第5話
んんーっ、一応のところは片付いたかな。ならば気になることだし、リルミムの様子でも見に行こうか。
やたらと静かなんで、どこをどうやって掃除をしているのか悩んだが、階段を下りたところで壷とにらめっこをしていたのを発見した。
そっと手を伸ばそうとして、ひっこめ、見つめ……そんなことをずっと繰り返している。
「何をやっているのかな」
「あ、ルゥ様。えっと、……そのですね、掃除が怖いんです」
怖い? 掃除が襲ってくるのだろうか。
「よくわからないんだけどさ、実家では掃除をしたことなかったのか?」
「ありますけど、こんなに高級なものばかりの場所なんて、もし誤って傷とか付けてしまったら弁償とかできないですし……」
そういう怖いか。
「リルミムはこの家の人間なんだから、家具や調度品は自分の物同様だよ。だから弁償とかする必要ないよ」
「でも……。そうですね、例えばそこの壷はいくらくらいの品物でしょうか」
このちょっと派手な壷は、僕が買いに行かされたから覚えている。
美術的や、歴史的としての価値よりも、魔術的な価値の高い代物だ。
「確か五〇万ストネだったかな」
「……うちの両親の収入の二年分です」
むぅ、そう言われると確かに高価だ。触りたくないのも頷ける。
それにしても、共働きで得る金額としてはかなり低めではないだろうか。
ルゥの手紙を購入する金額っていくらだっけ。確か一〇万ストネはしていたと思うんだけど……。そうすると、相当思い切って購入したことになる。
話を聞く限り、とてもじゃないが手を出せる品物ではない。しかも必ず願いが叶うわけでもないのに、半ばギャンブル的なことは避けたほうがよさそうだが。
「リルミム。キミは一体どうやって手紙を購入したんだ?」
「学費、です」
「学費?」
「私が職業訓練校に入れるよう、両親が貯めていたお金を使わせていただきました」
リルミムと妹は、両親からとても大事にされていたのがよくわかる。
金が無いなら、稼ぎを増やせばいい。とはいってもそう簡単にはいかないんだけど。なら一番手っ取り早く稼ぎを増やすには、働ける人数を増やすことだ。職業訓練校に行けばそれなりの職に就けるようになるから、かなり生活は楽になるはず。
でもリルミムはそれを妹のために使った。
僕が親ならば、ちゃんと学校へ行かせて稼がせ、その金を治療に当てるよう説得するだろう。本人が納得するかは別として、親としては助かる。
だけどその長い間、苦しむ妹と向き合わないといけない。リルミムにとってそれは辛いことだと判断し、彼女の好きなように使わせてくれたのだろう。
「いいご両親を持ったね」
「はいっ、私の自慢です」
ちょっと物悲しそうだけど、嬉しそうでもある複雑な笑顔を僕に向ける。
そんな話をしていたら、玄関先で鐘の音がした。
「よし来たか」
「あの、今のは何の音でしょうか」
「今の鐘の音は、手紙が届いたということを教えてくれるものなんだよ。丁度よかった、取ってきてもらおうかな」
僕は玄関を開け、リルミムを郵便受けの場所に案内する。
「ほら、湖のほとりの……見えるかな?」
「見えますけど、どうやって行けばいいのでしょうか」
「昨日教えるって言ったよね。いい機会だから今覚えようか」
「はいっ」
リルミムがどの程度のパムを持っているか知らないが、この湖に限っては、一般人よりも少し多い程度の容量があればできる。そういう水で作られているんだ。
「じゃあまず対岸から足元までを、頭の中で繋げてみて。橋じゃなくって、線を引く感じで。それを人が通れる幅くらいに、二本思い浮かべるんだ」
「こ、こうですか?」
頭の中が覗けないから、どうだかわからない。
「その2本の線に、ブーツの紐を編むようにジグザグの線を作ってみて」
「これでいいですか?」
人の心を読む魔法とかあれば楽なんだけど。今度研究してみるか。
この魔法は、慣れないと具現化させるまで出来上がりがわからないんだ。自分のイメージを、どの程度具現させられるかが重要で、パム容量はさして関係ない。
「それを足元から平らな板に変化するイメージをして、水面に手をかざしてごらん」
「んん~~~っ。えいっ」
リルミムが手をかざした瞬間、足元から一気に水が結合していく。
「うまいうまい。初めてなのに、けっこう綺麗にできたね」
「すごい、すごいです! 私、魔法が使えました!」
はしゃいでいる姿が、とてもかわいい。女性というよりも、少女という感じがしっかり出ていて、そそる。
「じゃあいっておいで。あ、絶対に落ちないようにしてね。この水は泳げないから」
「はぁーいっ」
楽しそうに橋を渡っているが、本当にわかっているのだろうか。
僕は一度だけ、落ちたことがある。浮力が通常の水よりも少ないせいで、じわじわと底へ沈む感覚……。ああ恐ろしい。
暫くは見ていてやらないと駄目かな。
そんな僕の心配とは裏腹に、リルミムは危なげなく戻ってきた。はしゃいでいる割にはしっかりしている子だ。
さてと、慌しい時間も過ぎ、やっと本業に入れる。
ルゥの仕事。それは他人の願いを叶えるという、神に逆らうようなものだ。
一般人がおいそれと支払うことのできない額の専用手紙を購入し、それを専用のポストに投入すると、この屋敷へ届く。
しかし高価だからといって、全ての願いが叶うわけではない。なんでも叶えていたら、それこそ世界が滅んでしまう。
誰々を殺して欲しい、とか、彼々を不幸にしてくれなんていう、個人的な恨みなんてものには基本的に手を貸したりしない。んなもん自分でなんとかしろよ。なんとかされても困るが。
叶えるのは世の中に影響が無いような願いで、且つ自分の魔力でなんとかなりそうなものが選ばれる。いくら前世が悪魔かもしれぬルゥでも、そこだけは何故か人間として公平な判断を下している。
自分の魔力とはいってもルゥほどの魔力を有している人間なんていないから、あれにできないことは他の誰にもできないだろう。
僕も一応は王宮魔術師になれるくらいの魔力は持っている。だけどこの仕事は力不足だとは思うんだけど、任された以上やらなくてはいけない。というか、ルゥと離れられるのならば、どんな仕事でもやってみせよう。
というか、任せるってことは、案外僕にでもできる仕事が大半なんだろう。
そんなわけで、早速最初のお便りは──。
『ティナヌ村のルメチーを殺して下さい。俺の気持ちをわかってくれないどころか、他に好きな男を作って楽しそうにしているんです。できるだけむごたらしい死を与えて……』
うげぇ。一発目からこれとか、やる気がそがれる。
というか、ちゃんと注意書き読めよ。他人を脅かすような願いは受け付けないと書いてあるだろ。一通出すのにいくらかかると思っているんだ。完全に金の無駄だ。
気を取り直して次。
『首都ラインソンにいるディエン伯爵の所有している始まりのダイヤを奪……』
こいつら、金だけあって頭の中はからっぽなのだろうか。
なんのためにわざわざ注意書きが付属されていると思っているんだ。適当にも程があるぞ。この手紙も破棄だ。
世の中は理不尽だな。どうしてこんな連中が金を持っているのに、もっと幸せになるべき人間が貧乏なのだろうか。
三通、四通目を読んだけど、どれもこれもゴミみたいな願いばかりだ。頭おかしいんじゃないのか?
とは思ったものの、意外と出しただけで満足しているのかもしれない。叶うかどうかが問題なのではなく、何かを行ったという事実だけは残るから。
ある意味呪いをかけるのと同じ扱いなのかもしれないな。それにしては費用が馬鹿にならないのだが、それで本人が満足すればいいか。
そう考えれば気が楽だ。適当にささっと読んでしまおう。
なんて思ったところに、まともなものが入ってくるんだよな。
『カルメキ村のシュミンと申します。二年前に行方不明となった父を探していただけないでしょうか。父の名はラエンで、農夫です。
丁度二年前、収穫を終えた野菜を市に卸しに行ったきり、音信不通になりました。
何故これだけの期間かかったのかは、手紙を購入するお金を──』
さて、こいつは困ったぞ。
人探しはとにかく面倒だ。まず対象が住んでいた村の特徴を知り、そこの出身者がいる場所を調べる。
そして該当者を見つけるのだが、まず規模が世界中になってしまう。
一人一人に要する魔力なんて微々たるものだが、塵も積もれば山となるというじゃないか。僕のパムでは一回に一つの街を調べるのが限界だ。
そして仮に見つかったとして、報酬があまりにも低いのがどうにもならない。
もし僕が本当のルゥだったのならば、この報酬でも引き受けていただろう。手紙代の利益だってほとんどこちらに入るのだから、別に損をするわけでもなく、むしろ代金が報酬でも構わないくらいだ。
だけどこんな報酬で仕事を請けたことがルゥに知られてみろ、朝起きたら僕の服が全て土の養分になっているだけじゃ済まされない。
だけどこの文章から察するに、まだ若そうだ。僕と大差無いくらいに。
……出世払いとか受けてもいいのかな。
無理だろうな。それがもし許されるのならば、リルミムだってここにいない。
だけど金が無さそうだからといって、これを蹴るのは人道的に嫌だ。
ああもう、全然考えがまとまらない。
これが僕一人でやらないといけないのだったら、今頃うなだれていただろう。だけどここには僕以外にもいる。相談ができるということは、とても心強いことだ。
そういう普通の行動を、暫くの間忘れてしまっていた。まさかルゥ相手に相談ができるはずがないからだ。
「リルミム、忙しい?」
「あ、ルゥ様。大丈夫ですよ」
「何をしていたのかな?」
「夕飯の準備です。今日はスープにしようと思って、下ごしらえをしていました」
「へえ、何のスープ?」
「キャベツと大根のスープです」
いいんだけどさ、肉らしいものが食いたいな。ハムじゃないやつ。
今度町へ行ったら、レシピの本でも買ってこよう。材料と一緒に。
「えっと、それで何かご用でしょうか」
「あ、ああ。ちょっと相談に乗ってもらえないかなーって」
「お仕事のですか?」
「うん、そうなんだ」
「……申し訳ありませんが、私では力になれません」
僕の期待は、早くも打ち砕かれた。
「どうしてかな? ちょっと話をするだけでいいんだけど」
「本当にごめんなさい。妻だというのに、全然力になれなくて……。でも、怖いんです。私の一言で、その人の運命が変わってしまうと思うと……」
僕は気軽に考えすぎていたようだ。人の願いを叶えるということを。
リルミムは自分が願いによって、運命を動かされてここにいるんだ。僕よりもずっと、これが重大な意味を持っていることを知っている。
「そう、だよな。僕が無頓着だったよ。ごめん」
「いえ私の方こそ生意気なことを言ってしまって……」
リルミムは何も悪くない。
でも今の言葉を聞いて、僕も少し怖気ついた。一人で考えるのはきつい。
いかにして罪悪感を与えず、話を聞いてもらうか、だよな。
「じゃあさ、これから僕がするのは独り言だと思って聞いてよ」
「はい、それでよろしいのならば」
ごめん、わがままを言って。
「二年前に父親が失踪して、探して欲しいという依頼なんだよね。でも報酬額が少なくてどうしたものかなって。僕としては請けたいと思うんだけどさ、小額でやってしまうと、今後面倒なことになってしまいそうで」
「面倒というのは?」
「もしそれが周囲に知られてしまった場合、なんであそこだけ安く引き受けたのか、ということを言ってくる人が出るだろ。それだと公平ではなくなりそうでさ」
「ならば、ルゥ様がやったとわからないように伝えてみたらいかがでしょうか」
むぅ、そいつは盲点だった。
確かにそれならば、先方も報酬を払わなくて済むから、願ったり叶ったりだろう。
手紙代は大目に見てくれるといいな。
「だけど、どうやってそれを行うかだよな」
こちらから手紙を出すというのでは、何か勘ぐられてしまう。脳に直接情報を送るような魔法があれば便利なんだけど。
直接会いに……、無理だな。ここへリルミムを一人残していくわけにはいかない。
屋敷の中は安全だが、外が危険だ。慣れていないリルミムが屋敷から出て、うっかり足を滑らせて湖に落ちたら、多分生きていられまい。
かといって連れていくのも問題ありだ。泊まりになるだろうから、その時に理性を保てる自信が無い。
「もし迷惑でないならば、私を使ってください」
それはいい案だ。仕事を溜め込まずに済むし、リルミムの危険も抑えられる。カルメキ村までの道中はほとんどが大通だから、賊に襲われる心配もない。
「こういうのはどうかな。リルミムが占い師として、この子に会って伝える、みたいな」
「それ、いいですっ。やります!」
乗り気になってくれた。さっきはあんなことを言っていても、他人がしあわせになれるというのならば、喜んでやってくれるようだ。
よし、そうとなれば早速サーチを始めるぞ。地図を広げ、周辺を調べよう。
カルメキ村といえば、かなり大規模な収穫祭をやる村だ。気候が安定していて、毎年豊作で潤っている。その印象を持つものをまず探す。
さっきは世界中と思っていたが、実際はそんなに離れた場所じゃないかもしれない。
それに市へ行ったというのだから、まずその町を調べるのが妥当だろう。
他には……、同じ市で商売していそうな村を調べる。
カルメキ村は豊かな村だが、いかんせん近隣に町が無い。近くて栄えている町といえば、ホクオの町かな。荷車を引いて行ったとして、距離から換算すると、片道三日くらいだ。
そして周囲の村落を調べる。おおよそ八つ程、この町で商売をしそうな村がある。
だけどもしこの中に無かったら、もっと拡大して探さなくてはいけない。
僕のパム容量から考えて、回復するまで七時間。一日に三カ所を調べるのが限度だろう。
でもこの中から探すだけならば、四日もかからない。
それに村の規模によって、魔力をそこまで消費しなくてもいい場所もあるだろう。意外と簡単に見つかったりしてな。
だが今更なのだが、この方法で探すのには、生きているのが前提なんだ。もし死んでいたとしたら、それこそ世界中を調べなくてはいけなくなる。全て探したうえでいなければ、生きていないということになるから。
ちょっと簡単に考えすぎていたな。無償でやるには厳しすぎる。
だけど泣き言は、やってからにしよう。よし、始めるぞ。
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