こうして僕は世界を救う
三葉倫太郎
プロローグ
そして僕は託される
「君にしか頼めないことがある」
全身黒ずくめの怪しい人間の典型とでも言えるような四十代くらいで背が高く、痩せた男がそう言った。
あまりに突然の出来事だった。
学校の帰りに乗っているこの電車は終点が近づくと乗客がかなり疎らになっていく。その男は、今僕がい る車両から人がみんな降りた後、おもむろに僕の目の前にやってきてそう言った。
「僕にしか頼めないというのは、どういうものですか?」
不思議と僕はその男の話を聞いていた。
普通ならこういう時どうするんだろうと思った。
怪しいとは思っても、とりあえず話だけは聞くんだろうな。その後に通報でもするんだろうか。でも僕 は、それを実行することは多分しない。
男がおもむろに小包を僕に差し出した。
「なんですか? これ」
男は答えない。
僕の背後の窓から射し込んでいる夕日が男の顔を照らす。
表情の変化はない。ただ淡々と自分の仕事をしているだけ、やるべきことをやったら余韻に浸ることもなしにさっさとその場から立ち去ろうとするような。僕も普段はずっとそんな表情をして日々を過ごしているのかもしれないな。なんて、この状況のことなんて何の気にも留めていない風なことを思っていた。
男は小包を持つ手を伸ばした。受け取れということだろう。
僕はそれを手に取る。
「……あの」
「中を見てくれ」
男の言うことに従って小包を開けた。
「これは……」
男を見る。表情はさっきと変わっていない。
しかし、男は声を低くして僕に言う。
「見ての通りだ。これは君にしか頼めないことなんだ」
「……本物……ですよね、これ」
「もちろんだ」
状況を理解するのに少し時間がかかったと思う。
僕と男の間にしばらく沈黙があった。
これは夢ではないかとさえ思った。
「私の罪の償いを君に手伝ってもらいたいんだ」
男は淡々とした口調でそう言った。
「こんな物で……僕に一体何をしろと言うんですか……? あなたの罪の償いとは何です?」
『間もなく○○。次の駅は○○駅です。お出口は右側の扉です』
電車のアナウンスが次の駅、僕が降りる終点の一つ前の駅名を告げた。
「私が生み出してしまった化け物共を消し去る手伝いをしてほしい」
男がそう言った時、少しだけ男の表情が変わったような気がした。
どことなく、悲しげな表情に。
僕は困惑して答える
「あの……一体何を仰って」
「それを使えば奴らを殺せる。君は私が見つけた、奴らと戦える特別な人間なんだ」
僕の言葉を遮るようにそう言った。
正直、訳がわからなかった。
第一僕は全部において普通の人間以下だ。
学校のみんなより背がずっと低く、運動や勉強もできない。
そんな僕に化け物を殺せ? そもそも化け物だなんてこの人は何の話をしているのかさえわからなかった。
「私が生み出してしまった化け物に直接傷をつけられたら最後、生きていようがその傷で死んだといようが同じ化け物と化す」
「あの……」
「普通の人間にはこんな事は頼めない。なぜなら奴らは強い。普通の人間が立ち向かったところで返り討ちに遭って化け物が増えてしまうことになるのが関の山だ」
僕はこの男の言いたいことがわかった。
同時に、それはとても腹立たしいことであるのかもしれないとも思った。
僕は答える。
「つまり……理由はわかりませんけど、僕ならそいつらに殺されても化け物になることはない。だから僕がそいつらを殺すことに失敗したとしても特に問題はないから僕にそんなことを頼むわけなんですね」
今度も少しだけ間があった。
少しだけバツが悪そうに男が言う。
「大方その通りではある。しかし、君には申し訳ないが、そのような卑屈な捉え方はしないでほしい。このようなことを頼まれて素直に『わかりました』と言えることはまずないことくらいはわかっている」
「だったら……そんな命懸けの危険なこと、僕なんかが引き受けるわけないじゃないですか」
「君には化け物と化してしまわない抗体がある。理不尽かもしれないが、奴らと戦えるのは君だけだ。これは人類の危機でもある。放っておけば、奴らは多くの人を襲い、仲間を増やして最終的に人類は消える。君の家族や友人たちもな」
男がその若干脅しのようなことを言ってすぐ電車が駅に着いた。
駅にはこの車両に乗ってくるであろう何人かがホームで携帯電話を弄っていたり、疲れた顔をしながら立っていたりしていた。
「突然化け物だなんて言われて信じられないだろうが。もう君しか頼れる人間はいない。どうするかは次に会う時までに考えておいてくれ」
男はそう言って電車を降りた。
男が降りた扉から、夏のむわっとした湿った空気が車内に流れ込んできた。
僕は男を呼び止めたり、追いかけようとすることもなく呆然としていたが、人がこの車両に乗ってきたのに気付くと、慌ててさっき開けたままにしておいた小包の口を閉じる。
乗客たちは僕のことを特に気に留める様子もなくガラガラの座席に一人一人距離を置いて座った。
その光景は、突然の非日常からいつもの変わることのない日常世界に戻ってきた感じがあったが、僕の膝の上にある小包の中身がそれを否定した。
電車を降りた後も、あの男が僕の中に残していった余波とでも言えるようなものが渦巻いていた。
結局男は何者だったのかさえ僕は知ることもなかった。タチの悪い不審者の一人として結論付けることもできずに薄暗くなった町を歩く。
「どうしよう、これ」
男が僕に与えた化け物を殺すことができるという物。
この手の分野に詳しくないから使い方は今ひとつわからないが、小包の中には灰色のリボルバータイプという種類であろう拳銃が一丁と、既に装填されている銃弾を合わせて11発の赤い銃弾がそこには入っている。
僕はそれを捨てることも警察に届けることもできないまま夜を越えた。
そしてこの日を境に、僕は十六年間の人生で、最も恐ろしく、儚く、そして狂気に充ちた日々を迎えることになる。
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