第11話 盗賊のセオリー

 ここは南国の小島。

 夜空に星が燦然と輝いており、南十字星がくっきりと見える。灯りは小島のあちらこちらにポツリポツリ見えるだけ。高級リゾートホテルのコテージの周りだけに、照度を抑えた照明設備が設置されている。

 文明の喧騒から逃れた金持ちだけが、夜のしじまを楽しんでいる。

 聞こえてくるのは、プライベト・ビーチの砂浜に柔らかく打ち寄せる波の音だけ。姿を認める物も、南国植物の黒いシルエットと、波間の白い泡立ちのみである。

 漆黒の海と、蒼の混じった黒い夜空の境界線。その海面がムワリと盛り上がると、小型潜航艇が姿を現した。小型潜航艇には黒のダイバースーツに身を固めた男達が5人しがみついている。肩には、小銃タイプの銛を袈裟がけに下げていた。

 その男達は小型潜航艇から離れると、流線型をした収納ケースを曳きながら、浜辺に向かって泳ぎ始めた。

 そして、砂浜に立ち上がると、その収納ケースを引き摺って木陰の一画に上陸した。

 男達の1人が収納ケースから機器を取り出すと、小さなパラボラアンテナを天空に向けて設置し、チューナーを接続した。防水紙に包んであったパソコンを取り出して、セットアップする。

「ボス。インターネット回線をつなぎました」

 別の1人が収納ケースからサブマシンガンを取り出すと、残った3人に配って回った。

 ボスと呼ばれた男が無言で、まずは手近のコテージを指差す。5人は波の音に打ち消される程度にバシャバシャと足音を立て、近付いて行った。

 コテージの窓辺に辿り着くと、腰を屈め、部屋の中の様子を伺う。

 ボスが、2人に配置場所を無言で指差すと、音も無く裏手に散って行った。

 ボスともう1人の男は、コテージの扉をゆっくりと開けると、中に忍び込んだ。

 宿泊客の男がベッドの上で本を読み、女が化粧台に向かって鼻歌交じりに髪を梳かしている。

 ボスは自分を指差した後でベッドの男を指差し、次に残る1人を指差した後で女を指差した。覆面の男がボスの指示に無言で頷く。

 2人は、目線を合わせた刹那、部屋の中に乱入した。直ぐに宿泊客2人の口を布で押さえつける。2人は、手にしたアーミーナイフを宿泊客の喉に押し付け、「静かにしろ」と低い声で脅した。宿泊客の2人が何度も頷く。

 ボスが、ヒュイっと小さな口笛を吹くと、外で控えていた最後の5人目がパソコンを小脇に抱えて入ってきた。

「バーチャル・マネーの口座画面を呼び出して、IDと暗証番号を入力しろ」

 顔面蒼白になった宿泊客の男が言われた通りにした。

 プライベート画面が現れたところで、5人目はパソコンを引っ手繰ると、匿名口座にバーチャル・マネーの送金指示を入力した。

 この間、裏手に回った2人も部屋に侵入し、4人で宿泊客に猿轡を噛ませ、粘着テープで宿泊客をグルグル巻きにした。

 5人は、同じ行動を他のコテージでも再現した。

 宿泊客が抵抗すると、その太腿をアーミーナイフでブスリと刺した。刺された宿泊客は、布を押しこまれた口の奥で誰にも聞こえない悲鳴を上げ、涙を流した。夫婦と思われる宿泊客の場合は女の太腿を、金で手配した女との逢引と思われる場合は男自身の太腿を刺した。

 銃を使うことはしなかった。欲しい物は、命ではなく、金だ。

 銃声が轟けば、ホテルの従業員を招きかねない。ナイフで強奪する限りは、コテージから外に騒ぎが洩れることはなかった。リゾートホテルなのだから。

 こうして、5人は、家族連れで宿泊していたコテージを除いた全てのコテージで強盗を働くと、海に戻って行った。

 事件が発覚したのは翌日の朝。従業員がコテージに朝食を運びに行った時であった。


 隠れ家に戻った5人は歓声を上げた。ビールをラッパ飲みに何本も空け、全員が頗る陽気になった。

 1人の男がボスを褒め称え、次なる計画を教えてくれとせがむ。

「ボス。次はどのリゾートホテルを襲うんですかい?」

「リゾートホテルは、今回が最初で最後だ」

「それは一体、何故?」

「これまでリゾートホテルは海からの襲撃に無防備だった。

 でも、これからは違う。世界中のリゾートホテルで海からの襲撃に備えるはずだ。そうしなけりゃ、二度と金持ちが泊まりに来なくなるからな」

 別の男が質問する。

「それじゃあ、クルーズ船はどうですか?金持ちが多そうですぜ」

「馬鹿! クルーズ船っていうのは、庶民の乗り物だ。外見は華々しいがな。

 大量に食糧を調達して安く仕上げ、安いツアー料金で大量の客を掻き集める。ツアー観光も寄港地に押し付ける。これがクルーズ船のビジネスモデルであって、金持ちなんて乗っちゃいないんだよ」

「でも、乗船客が多いんだから、1人ひとりは小額でも、バーチャル・マネーを掻き集めれば、結構な金額になるんじゃ?」

「バーチャル・マネーっていうのは金持ちが使うんだよ。脱税やら悪事のために、国家という後ろ盾のない通貨を、わざと使うわけだ。

 一般庶民がバーチャル・マネーを使ってどうする? 普通の銀行に預けていた方が、イザっていう時に国家の救済も受けられるし、好都合だろ?

 ところが、普通の銀行のネット口座なら、外国の領海からはアクセスできないぜ」

「じゃあ、金持ちっていうのは船で旅行を楽しまないんで? やっぱりスピード重視で飛行機ですか?」

「金持ちは、自分でクルーズ船を持っているのさ」

「じゃあ、その金持ちのクルーズ船が次のターゲットですか?」

「馬鹿野郎! それこそ、飛んで火に入る夏の虫だ。そういうクルーズ船には用心棒がわんさと乗り込んでいるよ」

 返り討ちに遭った2人だけでなく、残る2人も「じゃあ、どうするんですか?」とボスをせっつく。

「こんな間抜け面した奴らを相手に講釈を垂れても、仕方無いんだけどな」と思いながらも、ボスは講釈を始めた。展望を示して置かないと、こんな奴らは反乱を起こしかねない。

「まず、第1の原則として、ターゲットは金持ちだ。

 なんせ1%の金持ちが99%の資産を持っているんだ。強盗する際に効率的だからな。良いな?」

 ボスが4人の顔を見渡す。皆が頷く。

「第2の原則。二番煎じはしない。

 相手が強盗対策を講じるからだ。難易度が上がる。だから、もう、リゾートホテルは襲わない」

 4人が頷く。

「第3の原則。金持ちが少数でいる状況を狙う。

 これは襲撃時の反撃が少ないので、相対的には安全だ。良いな?」

 またもや4人が頷く。痺れを切らした男が「第4の原則は?」とボスに尋ねる。

「第4の原則は無い」

 全員が痺れを切らし、異口同音に「それじゃ、次のターゲットは?」と尋ねる。4人にとっては、最初から、それだけを聞ければ十分なのである。

 ボスは「今回の強盗で元手が入った事だしな」と舌舐めずりした。

「宇宙旅行から帰還する金持ちを狙うつもりだ」

「宇宙旅行?」

「そう、宇宙旅行。宇宙ステーションからロケットで降りてくる金持ちだ。

 ロケットの内部には護衛もいないし、金持ちは無重力に慣れてしまって動きが遅い。反撃は殆ど無いだろう。

 しかも、ロケットの落下地点は予告される。飛行機と衝突しちゃマズイからな。

 その上、旅行会社の回収員は落下地点に直ぐには遣ってこない。回収員自身の安全のためだ。落下地点から離れた場所で待機しているのさ。

 この間隙を縫って、落下してきたロケットを襲えば、濡れ手に泡だ。ロケット内部にインターネット環境も整備されているしな」

 ボスは得意げに「どうだ?」と言った。4人は、大きな歓声を上げ、踊り始めた。

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