第55話 南野、フェミニストになる

 I所長の現場もそろそろ終盤に近づいてきました。

 このころになると、派遣した監理者だけでなく、オーナーの会社からじっさいに工場を稼働する人も現場を見に来るようになりました。

 まあ、来てから慌てないように、どんな工場が建つのか見ておきたいのでしょう。


 もう屋根も出来、床のコンクリートも打ち終わったとき、本社から来た偉い人があることに気づきました。


「ん? なんでここの男子便所には小便器がないんだ?」


 え、そんな馬鹿な?


 言われて確かめてみると、たしかに男子便所に小便器がない。

 タイルの色こそ、女子のピンクに対し、ブルーだったので間違うことはないのですが……。


 なんで今まで誰も気づかなかった?


 っていうか、設計者出てこ~いっ!


 じつはこの工場、我が社の設計施工。といっても設計は外注です。

 誰の指示でこんな設計をしたんだ?


「ちょっと、Iさん、どうなってんの?」


 監理者のおっさん、自分が気づかなかったことを棚に上げて、非難します。


 Iさん、ローカルの責任者トトを呼ぶと叫ぶ。


「メ~ン、スモールトイレット、ノーだぁああ!」


 だあ、だあ、うるせいよっ! おまえは猪木かっ!


 っていうか、あんたはどっち側に立つんだよ。こっち側にこんかい!


 仕方なく、私がトトに事情を聞くも、彼にもわからない。

 まいったなあ、どうすっかなぁ?


「でも支障はありません。大便器がないなら大問題ですが、小便器がなくても用は足せます」


 いいのか、こんな説明で?

 案の定、本社の偉い人、「は?」って顔してる。


「もともと洋式便器は、男が小便するのにも適してます。男女同権のいきとどいたフィリピンでは、男子便所も小便器がないことが多いのです」(大嘘)


 ……いや、ほんとにこんなことをいったか、はっきり覚えていないのですが、なんとか便所取り壊しの刑は免れました。


「ばっきゃろー。男同士のつれしょんの醍醐味がねえだろうがっ!」

 とかいう、めんどくさい親父でなくて、よかった。よかった。

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