ここに立つ

 きょうも僕はここに立つ。

 いろんな人を見たいから。いろんな車も見ていたい。

 いつ頃から立ち始めたのか、自分自身よくわからない。なぜ、ここに立とうと思ったのかも覚えていない。

 僕はただじっと立って人を車を眺めてる。

 にこやかで明るい人。眉間にしわを寄せて不機嫌そうな人。かわいらしい子供。小憎らしげな少年。泣き喚く赤ん坊。おろおろする若い母親。スピードを出しているダンプ。のろのろ走るセダン。初心者マークのおしゃれな軽自動車。子供の頭が屋根から覗くワンボックスカー。僕の好きなスポーツカー。

 それらをじっと見ていると、時々行きかう人や車に乗っている人と目が合う。

 僕は照れ屋だからすぐ目を逸らす。

 なのに悲鳴をあげて逃げる人がいる。驚きと恐怖の眼差しで慌てて走り去る車もある。

 ある日、車に乗っている女性と目があった。車は――小さめの四駆だ。

 通り過ぎてすぐ、その四駆はウインカーを出して止まった。女性が出てきてこっちに向かってまっすぐ来る。

「あなた死んでるよ」

 その人は僕をじっと見つめ、哀れみでもない同情でもない眼をして言った。

『ああ……』

 僕は思い出した。

 自転車に乗っていた僕を猛スピードで轢き飛ばしていった銀色の高級車を。地面に落ちた僕を顧みることなく走り去った銀の塊を――。

 僕は自分の両手を見た。手首があらぬほうを向いている。それだけじゃなく腕も脚もおかしな具合だし、体中が血で真っ赤だ。きっと顔面もすごいことになっているのだろう。目が合う人たちが悲鳴を上げるのも無理はない。

 この人は、怖くないのだろうか。

 とにかく、僕の声が聞こえるかどうかわからないけど教えてくれたお礼を言おう。何のためにここに立っているのかも思い出させてくれたし。

『ありがとう。でも僕は――』

「銀の車ね。国産の高級車。ナンバーは――見たんでしょ? 走り去る車のナンバーを」

 彼女が力強い瞳で僕を見つめる。

 そうだ。僕は見たんだ。赤く染まっていく視界に入ったナンバーを。それをひとつひとつゆっくりと口にする。

 彼女はにっこりとうなずき、ぼくの肩に手を置いた。

「もう、探さなくていいよ。後はわたしにまかせて。ちゃんと見つけ出してあげる。

 だから、ゆっくり眠りなさい」

 実際、彼女の手は肩を通り抜けていたけれど、僕は暖かさを感じた。そのぬくもりで体が軽くなっていく。

『ありがとう――』

 車に戻っていく彼女の背中に向かって頭を下げる。

 彼女はドアを開けながら振り返り、優しい微笑みを浮かべてうなずいた。

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