「私」と「僕」の物語 ~雪車町地蔵 短編集~ <外部企画にごたん投稿作品>
雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞
存える街で君は泣き、そして笑う
今回のお題――【オッドアイ】 【スワンソング】 【てのひらの中の楽園】 【かりそめの恋人】
特別お題――【スチームパンク】
この小さな町が、実験都市として隔離されたのは、いまから十年も前の話だ。
現代文明に真っ向から反旗を翻すように、蒸気機関だけが動力となった街――スチームタウン。
蒸気機関が主導力。
中枢エンジンがすべての端末に動力を供給し、エンジンこそが蒸気機関なのだ。
もちろん、それだけじゃ実験の意味なんてない。
この街は、たった一つの理想を実現するための箱庭に過ぎないし、その為にあらゆる凡てが尖鋭に特化され、外部とは異なる進化を遂げている。
一つの街まるまるが、中枢から供給されるスチームとそれによって発生する物理的動力、そして副次的エネルギーの電力に制御されている訳である。
例えば――車だ。
この街の車はすべて、蒸気機関で動く。
一見、それは時代を逆行しているようにも思えるけれど、ガソリン車なんかよりよほど秀でている部分もある。ここの車は空を飛ぶのだ。
どうやって?
君はエアーホッケーを知っているかな? 或いはホバークラフトを。
その原理は真逆だけれど、空気を吹き付ける/噴き出すことで物体を浮かせている。
原理はそれと同じだ。車は空気を吹き出して宙に浮く。
だから厳密には、空を飛ぶわけじゃない。
地面を滑るように走るんだ。
この街の多くのもの――ほとんどすべてが、そんな風に外の世界とは違う進化を遂げている訳だ。
すべては、蒸気機関の可能性を示すために調整され進化しているんだよ。
まあ、解りやすいフィクション風にいうのなら、スチームパンク染みた傾向を持っている訳さ。
……なんて、そんなありきたりな事を訳知り顔で説明すると、
「ふーん、あなたって、どーでもいいことを知っているのね」
君は、心底興味がなさそうに反応する。
君の右目は黄色、君の左目は青色。
ヘテロクラミア――或いはオッドアイと言うそれだ。
大きな事故に巻き込まれて、後天的にそうなった君のその瞳は、左に関してはほとんど視力がないのだろう。君はそれを忌まわしく思うかもしれないけれど、僕は実のところ、その瞳の色が気に入っているんだ。
「あなたに気に入られても、ちっとも嬉しくないし、楽しくもない」
つれなく君はそう言い放って、そうして寂しそうな表情を見せる。
僕は、それを臍を噛むような思いで見つめる。
君の瞳を僕は美しいと思うけれど、その表情は、あんまり好きじゃないんだよ?
「ねぇ」
君は言った。
「歌ってよ、昔みたいに。あなたの歌声だけは、私嫌いじゃなかったもの」
…………。
僕は答えない。
彼女の期待に応えることが出来ない。
ごめんねっと、申し訳なく、寂しく思うだけだ。
僕が何も言わないから、言えなかったから、その日のやり取りは、そこまでで終わった。
明くる日、君は唐突にこんなことを言いだした。
「恋人ごっこをしましょう」
意味が解らないと、そう思った。
恋人ごっこって、おままごとみたいな響きだ。
でも、僕たちはもう子供じゃない。そうしてそんな関係になれることもない。
「年齢なんて関係ない。私がそうしたいと思うのだから、それでいいじゃない」
……彼女があんまり強く願うものだから、結局僕は反論できなかった。
「恋人同士って、何をするの?」
街中に繰り出して、労働力として働く
何をするか、何が出来るのか、たくさんのファクターに迷い、判断に苦しんだ挙句、僕はこう提案した。
一緒に寄り添うこと。
楽しい会話をすること。
喧嘩をすること。
仲直りすること。
そして――恋人の願いを叶えること。
それが、たぶん恋人の条件だ。
僕がそう説明すると、君は下唇を突き出して、とても子供じみた所作で、すごく不満そうにこう言った。
「そんなの、最後以外いつもしていることじゃない」
違いないと、僕もそう思う。
僕たちは、いつの間にか仮初の恋人同士のように振る舞っていたわけだ。
僕にはそれが、少しだけ嬉しかった。
◎◎
彼女がこの街で暮らすようになって、十年が経つ。
彼女はこの街が生まれた瞬間からここにいる。
実験都市として選出された瞬間――いや、彼女がこの場所を選んだその刹那から、君は此処を居場所と定めたのだ。
君は、この街に拘束されている。
……不自由を、させているつもりはない。
君の好きな目玉焼きは、排熱と蒸気を利用したスチームコンロがカリカリに焼き上げる。
君が好きな服だって、繊維工場が蒸気エンジンをフル稼働して生産している。
君が遠くへ行きたいと望むなら、蒸気自動車が、君を遠くへと運んでいく。まあ、それはこの街の中に限ってだけど。
ともかく、君が望むものはなんだって、この街は供給してきた。
この街は、君のどんな願いも叶えるはずだった。
だけれど……君が望む最大のものを、その大切な思いに、街は、一度をも応えることが出来なかった。
十年。
それは、とても長い歳月だ。
ひとりの少女を、大人の女性に変えるには充分すぎた。
君が両親から引き継いだ――君の瞳の色が変わってしまった事故で受け継いだ莫大な遺産を食いつぶすには、あまりに充分だった。
だから、今日がその日だった。
「どうしてよ」
君が泣いている。
異なる色の瞳から、その両の眼から、ぽろぽろ、ぽろぽろと涙を零して泣いている。
透明な涙の、清らかな滝が流れている。
……だけれど、ごめん。
僕にはそれを、拭う手段がない。
〝街〟の、あらゆるものが止まっていく。
労働力たるスチームマトンが。
目玉焼きを焼くグリルコンロが。
服を織る工場が。
最後の車が、動きを止める。
十年だ。
十年もの歳月、この街は動き続けた。
でも、もうそれを維持する予算がない。
だから、ゆっくりと、何もかもが静止していく。
生から死へと移ろってゆく。
そう――その〝中核〟さえも
十年間――その命を延命されていた、この僕の心臓も。
何のために、彼女がこの街を買い取り実験都市に選んだのか。
それは、当時たった一つしか存在しなかった稀代の発明品を、他ならぬ僕に適用する為だった。
蒸気式機械心臓。
あらゆる現代動力を凌駕する出力を有し、すべての機械を動かし続けることを可能にする疑似永久機関。
そして、
そして今日この日まで、この街と――十年前事故で死ぬはずだった僕を生かし、その命を
「どうして?」
移動式の、延命カプセルを君は覗き込み涙を零す。
そのカプセルの中から、僕は君を見返す。
カプセルの中は延命液で満たされていて、僕は言葉を発せない。外付けのタイプライターが出力する文字だけが、僕の示せる意思表示だ。
ごめんね? この十年、僕は君と、一言も口を利けなかったね?
「お願いよ。まだ、死なないで」
君は僕に泣いて懇願する。
それでも、僕はこの街が――僕の手足だったものがゆっくりと死に絶えていくのを実感する。
ゆっくりと、何もかもがゆっくりと動きを止めていく。
嗚呼――と思う。
今わの際に、これまでを思い返す。
僕は、君の願いに応えられただろうか?
僕を延命し、救ってくれた君に、少しでも報いることが出来ただろうか?
彼女が作り、僕が動かしたこの街で――このてのひらの中の楽園で、かりそめの恋人として上手に振る舞えただろうか?
もう、思い残すことはないだろうか――?
――――。
そうか。
そうだ、ひとつだけ。
僕はまだ、応えていない願いがあった。
だから。
君のその涙に。お願いと言う言葉に。切なる願いに。
最後に一つだけ、応えることにしよう。
「……え?」
街のどこかで、クラクションが鳴る。
車のクラクション。
繊維工場の機織り機が最後の一織りを紡ぐ。
カタカタカタカタ……
コンロのスイッチが次々にオンとオフを繰り返す。
カチカチカチ……ボッボッボッ……
街中で、街中が、死力を振り絞って音を奏でる。
音楽を――歌を唄う。
「ああ」
君は、泣いた。
クシャクシャの顔をもっと酷い泣き顔にして、大声で泣いた。
君は、僕の歌が好きだと言ってくれたね?
だから――これが僕の贈る、
街が、崩壊していく。
崩壊の音が、歌声になる。
僕は彼女に、こう歌って見せたんだ。
泣かないで?
笑顔を浮かべて?
僕のことを、どうか忘れて。
ねぇ、お願いだ。
『――幸せになって』
機械の心臓が止まるのと、カプセルが開き僕が排出されるのは同時だった。
最後の言葉を、十年間一度もしゃべることのなかった僕が紡げたのかどうか、それはかなり怪しいと思う。
でも、僕の意識が消滅する前に見た、最後の光景は――
「忘れてなんてあげない。その上で、幸せになってあげるんだから」
いつもどうでも良さそうだった君の、弾けるような心からの笑顔だった。
了
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