18 チップシステムの裏側 前編
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ミオの回復までにはまだ数日かかるとのことだったので、哲也は航路の作戦に同行することを許されなかった。代わりに空いた時間を利用して基礎的な訓練を受けることになった。
訓練はアジトから少し離れた山の中を利用して行われていた。二十人ほどの訓練生が数人の教官の元、急な斜面を上り下りしたり、流れの速い川の中を突っ切ったりといった訓練メニューをこなしていた。訓練生の大半は哲也より年下であるように見えた。
ここでの訓練は体力面の強化や格闘術が主で、射撃などについてはまた別の場所で行われている。もちろん哲也はその両方を受けることになる。
教官の号令が響いた。
「ようし、五分休憩」
「ふわあ、なんとかついていけた」
号令と同時に哲也は地面に倒れ込んだ。体の筋肉すべてがへろへろになっていた。彼がまわりを見回すとほかの訓練生は思い思いの姿勢で互いに談笑などしている。その余裕っぷりに哲也は驚嘆のまなざしを向けていた。
「意外ね。てっきり途中でへたばるかと思ってたわ」
訓練担当の女性教官が哲也のそばへやってきて言った。二十代前半ぐらいに見えるが、迷彩服をこれほどまでに着こなす二十代女性も珍しいのではないか。
「自分でも奇跡だと思ってますよ。それにしてもほかの子はすごいなあ。俺よりずっと年下の子もいるのに全然平気みたいじゃないですか」
「あの子たちはこういった訓練をもう何十何百回と受けてきているからね。今日は初参加のあなたがいるからちょっとレベルを下げているの。あの子たちにはこれくらいどうってことはないはずよ」
「ひええ、これでレベルを下げているんですか。参ったな」
「参ったと言いながら実はまだまだいけるみたいね。じゃあ次の項目からは少しレベルアップしていきましょうか。休憩終了だ。全員集合」
「ちょっと、絶対にそれは違いますって。待ってくださいって!」
哲也は慌てて教官の後ろ姿を追いかけた。
基礎訓練の初日が終了した。哲也は草地に大の字になって横たわっていた。吹き抜ける風の心地よさを感じる余裕もなかった。体のあらゆる関節が悲鳴をあげ、すべての筋肉が激痛に襲われていた。わずかに腕を上げる体力さえももう残ってはいなかった。
「お疲れ様。どうだったかしら、今日の感想は」
訓練担当の女性教官がやってきた。訓練途中で彼に話しかけてきたのと同じ女性だ。彼女は哲也が答えるのを待たずに彼のすぐ横に同じように大の字になって横たわった。
「……勘弁してくださいよ。話す体力さえ残っているか疑わしいって感じなのに」
「それだけ言えれば上出来ね。明日からの訓練がますます楽しみになってきたわ」
「ちょっとそれ、どれだけSなんですか。残念ながら俺には苦痛を快感と喜ぶようなMの気はこれっぽっちもありませんからね」
「ふふっ。おもしろいわね、テツヤ君は」
女性教官は本当に愉快そうに小さく笑った。片頬にえくぼができているが、当然哲也にはそれを見る余裕もない。
「そういえば教官」
「訓練中は『教官』でいいけど今日の訓練は終わったのよ。『マナカ』でいいわ」
マナカは空を見上げたまま快活そうに言った。彼女は伸びをするように長い手足を思いっきり伸ばした。
「ええっと……。じゃあマナカ、この航路の中ではもしかして君が一番あの子たちに接する時間が長いのかな」
「そうね。私かあるいは医務室のドクターかしら。そうそう、事務統括のアオイも子供たちから結構人気があるのよ」
「じゃあそんなマナカを見込んで聞きたいことがあるんだけど」
「なにかしら」
「あの子供たちは本当に納得してレジスタンス運動に加わっているのかな」
上を向いたままの哲也にはマナカの様子は見えない。しかし哲也には彼女の気配が明らかに変わるのがわかった。ピリッとした気配に彼の顔までもが引き締まる。
「ごめん。レジスタンスの一員である君にこんなことを聞いちゃいけなかったんだよね。忘れてほしい」
「いいえ、あなたは何も知らないんだもの。当然の疑問だわ」
そこからしばらく沈黙の時間が流れた。
「テツヤ君」
「なんですか」
「あなた、この時代の日本の人口がどれくらいか知ってる」
「ああ、それならレイラに……、いやある人に聞いた。二千五百万人だって」
「それを聞いて少なすぎるとは思わなかったの」
「もちろん思ったさ。でも俺たちの頃から少子化は進んでいたし、二百年もあればそれくらいいくのかな、って」
「二百年のあいだに一切対策が取られなかった、とでも」
「い、いや。そういうわけじゃないんだろうけど」
「実はね、私たちが生まれる頃には人口減少は底を打っていて、以降は緩やかではあったけど増加に転じ始めていたのよ」
「そうだったんだ」
「でもあいつらが政権を獲ってしまった」
「……」
「あいつらは政権を獲る前からチップシステムを自分たちの都合のいいように利用していたわ。政権を獲れたのもそのおかげ。そして権力を握ったことによってその傾向はますますひどくなっていったの」
マナカの口調は先ほどまでの快活なものとはまるで違っていた。
「もちろんチップシステムは元々支配の道具とするために開発されたものじゃない。すべての人々にあらゆる知識に対する容易なアクセスを提供して、買い物を始めとする様々なサービスも簡単に受けられるようにする。個人単位で利用者に適切なサポートを提供することで個人間の得意不得意の差をなくし、真の意味での平等社会を実現する。最初はそういったもののはずだったのよ。でも気がついたらいつのまにかやつらはチップシステムの提供企業を取り込んで、自分たちの支配の道具に変えてしまっていた」
「……」
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