第14話 二度目の夜
部屋でウィルと夕食を摂ったあと、ウィルは仕事があるからと部屋を出ていった。
仕事があるのに今日一日ずっと私に付き合ってくれたとは、ちっとも知らなかった。あのまま部屋でおとなしくしていてもかまわなかったのに、どうして外に連れ出してくれたのだろう。
等々、いろいろ考えているうちにメイドさんが着替えの入った籠を持ってきた。ちらりと見るとやはり下着まで準備されていて、気恥ずかしい。
メイドさんは、探るように私を眺めてから退出していった。今朝、館を出るときに並んでいたうちの一人だろうか。顔ははっきり覚えていないけれど、好奇心丸出しなのはわかった。
ロビンソン様の婚約者を品定めに来たのだろう、と彼女が出て行った後の扉を眺めていて思い当った。
まあ、でも明日にはいなくなる客であって、気にする必要はないと思うのだけれど。
湯あみを済ませて部屋に戻り、テオの鞄からノートを取り出す。持ち歩きできる筆記用具があったはずと鞄を探したけれど出てこない。
以前鑑定して引き取った品のうちの一つで、密閉型のインク壺とペンがセットになっているものだ。旅行のときには便利だから、とよく出歩くテオに上げたんだけど、今回は持ってきていないみたい。
部屋の中を見回して、ライティングデスクの上に乗るペンとインク壺をベッドサイドに持ってきた。
テオのノートから一枚破りとり、今日あったことを簡潔に書き留めていく。
私が『テオとして』ウィルとやり取りした内容も思い出せるだけ書いていく。次にウィルとテオが顔を合わせた時、覚えてないじゃすまないものね。
それから、女性になったテオが『ウィルの婚約者』として扱われたことも。
……テオにとっては女装して女として扱われたのは覚えていたくない記憶かもしれないから、忘れてくれとウィルに伝えるのは手だとは思うのだけれど。
一通り書き終えてノートに挟み込んでから、ノートをどこに置こうか悩む。
鞄に入れていたらテオは気が付かないかもしれない。でも、部屋に入ってきた誰かに見られては困るから、ベッドサイドに置いておくわけにはいかない。
悩みぬいて、結局枕の下にノートを置くことにした。
これで気が付かずにメイドさんに読まれたりしたら最悪だけど、朝起きて鞄を確認すれば、ノートがないのに気が付いてくれるかな。
メイドさんがやってきて水差しを置いていく。先ほど着替えを持ってきた人とはべつのメイドさんだ。
そういえば、なんだかメイドさんの出入りが多い。先ほどは今日の夜は冷えるからと毛布を。その前は明日起こす時間の確認。さらにその前は明日の朝食メニューの希望を聞きに。紅茶を入れてくれたりデザートと称して果物を差し入れられたリ。
しかも、なぜか皆、不躾な視線を私に投げかけてくる。
もしかして、ウィルの婚約者を一目見たいがために用事を作って出入りしてるのかもしれない。
そういえば子爵閣下からの見舞いの品までいただいてしまった。どうやらウィルは子爵には『婚約者は体が弱くて臥せっている』という話をしたらしく、メイドさんが首をかしげていた。
そんな分かりやすい嘘をつくのはまずいと思うのだけれど。だって、この部屋に出入りしている少なくとも五人のメイドさんはわたしが元気なことも、部屋で夕食を普通に食べたことも知っている。
メイドさんからまわりまわって子爵閣下本人の耳に入ったらどうするつもりだろう。
というわけで、私は『ウィルの婚約者』の上に『持病持ちで元気そうに見えるが疲れやすく体が弱い』という属性までつけられてしまった。
いただいたお見舞いの品は子爵家で育てている新種の薔薇だった。もらってよかったのかなあ……。とりあえず、薔薇はメイドさんにお願いして花瓶に生けてもらった。
耳のピアスを確認して、ベッドに横になる。
このまま眠って明日になれば、テオが戻ってくる。
あまりお店を空けたままだとハンナさんが心配するに違いない。はやいとこ子爵閣下のお仕事を終わらせて帰らなきゃね。
◇◇◇◇
そっと扉を開くと、部屋の明かりは点いたままだった。メイドからは、書き物をするからと手元のランプを所望されたそうだが、そのまま眠ってしまったのだろう。
書き物用のランプを消してから、何かを書き付けた様子がない。ペンとインク壺はベッドサイドに移動させてあったから、使ったのは間違いない。
手紙でも書いたのか、と思ったが、メイドからは何も手配を頼まれてはいないと言っていた。もしかすると日記でも書いているのかもしれない。
「ティナ」
一応声をかけてはみるが、応答はない。ベッドに横になった彼女は上掛けをはねのけたまま眠りについている。
「風邪をひくぞ」
上掛けを肩まで引き上げる。髪の毛をそっと梳ると、耳に光るピアスに気が付いた。
またつけたまま眠ってしまったようだ。
起こさないようにそっとピアスを外し、昨夜のようにポケットチーフの上に置く。
女体化の薬は一日で切れると聞いている。明日になれば、テオ殿が戻ってくるのだろう。
それが少しだけ残念だ。
女体化したテオはどことなくアリスに似ていた。髪の毛の色が違う程度だ。だが、なぜか瞳の色はアリスの色だった。
婚約者、ということで女性的なしぐさや口調をするように気を付けていたようだが、それがまたアリスによく似ている。やはり姉をよく見ているのだ、と思う。
柔らかな髪の感触を楽しみつつ頭を撫でると、すり寄るように寝返りを打つ。
その時、枕の下に何かが見えた。
「なんだ?」
起こさぬようにそっと抜き取ったのは、テオの手帳のようだった。
いつも持ち歩いているのだろう。店に伺ったときも、何かを書き付けていたのを覚えている。
少しのいたずら心で開いた手帳には、これまでの取引先や依頼内容などが書かれている。患者の情報を盗み見るわけにはいかない、と閉じようとした時だった。
一枚の紙が手帳から毛布の上に零れ落ちた。
拾い上げた紙に書かれた筆跡は、先ほどちらりとみた手帳に書かれたものとはまるで違っていた。
「何……?」
見るべきではない、と思ったものの、一行目に書かれていた言葉に目を見開いた。
『テオへ。目が覚めたら驚くと思うから、いろいろ書き付けておくね』
テオへの手紙。
となると、これを書いた人物はテオではない、ということになる。
これを書いたのが、目の前に眠るティナであるかどうかはわからない。だが、もしそうなのだとしたら。
「……何者なのだ」
私信を読むのはよろしくないとは思いつつ、書かれている内容を読み進める。
どうやら今日あった出来事や会話の内容などを書き留めたものらしい。それが何を意味するのか、分からない。それをテオに申し送りする理由も思いつかない。
「何なのだ、これは」
少なくとも、目の前にいる女性はテオではないことだけは確定した。
そして、最後の一行を読んで、ウィリアムは眉根を寄せた。
そこには『お姉ちゃんより』と書かれていたのだった。
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