第14話


「たまげたな! 台北から来た雨田(あめだ)兄弟ってのは仮の姿だったってわけか!」


 自分のアパートに招き入れた赤松朝雄(あかまつあさお)は予想外に友好的だった。

 きちんと整理され掃除の行き届いた快適な住居も意外ではあったが。

「きっと情婦がいるんだよ。男の一人暮らしで、この整理整頓は無理だ」

 探偵と助手が座っている六畳の他にもう一部屋ある。流しも付いていて、そちらで赤松がお茶を用意する間に早速〝未来の探偵〟が推理を展開して見せた。

「君、それは論理の飛躍というものさ」

 ヒソヒソ声で探偵が応じる。

「部屋の様子だけでそこまではわからないよ。現に、僕だって整理された清潔な住まいを維持しているからね」

「ハン、興梠(こおろぎ)さんの場合は、アレは〈孤独な潔癖〉ってやつ。こっちのは……」

 助手は可愛らしい鼻をヒクつかせた。

「〈愛のある整頓〉だ! 優しい匂いがする。女のヒトの濃密な気配……僕にはわかるんだよ!」

「――」

 一瞬、黒猫が化けているのかとまじまじと助手を見つめる探偵だった。

「どうぞ」

 お茶の盆を持って赤松が戻って来た。 



 その赤松、別名〈三日月の朝(アサ)〉は興梠の差し出した名刺をつくづくと見つめて唸った。

「てことは――小夜子に纏わり付いてたのも、色恋沙汰じゃなかったのか! 俺はまた、てっきりあんたたちがシツコク小夜子に言い寄ってるのだとばかり思ってさ」

「誤解ですよ。少なくとも僕はね。興梠さんはどうか知らないけど」

「君は黙っていたまえ、フシギ君」

「で? 何が訊きたいんだ? 早とちりして痛い思いさせちまったお詫びに――何でも話すぜ。俺の知ってることなら」

「感謝します」

 興梠は背広のポケットから写真を取り出した。

「溝口朔耶(みぞぐちさくや)?」

「ご存知ですか?」

「勿論さ! 小夜子の……愛した男だ」

「朔耶さんに何をしたの? 昨日、僕たちにしたように殴りつけて……新港突堤沖に沈めた?」

「フシギ君」

「ちょ、待ってくれよ? 何で、俺がそんな真似――」

「だって、僕たちが小夜子さんの周辺をウロチョロしただけでああなんだもの。一緒に暮らしてた朔耶さんなら殺してしまっても当然じゃないか」

「冗談じゃない! 昨日のは、ありゃ、単なる脅し文句さ」

 慌てて手を振って、

「朔耶の不在中に悪い虫が付かないか、俺が目を光らせようと思っただけだ」

 姿勢を正すと、探偵とその助手を真直ぐに見つめて赤松は言った。

「朔耶が出てったのは知ってる。でも、俺は信じてる。あいつは必ず戻って来る。だから、それまでは俺が小夜子を守ってやらねえとな」

「いやに朔耶さんのこと買ってるんですね、赤松さん?」

 探偵より早く助手が訊いた。その問いに赤松も即答する。

「そうさ! 朔耶はいい男だよ。俺は何度も酒を酌み交わして……納得したんだ」

 港湾労働者を震え上がらせるスカーフェイスの鋭い眼光が消えて優しい光が零れた。

「溝口朔耶は金持ちの息子で学歴もある。身分は雲泥の差だがよ、それでも、本気で小夜子を愛してる。あいつなら、俺は文句はない。そうさ、あいつこそ、小夜子を幸せにしてくれる最高の男さ――」


 バンッ!


 ここで勢い良く玄関ドアが開いた。

「いい肉が手に入ったのよ! 今夜は久々にすき焼き、ご馳走するわ! 一緒に食べま……しょ……?」

 買い物籠を下げて入って来たのは、誰あろう――

「小夜子?」

「小夜子さん……?」

 赤松と探偵の驚きの声が重なった。

「あ――っ!」

 続けて、助手が叫ぶ。

「やったぁ! 大当たり! 夕食を作りにやって来るなんて、やはり、この赤松朝雄は小夜子さんの情夫だっ!」

 飛びついて探偵は助手の口を塞いだ。

「君! そんな言葉を使うのはやめたまえ!」

 一方、玄関に突っ立ったまま小夜子も吃驚して声を上げる。

「まあ! 雨田ご兄弟……じゃなかった、探偵さん!?」

 室内を見回して、

「こんなところで何をしてるんですか? 兄さんと?」


「〝兄さん〟……?」




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