グットラック・愛しき人よ。
小山の頂から見下ろす街は小さくて、人の姿は見えそうにない。
彼は孤独を嫌った。毎日が藁にもすがるようなひもじい心で、友情を知らない、寂しい人であった。
それでもたった一人、愛した女性がいた。
名は田沢と言い、顔が整っている訳でもない、普通の女性だ。
彼が田沢と会う時は、身嗜みをいつも以上に気をつけて、見栄を張るため黒いスーツなども着てみたりした。
毛を一本でも見せまいと鏡の前で、幾度となく確認もした。
田沢と会う為だけの努力が楽しくて仕方なかった。
けれど長くは続かない。
愛しても愛されぬことに彼は涙する。
月が綺麗な夜、彼は国道1号線を走りながら、小箱を開き、月光に煌めくダイアの指輪を見せた。
田沢の瞳は潤んでいて、月光で煌めき、艶やかであった。そして、悲しそうに瞼を閉じる。
彼は言葉を拒み、小箱の蓋を閉じて、胸ポケットにしまった。
車内にはエンジン音しかしない。
田沢は運転する彼の方向を見ようともせず、点々と設置された街灯を次から次へと見つめている。
田沢は右手で裾を掴む。
彼は悲しくなった。
目的地につき、田沢を降ろすと、最後に僕の名を呼んでくれた。
「谷崎さん、ごめんなさい」
最後の言葉が謝罪であった。
田沢の小さな歩幅で、砂利の軋む音を立てながら近づいて来る。
首に巻いた赤いマフラーを握り、優しく彼の首に巻く。
田沢は背が低かった。首に巻くために背伸びして、腕が彼の胸に擦れていた。
巻き終えるとそっと地面に足をつけ、後ろへ一ぽ下がる。
「見っともない」
そう言うと、田沢は足早に去っていく。
彼は名を呼ぼうとしたが勇気がなくて、言葉が喉に詰まって吐きだせなかった。
今の彼には田沢の思い出など然程ない。全てがあの日に収束されてゆくような気分で、愛しき人も忘れてゆく。
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