企画小説

多摩川多摩

企画小説

 冬の刺すような風が頬を引っ掻いてくる。冬の寒さは嫌いだった。

 今すぐ帰ってこたつで温まりたい。頭からそんな煩悩が浮かんで離れず、他には何も考えずに歩いていた。

 俺はそこで、近くにあった大学図書館の方へ逃亡する。今の時間は4限で、ちょうど空きコマになっていた。家までの距離は片道で20分。一々帰っても何かできるわけでもないのだ。それなら、図書館で寝ている方が建設的だろう。何を建設するのかは知らないが。

 図書館に入ると、若干の違和感があった。雰囲気は図書館なのだが、構造、いや、風景に若干がいつもと違う。そこで、ああ、そうかと察した。

 そりゃそうだ。いつもと違う図書館だしな、ここ。この学校に入ってからの8か月で一度も入ったことのない図書館だった。煩悩に取りつかれていて、自分の歩いている道がどこかさえ考えていなかったらしい。煩悩に負けないよう、仏教徒になろうかな。もちろん、嘘だけどな。

 ヒーターが入っているせいか、中は格段に暖かかった。最近のヒーターは温度を上げる効率がとてもいい。俺が小学生のころ、大体1970年代のものは、温度が上がるまでに時間がかかったのだ。あまりに温度が上がるのが遅いことに怒り、蹴って火傷しかけたのはいい思い出、なわけない。

 閑話休題。俺は真っ直ぐ図書室の席に向かって歩いた。席は割と埋まっていた。俺は入り口から近い3人掛けテーブルの端に座る。テーブルの逆の端にはもう一人本を読んでいる女性が腰かけていた、た。た?

「えっ」と開きたくなる口を全力で閉じ込めた。声も喉元でぐにゃりと潰す。

 その女性は元嫁だった。名前は加奈子という。加奈子は少し幸が薄そうな、白くて細い女性だ。彼女は間違いなく加奈子だった。

 彼女と夫婦だったのは1年前までだ。結婚したのは3年も前の話で、俺は18歳、彼女は17歳だった。俺の親と彼女の親が放任主義だったせいか、結婚はあっさり決まった。でも、当時、今より若かった俺たちは上手くいかなかった。俺は財政的な問題で、私立ではなく、地方の国立大学へ通うことになった。それから1年間、長期休暇のたびに一緒に過ごしていた。だが、俺にはそれが肯定的に思えなかった。家の固定電話で話は毎日のようにしたが、電話は電話で、やはり真正面で話しているのとは違い、大きな距離を感じた。その距離が、俺と彼女とを引き裂いたのかもしれない。1年前に、俺達は別れた。

 その後に、俺はバイトでお金を稼いでこの大学へ編入学した。俺も、彼女がこの大学にいることは知らなかった。

 もしかしたら、以前から俺がこの大学に入ろうとしていたことを気にして、ここに受かったことを隠していたのかもしれない。そう思うと、少しだけ、心が和んだ。

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企画小説 多摩川多摩 @Tama

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