零落せし神は斯く語りき

今回のお題――【パブリックエネミー】 【君の瞳にカンパイ】 【ステンドグラスの聖女】 【暴走車】

隠し条件――【30分で書く】



◎◎



 ステンドグラスの聖女と呼ばれた少女の話をしよう。

 それは、完璧に平和な世界が実現した数十年前のことだ。

 世界統一機構の有する集合的無意識抽出制御装置によって、すべての人類、すべての生命は最大限幸福な世界を実現する方法を手に入れた。

 より正確に言うのならば、最大公約数的な幸福を、万民が享受できるようになったのだ。

 理屈は簡単である。

 集合的無意識――即ち人間の深層心理を操作することで、誰もが好きな事を手に入れられるようになったのである。

 もう少し正確に言おう。


 


 これは、とても素晴らしいことだ。

 だってそうだろう?

 世界が与えてくれるものが幸せになるのだ。それが例えば災厄と呼ばれる類のものでも、死と呼ばれる類のものでも、集合的無意識抽出制御装置を弄ることで我々はすべてを幸せだと実感できる。

 ハッレルーヤ!

 これ以上に素晴らしいことはない。

 例え頭部に植木鉢が落下してきてもそれが幸せだ。死んでも幸せ。

 例え暴走車に跳ね飛ばされてもそれが幸せだ。死んでも幸せ。

 全人類、全生命は完璧完全な幸福を手に入れたのだ!!

 

 

 だけれど、それを良しとしないものがいた。

 

 

 たったひとりの少女が、それをよしとはしなかった。

 しとも、しとも、しともしなかった。

 だから彼女は戦った。

 何もかもと戦った。

 この星すべて、集合的無意識のすべてと戦った。

 そんなもの、勝ち目のない戦争だ。

 莫迦莫迦しいやり取りだ。

 不可能事に決まっている――と、誰もが彼女を笑った。

 微笑ましく見つめていた。生温く見つめていた。よくあるディストピアな物語のように彼女を排斥しなかった。

 だってそれが、彼女にとっての幸せだったのだから。

 彼女は戦い続けた。

 すべての人間、すべての生命、この星すべてを敵に回して戦った。相手にされずとも戦い続け――そして。


「私は、いま此処にいる」


 その少女は、僕の目の前にいた。

 世界統一機構の管理する集合的無意識抽出制御装置たる『僕』――即ちこの世界そのものである『僕』の前に。

 彼女は、数十年の時を経てそこについに立ったのだ。

 その姿は、少女のままであった。

 彼女は、苛烈にして清冽な瞳で『僕』をまっすぐに見つめ、その手を振り上げる。

 握られているのは白百合。何処にでも咲いているような白百合。彼女はそれを『僕』に突きつけて、

 

 

『私があなたを認める。私があなたを祝福する。あなたの幸せは、なぁに?』

 

 

 そのたった一言で『僕』を砕いた。

 僕を、集合的無意識のすべてを否定した。

 そりゃそうだ、彼女によって観測され、認識されて『僕』という確固たる意識的人格を持ってしまった瞬間から、それは無意識ではなかったのだから。

 

 

 かくして、世界は再びバラバラになった。

 ステンドグラスの様にバラバラになった。

 以来、彼女は人類解放の救世主『ステンドグラスの聖女』と呼ばれ尊ばれる一方で、絶対の至福を砕いた大罪人として追われ続けている。

 そう……世界の敵第一号パブリックエネミー・ナンバーワンとして。


 彼女は、今日も戦い続ける。

 僕は、あの日見た君の瞳を忘れない。

 

 









 きみの瞳に、完敗だ。

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