ハルを夢視ル銀の鍵

NES

1st Grade

予告篇

第0話 ハルを待ちわびて

 携帯のインカメラで、前髪の状態を確認する。うん、大丈夫。おかしいところは無い。良かった、ちょっと走っちゃったから。

 制服の内ポケットに携帯をしまって、ヒナはコンビニの中に入った。「いらっしゃいませー」ああ、すいません、今日は多分何も買いません。店員さん、ごめんなさい。

 朝早い時間だけど、お客さんは結構いる。雑誌を立ち読みしてる人も、ちらほら。発売日に朝イチで読みたい、とかなのかなぁ。買えば良いのに、とか言える立場じゃないか。ヒナも時間を潰すために来ているみたいなものだし。

 壁に掛けられた時計を見る。うん、あと五分くらいかな。ハルはそこまで時間ピッタリに行動する方じゃないけれど、登校時間は大体決まっている。先週ずっと同じだったんだから、今日から突然変えるってこともないでしょう。そんなことされたら、折角の苦労が水の泡だ。

 さて、その五分はどうしようかな。読んでない雑誌なんて、実はもう無いんだよな。興味のあるヤツはまだ新しいのが出てないし。それに、あんまり夢中になりすぎてハルが通るのを見過ごしたりしたら、それこそ何の意味もない。

 何か探してるフリをしながら、目線はお店の外。コンビニの前の道路を見ておく。ハル、早く来ないかな。ハルに会いたい。ハルの声が聞きたい。

 ヒナは、ハルのことが好き。

 ハルとはもう十年以上の付き合いになる。あ、付き合いって、所謂お付き合いじゃなくって、幼馴染として、ってこと。

 男女交際のお付き合いにも、憧れないことはない。でも、今の関係だって、ヒナは悪くないと思ってる。ハルはヒナに優しくしてくれるし、ヒナはハルの近くにいられるから。

 そりゃあ、もっと一緒に、近くにいられたらいいなって、そうは思うよ?ただ、幼馴染って関係の距離感は、本当に微妙。ヒナは、ハルのことが好き。ハルがヒナのことをどう思っているのかは、はっきりとは判らない。いやいや、ハルもヒナのこと「好き」なんだとは思う。うぬぼれてるわけじゃなくて。

 ただ、ハルがヒナのことを好きなんだとしても、ヒナの「好き」とは少し違っているかもしれない。ヒナはハルのこと、すごく「好き」で、「好き」すぎて、ちょっと重いんじゃないかなって、自分で心配している。そのくらい、ヒナはハルのことが好き。

 本当は声に出して、ハルのこと好きだよ、って言ってしまいたい。言ってしまえば、それだけのことなんじゃないかなって。そうは思うんだけどね。ふう。

 近いからこそ、踏み出せない一歩っていうのもあるんですよ。これがなかなかわかって貰えないんです。ヒナにはヒナの事情がいっぱいあるし。はあ、なんか余計なことまで思い出しちゃいそう。左手に意識が行くのを全力で阻止する。忘れろー、忘れろー・・・って、意味無いな、これ。

 ふわぁ。おっと、あくびが出ちゃった。早起きすると眠い。なんでハル、朝早いんだろう。ヒナは低血圧気味なんだよ。ハルに会うためとはいえ、もう眠くて眠くて・・・

 って、ハル、今通った!

 あわわ、すぐに追いかけないと。慌ててコンビニの外に飛び出す。「ありがとうございましたー」あああ、店員さんごめんなさい。帰りにお茶買います。

 ハルを追いかけて、走る。ハルの背中が近付いてくる。制服のスカートが翻る。ハル、ヒナ高校生になったよ。ハルも高校生。二人で一緒に、同じ学校。

 ヒナ、とっても嬉しい。とっても楽しい。

 ハルはヒナの居場所。眩しい光。ハルの隣は、誰にも譲らない。ヒナは、ハルのことが好き。大事なことだから何度でも言う。ヒナは、ハルのことが好き。

 ハルの背中に、ヒナは今日も明るく声をかける。


「ハル、おはよう」



Now expecting 「ハルを愛する人」.

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