エトワールは逃げられない(追補版)
エトワールは逃げられない
第1話:ミオ・テゾーロ、と彼は言った
よぉ。久しぶりだな、ミオ・テゾーロ――と、彼は言った。
路地裏から逃げ込んだ先は廃墟となった建物だった。得策ではない、と分かってはいた。が、人目に付く場所を逃げるよりは、こちらの方がマシな結末になることが多い。経験則だった。
もっとも、経験則でいくらかマシとはいえ、結末そのものは何も変わらない。
ここまで来れば、訪れる未来はいつも一緒だった。
間もなく、今回が終わる。
まだ完全に日は落ちておらず、冷たい壁を隔てた向こうからは街の人々の喧騒が遥か遠く聞こえる。けれども薄暗い建物の中にこだまするのは、ただ反響する自分の靴音だけだ。どんなに抑えようと努めても否応なしに響き渡る固い音色は、間違いなく彼まで聞こえているに違いなかった。
さほど広くも高くもない建物、幾つかの階段を登り切ると、辿り着いたのは終着地だ。
どこにも道はない。
逃げられない。
行き止まりに観念して振り向けば、そこには至極愉悦の表情を浮かべた『彼』が立っていた。こちらは必死に走り続け今にも倒れ込みそうだというのに、相手には息切れ一つない。
「久しぶりだなァ、『魔女』よ。何十年ぶり、か?」
何十年ぶり、という言葉を吐きながら、どう見てもあどけない二十代にしか見えぬ彼は、しかし凶悪にぎらついた目を光らせてにたりと笑う。
「……覚えているのか」
「覚えてるともさ。俺もあんたも変わらねぇなぁ。笑えるほどにね」
まるで玩具のように銃を弄んでいた彼は、器用にくるりとそれを回して軽く口付けた。
「会いたかったぜ、俺の獲物。
女を手に掛ける趣味はねぇが、生憎とボスの命令なもんでねぇ」
けははは、といういつの時代も変わらぬ特徴的な笑い声を立て、彼は銃口を私に向ける。
「この星の元に生まれたてめぇを恨めよ、ベッラ」
まるでじゃれているような素振りで、彼は引き金を引き。
耳に煩い破裂音と彼の笑みの記憶を最後に、私は意識を手放した。
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