僕はすずらんの日を忘れない
岬
第1話 飛行機の一人旅
突き刺さるようなまっすぐなひかりが、窓から差し込んだ。
初めての飛行機は、階段を下りるように徐々に離陸態勢に入った。
目の前の窓の下に広がるのは……驚くようなパッチワークの緑だ。小さな四角いつぎはぎの布のように畑が見える。建物が角砂糖のようだ。徐々に流れる景色が大きく、早くなる。まるで空を駆けているようだ。
こんなに陽のひかりって、透明だったか?
藤浪保は、初めての色なんじゃないか、と思わず呟いた。自分が見たこともないような、透明度の高いひかり。顔を思わずしかめた。
もしかして日本は、全ての色に白が混ぜられてるのか?
初めての一人旅は、客室乗務員のおかげで、何もかもがスムースだった。パリのシャルル・ド・ゴールでニース行きの国際線に乗り換える。
税関の窓口でパスポートを手渡し、あらかじめ書いてもらった紙を念のため出す。何度も何度も、頭に叩き込んできた。そんなのもの、実は見る必要なんてない。でも心臓がバクバクした。僕としたことが。紙を広げる指先が震える。
保は、耳をすませて注意深く質問に答えた。
隣の席の職員に、何か話しかけている。大方、この小僧、フランス語がわかるのか?とでも言ってるんだろう。付け焼き刃のフランス語。保は、先回りして、ジュヌコンプランパ フランセーズ、と言った。いくら特訓しても、英語ほど話せない。英語は幼児教室から外国人の先生に足掛け5年、習ってきた。だがフランス語は本当に付け焼き刃だった。英語の先生の奥さんがフランス人でラッキーだった。一ヶ月だけ、週に2回、慌てて習った。とにかく自分が、言いたくなりそうなことだけ丸暗記だ。
にやにやと税関の男たちは笑ったが、ガシャンガシャン、とスタンプが押され、あっさりと行け、と目配せされる。
保は、習った通りに、メルシィ・ボクーと言った。脇の下に冷や汗が流れた。
何度も練習した。シィと言う部分は、日本語のシーとは違う。舌を前歯の裏に当てて、唇を引きながら、同時に舌も奥へ引っ込める。男たちはそれを聞いて、またゲラゲラ笑った。馬鹿にしてるのか?いけ好かない大人たちだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます