か月ほど付き合ったが凄まじい独占欲に嫌気がさした姉はそいつと別れ、未央子のマンションに逃げてきた。会ったことはなかったが名前だけは知っている。奴にここの住所を突きとめられたのだ。
「あなた姉とはもう別れたんでしょ。迷惑ですから、とにかくもう送ってこないで」
「そんなこと言わず可代子を出してくれよ。
そこにいるのはわかってんだ。この間から全然外に出てねえだろ」
「だから、いないって言ってるでしょっ」
笠井がこの部屋を見張っていることに気付き、かっとなって受話器を叩きつけるように戻す。
すぐ呼び出し音が鳴って無視していたが、いっこうに止む気配がないので仕方なくもう一度出た。
「明日、最後のプレゼント持ってくよ」
そう言って切れた。
「ほんっとに、しつこい。そんなだから嫌われたんでしょうがっ」
未央子は大きな声で独り言ち、ソファに座って胡坐をかいた。腹が立ってたまらず、苦い表情で爪を噛む。
あいつのせいだ。笠井がしっかりつかまえておけば、姉はここに来ることはなかった――恋人の裕人を奪われることもなかった。
略奪が未央子にばれ、姉は泣いて謝った。
だが許すことができず、裕人のもとへ行こうとした姉を包丁で刺した。
罪悪感も恐怖もまるでなく、死体は部屋に放置したままだ。笠井が何度かけてこようと姉が電話に出ることはない。
ふと未央子は爪を噛むのをやめ、顔を上げた。
あの荷物は何だろう。
笠井はあれをプレゼントだと言っていた。
いったい何が入っているのか。
未央子は荷物が届く度に張り替えていたドアの目張りを剥がし、異臭が流れ出るのも気にせず中に入った。
姉の転がる横に、無造作に置いた全部の赤い箱の底から液体が滲み出してきていた。
未央子は次々と箱を開けた。
「うっ」
中身はビニール袋にくるまれたバラバラ死体だった。
箱の染みは漏れ出た血だ。
長い箱には腕と脚がそれぞれ一対。その他の各箱には中身のない胸部や腹部が入っていて、最後に届いた箱には取り出された内臓が人体模型のように順に収められていた。
左乳首の横の大きな黒子がこの死体を裕人だと示している。
「笠井のやろうっ」
姉の次の恋人だと思い、裕人を見せしめに殺したのだろう。
なにがプレゼントよっ。
裕人の胸が入った箱にもたれ号泣する未央子だったが、しばらくして腐乱の始まった姉の死体をバスルームまで引きずっていき、バスタブに入れて湯を張り始めた。
湯が溜まるまで箱の中身も全部バスタブにぶちまけた。
「こんな裕人なんていらないのよ。一緒になれてよかったじゃない。ね、お姉ちゃん」
赤黒く染まった湯がバスタブすれすれに溜まると、今度は追い炊きを点火しフタをする。中身がはみ出てちょっと浮き上がっているが、放置していればやがて自然に収まっていくだろう。
そう言えば裕人の首がなかった。
だが、笠井は明日最後のプレゼントを持って行くと言っていた。
そう、『持って行く』と。
「あのやろうっ。せっかくお姉ちゃんを殺したのに台無しにしやがって。絶対許さないからなっ」
未央子は笠井を迎える計画を頭で練りながら、包丁を研ぎ始めた。
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