第12話 アイス・ボム
今日は久しぶりにアイス・ボムを買ってみた。
お洒落な紙箱に入ったアイス・ボム。指輪ケースのような紙箱の蓋をパカリと開けると、中には真珠のような白い玉が入っている。その白い玉がアイス・ボムだ。
アイスキャンディーの1種なので、スーパーで買い物した時はドライアイスも一緒に貰うし、自宅に帰れば冷蔵庫の冷凍室に入れる。
価格は500円。ワンコイン・デザートとして爆発的な売行きを見せ、今も女性客の間では根強い人気を誇る、“超”が付く長寿商品だ。
女性客に人気な理由は、そのダイエット効果のため。
でも、医学的なダイエット効果は無いそうだ。そう、バラエティー番組で解説していた。
どのような材料で白い玉が出来ているのか、どうやってアイス・ボムを製造するのかは、理科の苦手な私には未だにサッパリ理解できない。
でも、要は、アイス・ボムを飲み込むと、白い玉の中に圧縮されていた空気が胃の中で吹き出るらしい。その圧縮空気が胃を膨らませ、満腹感を誘うので、食べる量を少なくできる。
言われてみれば、単純な仕組みだ。その圧縮空気にしても、仄かにミント風味とかの香りが付いているので、アイス・ボムを食べた後は、吐く息がスッキリする。
その圧縮空気が胃の中で発散する際、アイス・ボムの溶け方にも依るみたいだけれど、胃の中でジェット・バスのような噴流の勢いを感じることができたり、炭酸風呂のように気泡が胃の粘膜をくすぐる感じを味わえたり、これが結構おもしろいのだ。
アイス・ボムを口の中に放り込んでから飲み込むまでの時間。冷たく冷えたアイス・ボムの表面は、バニラ味やキャラメル味にコーティングされていて、まさにアイスクリームをしゃぶっているような一時だ。
テレビCMの解説によると、その甘美な味が薄くなってきたなと自覚できたら、ゴクンと飲み込む。それで丁度良いんだそうだ。
でも、それより早めに飲み込んだり、ギリギリまで飲み込むのを待つと、胃の中で圧縮空気が解放される条件が変わるらしく、圧縮空気の触感も変化する。女の子たちは、試行錯誤を重ねて、自分の好きなタイミングを探ったものだ。
それと、女の子に人気の出た理由がもう1つ有る。
このアイス・ボムの白い玉は食物繊維を大量に含んでいるらしく、お通じが良くなる。
胃と小腸をつなぐ幽門が開くまでゲップを我慢すると、流れ込んだ圧縮空気が小腸を膨らませるので、整腸作用が高まるそうだ。
私は、この話をバラエティー番組で聞いてから、理科は苦手なままだったけど、“幽門”と“小腸”という言葉だけは覚えちゃった。便秘に1週間悩んでいる状態でも、アイス・ボムを2つ食べると、翌日には快便が約束されていた。経験上の話であって、お菓子メーカーは決して保障しなかったけれど。
でも、このアイス・ボム。男の子には人気が出なかったと思う。
自分は消費者の1人に過ぎないし、調査したこともないけれど、少なくとも自分の周りの男の子は食指を伸ばさなかった。
だって、どうせ500円を使うなら、ラーメンや牛丼を食べた方が遥かにマシだから。でも、この選択がダイエットを左右するのよねえ。
だから、デートで食事に行った時なんか、コース料理の最後に出てくるデザートは、アっと言う間に、アイス・ボムになっちゃった。
だって、お財布の痛む男の子にとって、前菜や本菜の量が少な目でも、女の子を空腹にさせなくて済んじゃう。つまり、お財布に優しいわけよね? 女の子にとっても、中身までビッシリ詰ったアイスクリームを食べるよりは、翌日からの体重管理が楽だもの。
個人的にビックリしたのは、大食い競争の出場者が、自分の胃袋を大きくするために、1度に5つ以上ものアイス・ボムを口の中に放り込むのを見た時。アイス・ボムの使い方にも色々あるのね、と感心しちゃった。真似をしようとは思わないけど。
ところで、このアイス・ボム。日本だけじゃなくて、海外にも輸出されているらしい。
東南アジアみたいに暑い国の女の子は、アイス・ボムに飛びついているらしい。冷たいものを楽しむ事とダイエットを両立できるのだから、当然だと思う。恋する乙女の悩み事は万国共通って事ね。
それに、お薬としても使われているらしい。
胃潰瘍なんかの患者がアイス・ボムを飲み込むと、そのアイス・ボムの圧縮空気に混ぜていた薬が胃の内面に散布されるという仕組みらしいわ。お菓子メーカーが医療分野に進出できたと、社長さんが記者会見で誇らしげに話すニュースを見たことがある。
そんな良い事ずくめのアイス・ボムだけど、私自身はしばらく食べていない。
だって、私も70歳を過ぎたおばあちゃんよ。毎日の持病の薬を飲むだけでも苦労しているのに、このアイス・ボムときたら、小指の1関節くらいの大きさだから。真珠を飲み込めって言われても、年寄りには無理な話だわ。
それに最近は、身体のあちこちにガタが来ていて、本当に嫌になる。
アイス・ボムを食べ過ぎた女性には多い症状らしいんだけど、私も骨粗鬆症だと診断されている。ダイエットをし過ぎたかしら? と反省はしているが、若い頃はダイエットが最も重要な事だから仕方ない。
でも、老人ホームを訪ねてきてくれた昔の知り合いと話をしていたら、無性にアイス・ボムが食べたくなっちゃった。
だから、ヘルパーさんに頼んで、1つ買ってきてもらったの。青春のスウィーツを。
隣でヘルパーさんが心配そうに見ている前で、私は、そうっとアイス・ボムを頬張ってみる。冷たい! ああ、懐かしい味!
でも、直ぐに飲み込むことに意識が行ってしまって、ゆっくりと味わえない。残念だわあ。
やった事はないけれど、バンジージャンプで飛び降りるような心境で、アイス・ボムを飲み込んでみる。
ゴクリ。
アイス・ボムが喉に入っているわ!
もう一度、喉仏を上下させ、更に飲み込んでみる。アイス・ボムが少し動く。
ちょっと息苦しくなった。
ヘルパーさんが慌ただしく動き始める。背中をバンバンと叩かれて痛い。でも、アイス・ボムは止まったままだ。
鬼の形相でヘルパーさんが「誰か! 掃除機、持ってきて!」と大声を上げる。
その時だ!
アイス・ボムが弾けた。
咳が止まらない時に咥える吸引機から白い空気が洩れるような感じで、私はアイス・ボムの白い圧縮空気をモワリと吐き出した。我ながら、魂が漏れ出てきたか、と一瞬驚いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます