ハピネスダイエット!~ダイエットしてあなたを振り向かせる!~
荒川晶
第1話 その1 最悪な再会
「もしかして
その人物を前にして、頭の中は真っ白になった。
身長一八〇センチはあろう、その縦に大きな男子は、私を見下ろしていた。
呆然と立ち尽くす私に、隣にいた親友の春ちゃんが私の名前を呼ぶ。
「
春ちゃんに名前を呼ばれるまで――この間たった数秒だったのかもしれないが、息を止めていたことに気付き、急いで空気を吸う。そして私は親友の手を引いてその場を早足に去った。
高校生活、初日。私は絶望の淵に立った。
なんのために中学受験をして、中高一貫校に入ったのか。小学校の嫌な思い出が頭の中を次から次へと過ぎっていく。
「ちょ、ちょっと優奈ったらどうしたの!」
黙って教室の前まで優奈を引きずってきてしまい、彼女の言葉に我に返ると私は彼女の腕を解放する。
私の体型ではちょっとした早足も随分な運動になる。肩で息をしながら、呼吸を整える。わずかに額に浮かんだ汗をハンカチで拭うと、また口を結ぶ。この汗は、急に動いたからだけではないとわかっている。体が過去の事を思い出して冷や汗をかいているんだ。
「優奈? 大丈夫? 顔色悪いよ?」
私の視界に春ちゃんの心配そうな顔が映る。
「さっきの人……」
「え?」
「背の高い男子……」
「ああ……なんか優奈に言ってた人? 何か言われたの?」
「……あいつ、私のこと――」
忘れていた。
そう、この学校、中高一貫校だが、高校から若干名生徒を受け入れている。進学校だから、高校からの入学試験も決して簡単ではないらしい。そしてその難関の受験を突破してきたことから、高校から入ってきた人達は決まって持て囃(はや)されるとも。
それが、もしかして……いや、もしかしてじゃない。確実に、さっきの男子は私のことを『太川』と呼んだ。そして、特徴的な右目の下にあるほくろ。男のくせに、まつ毛が長くてぱっちりした目。
間違いない。さっきの男子は、私の小学校の時に、『いじめられる』きっかけを作った張本人。私に『太川』というあだ名をつけた張本人。そいつの名前は――
「
「え?」
教室の前で呆然と立ち尽くす私に春ちゃんが聞き返してくる。
「さっきの人、小学校の時の……」
壁に額をつけて、まさかまさかと混乱する。自分でも顔が強張っているのがわかる。春ちゃんが横から私の表情を見て、何か悟ったのか息を飲んで、辺りを見回した。
「戸津って言った?」
「うん……」
「前聞かせてくれた人?」
「そう……」
春ちゃんが声を抑えながら耳打ちしてくる。それからまた何かを発しようとした春ちゃんが、突然私の腕を掴んだ。
「来たっ」
その台詞に私はびくりと体を揺らす。春ちゃんが顔を上げているのがわかるが、私は恐怖から顔を上げることができない。壁と対面しながら、掌から汗が滲み出てくるのを感じた。
「来るよ」
春ちゃんの状況報告で更に全身に力が入る。そして、私の右横に人影が映り込む。
「おい、太川だよな?」
どうするのが正解なのか。思考がフルで回転する。ここで何事もなかったように挨拶するべきか。忘れてしまっているフリをするべきか。とげとげしい態度にするべきか。
反射的に取った対応は、
「お久しぶりです」
と、体だけ向き直り、目は合わせずに、もごもごと話すことだった。
終わった……そう思った。
私の安定な学生生活はここまでだ。目の前が真っ暗になりそうだった。次に何を言われるのか、ただその恐怖だけが体を包んだ。
「よう、久しぶり。俺だよ、戸津。戸津龍介。同じ小学校だった。覚えてるか?」
彼は、何もなかったように、にこやかに挨拶をしてくる。にこやかに、と言ったが、顔は見れていない。声の抑揚からそう感じとった。もうこの人の中では、あの当時あったことはなかったことになっているのだろうか。それとも、彼にとっては元々何もなかったのだろうか。
「覚えてます」
顔を上げるには勇気がいる。でもこんなに露骨に避けている事を悟られるわけにはいかない。私は思い切って顔をあげようと心に決めた、刹那。
「あー、だめだめ。そいつまともに男と話さないぞ」
突如として同級生の声が耳に入ってくる。私は横から話しかけてきた男子を見上げた。名前は覚えている。だが、いい印象はない。むしろいい印象がある男子なんて殆どいないのだけども。
「話さない? そうなのか?」
「そうそう。ここだけのはなし相当なオタクって噂あるぜ」
あいつの――戸津の質問に律儀に答える同級生。こそこそ話しているつもりだろうが丸聞こえだ。
そうこうしているうちに二人が自己紹介を始め、嫌な予感が全身を駆け巡る。
「あ、俺、A組になった
「おう、よろしくな、俺は太川と同じ小学校だった戸津龍介。同じくA組だ」
「太川?」
私はその時初めて戸津の顔を見た。
――やめて!
そう喉から声が出そうになった。でもその声も出せずに、私はただ目を見開いて、目だけで訴える。
私が突然顔を向けた事に驚いたのか、もしくは私が般若のような顔をしたからか定かではないが、戸津は私を見て、一瞬言葉を飲み込んだのがわかった。
「いや……細川だっけ。久々で名前忘れちまって」
戸津は察したようで、言い直す。私はそれだけ聞くと、二人の間を通り、教室へ入っていった。
ホームルームが始まり、席替えが行われた。私は窓際の一番後ろの席。ベストポジションだ。だが、肝心の春ちゃんはと言うと、一番前の席の、窓際から二列目になってしまっていた。そして――
「よう」
戸津が、隣になった。
私の人生で最も会いたくない人ランキング一位の人間。同じ学校の同じクラスの隣の席とか、これはもはや神様のいたずらだ。
「……」
挨拶されても、なんの言葉を発せればよいのかわからず、私は机の上をじっと見つめるだけ。体が全力でコミュニケーションを取ることを拒否している。
……いや、そうじゃない。私はあえて返答をしない。こういう人は、スルーするのが一番いいのだ。私は人生から学んだ経験を生かすんだ。
そんなことを思っていると戸津が他の人に話しかけられたので、私に意識は向かなくなった。ほっとして、体から力を抜く。
「最悪……」
窓の外を見ながら、誰にも聞かれないように私はぼそりと呟いた。
それからホームルームが終わり、高校生対象の始業式と一部の高校一年生のための入学式が行われた。それが終了し、教室に戻る途中女子の何人かが戸津の噂をしていた。
「ねえ、戸津君って結構格好良くない?」
「わかるわかる。さっき私少し話したよ。頭良さそうだった」
私はふと、高校からの新入生は持て囃される、ということを思い出した。だが、それは全員に言えることではない、ということはわかっている。彼のように、身長もあり、見た目もそこそこの人にだけ当てはまる。性格なんてどうでもいいんだ。あいつが過去に私にした事なんか、彼女達には関係ないのだろう。
そう、人は見た目が九割。
それを心の中で反芻(はんすう)してしまい、深い闇に飲みこまれそうになった。小学校の時の辛くて、悲しかった思い出を鮮明に思い出してしまう。
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