第3話

なんだろう、今ドアが開いた気がする。

 ルゥはいない。今この屋敷にいるのは、僕と……リルミムか。

 こんな夜遅くに一体なんの用だ。


 空気が動く。多分、こっちへ向かってきている。

 キシ、キシ。

 ベッドのバネが軋み、クッションの面が少し傾く。乗っかっているのか?


 どうしよう、暫く寝たふりをして様子を見たほうがいいかもしれない。

 腰の横辺りでいきなり、ぐっと力が加わり、逆の腰も沈む。またがっているのだろう。

 そして腹の辺りに少し重さがかかる。腰を降ろしたようだ。だけど完全に体重を乗せているわけではない。少し浮かせているのか。

 それから胸辺りにも加重が。少し震えているような感覚が伝わる。

 ふと、鼻腔をくすぐる匂いを感じた。石鹸や香水ではない、少女が持つ特有の匂い。


 薄く目を開け、現状を把握する。横に目を向けると、リルミムの横顔が。

 ええっと、つまり僕の上に四つん這いになって……えええええっ!


「おい、い、一体何を……!」

「ひゃぅっ」


 驚いて布団を剥ぐようにめくりあげると、リルミムもそれと共に引き剥がされた。

 現状を把握するため、枕元にあるスイッチを押す。それにより僕の魔力が部屋中で連鎖破裂を起こし、明かりを灯して部屋中を照らす。


 リルミムをよく見ると、薄い寝巻きを羽織っているだけの姿だった。

 寝巻きというよりも、大きめのシャツのようなワンピース。ちょっとだぶついているせいで、体型はあまりよくわからない。だけど大きめの首回りから中が見える。

 部屋がもっと明かるければ、いろんなものがよく見えていただろう。実にくやしい。


 ……くやしい!


「えっと、私、一応妻ですし、だけど何もできないですから、せめてこれくらいは……」


 これくらいって、この状況からして、どう考えてもアレだろ? その、夜の営みとかいうやつ。い、いいの? やっちゃって……いいの?

 健全な一八歳男子が、たったの布一枚で寝床にいる少女を見て何も感じないはずがない。現に今、僕の弾性は竜の首が如く変化している。

 よし、いくぞっ! 僕はここで子供を終えるんだ! 大人へと堕ちる一歩を!


 いやいや、ちょっと待て。彼女はあくまでもルゥの妻であって、僕の妻ではない。でも正体をばらしてはいけないし、だからといってもこの状況で手を出さないのもおかしな話だ。一体どうしろというんだ!


 自分の妻との初夜を棒に振るような旦那はロクなものではない。据え膳食わぬは男の恥。 だからといって、このまま欲望に任せては色々まずい。代理だからこちらも代わったという屁理屈で納得するようなルゥだったら、僕は今頃ここに居らず、どこかの王宮魔術師でもやっているはずだ。


 でも、だからといってさ、さっきの感覚を覚えているだろ? 女の子のやわらかさとか、体から出る興奮を促すような匂い。そしてふとももまで露になっているレアレッグ。これを触らなかったら、僕は一生血の涙を流し続けて後悔するだろう。

 そしてここへ来るのはかなり勇気が必要だっただろう。不安と恐怖を押し殺し、がんばってきたリルミムに対して何もしないのは申し訳ない。


 だけど……僕には……。


「ごめん、昨晩は忙しくて徹夜をしていたから、今日はとても疲れているんだ。できたらしっかりと寝させてもらえるとうれしい」


 あああしたいしたいやりたいやりたいおこないたい!

 なんで僕は断っているんだ! おかしいだろ、こんなの。


「すみません、私ばかりが勝手な思い込みでご迷惑をかけてしまい……でも、そうですよね。私みたいな貧しく汚い小娘など、ルゥ様が相手をしてくださるわけありませんよね」


「ちょっと待ってくれ、それは僕も怒るぞ。キミは自分をそう思っているかも知れないけれど、僕は違う。キミはかわいいし、とても良い子だ。正直この場でキミを抱けない自分がどれだけ悔しいか。それくらいの魅力があるんだよ……。だけど今日は本当に疲れているんだ。ごめん」

「いえ、私の方こそ、何も考えずに来てしまって……ごめんなさい」

「いいんだよ、リルミムは知らなかったんだから。意外と気を使う仕事だからね、精神的に疲れることが多いんだ」


「そうですよね。でも、とても立派だと思います。私の願いも叶えていただいて……」

「リルミムの想い、すごく心に響いたんだ。この子をしあわせにしてあげたいって」


 胸が痛い。いつまで僕はこの子に嘘をつき続けないといけないんだ。

 だけど僕がルゥだったら、間違いなくリルミムの願いは叶えていた。嘘ではあるが、結果は似たようなものだ。


「ありがとうございます。私はとても幸せになれました」

「そう言ってもらえると、僕も幸せだよ。じゃあリルミムもそろそろおやすみ」

「はい、おやすみなさいませ」

「うん、おやすみ……」


 ぱたんと静かにドアを閉め、リルミムが部屋を出た。


「畜生、畜生! あの悪魔めぇ!」


 あの野郎、きっと今頃この状況になると予測していて、ほくそ笑んでいるんだろうな! どうだ、お前の思い通りになったぞ、満足か!

 くそ、何もかもおさまらねぇ! 怒りも、悔しさも、あれもこれも!


 ────ふぅ、怒りとあれやこれをぶちまけたら、とりあえず気持ちを整理するくらいには落ち着けた。

 しかし明日からどうしたものか、現実的な問題を提起してみる。さっきの断り方は暫くは有効だろうからなるべく夜遅く、あるいは徹夜で仕事をして、体を追い込んだ状態で寝てしまうのが一番じゃないかな。

 ルゥがいつ帰るかわからないけど、それまで体はもつだろうか。

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