地下鉄、一駅分。

おととゆう

1駅 人工×太陽光=虹




『あ。にじ。』

買い物帰りに少しでも早く帰ろうと、必死でこいだ自転車から降ろした後、息子は揺らめくアスファルトの上で突然立ち止まった。

自転車の走る勢いで飛ばないように深くかぶった帽子では、空なんか見えやしない。

しかもこの暑さだ。

できるもんならさっさと家に帰りたい。急がなければ、肉も魚も不必要な香りをまとう羽目になる。

なのに、息子にその焦りはまるで通じない。

暑いから、とか

早くしないと、暑さで肉が腐るとか、

だから急ごうとか。


そういうのは、一瞬で諦めに変わる。

息子の興味、という指令が下った途端に。


『ママほら!みて。』


息子は動く気配がない。

途端に脳内は、この後の予定と、今この時を乗り越える算段をとる。無理矢理に抱きかかえていけば、肉も魚もまだ間に合う。

けど、その後に起こる息子の泣き叫び暴れるのを、なだめすかす労力を思うと、とてもじゃないが今はHPが足りない。何せ必死に自転車こいだ後だ。

後少し、後少し待てば。息子も飽きるのかもしれない。


『きれいね、にじ』


楽しそうな声がする。

帽子のつばをあげて、真っ青な空を仰ぎ見た。けれど、どこにも虹なんて見えやしない。

そもそも、このカンカン照りの日に、虹なんか出ない。


『なによ、虹なんかないじゃない。ほら、早く帰ろ。』


念のため、とスーパーでは保冷用の氷をもらっていれてある。けれど、明らかに生鮮食品の量と、もらえる個数は釣り合っていない。袋から滴り落ちる水を思うと、そろそろ勘弁していただきたいところだ。

ふう、と小さくため息をついた。暑いなあ。

それでもこういうこどもの気まぐれに、快く足を止めてるママは頑張ってるぞ、と時々は褒めてもらいたい。誰か頼むよ。一回ぐらい。減るもんじゃなし。


『ほらママ。これ』


息子がこれ、と小さな指で差したのはアスファルト。そこには自転車の反射板が作る、小さな小さな虹。

手のひらに収まりそうなほどの虹が、何の偶然か息子の足元に光っていた。


『‥ほんとだ』

マンションの駐輪場が織りなしてる、ささやかな虹。

人工の反射板と、これでもかってぐらいの太陽光が作った世界。


『きれいね、ママ。』


本当は、嘘だと思ってた。

またなんか適当なこと言ってる、早く急がなきゃなんないのに、と。


『ほんとに、虹だ。きれい。』

『よかったねぇ』

『どうして?』

『だってママ、きれいねっていった。』

帰るーアイス〜!と息子がじゃれついてくる。足元に感じた雫で肉たちの限界にハッとして、急ぐよ!っと息子の手をとった。


写真撮ればよかったかな…なんて。

思いながら。


『ありがとね?』


すごいなって、思ってるのに。

息子のこういうとこ。

いつも自分の中の予定に振り回されて、決まってなんかないのに、急いでばかりで。


暑い暑い、真夏の日。

ホントなら帽子目深にかぶって、

さっさとクーラー効いたた部屋に飛び込んでしまいたいけど。


『きれいだったね。また見つけようね』

『なにみつけるの?』

『え?さっきのにじ』

『ママ、はやくアイス!』


少し溶けたアイスを手に走り出す息子に、今度は私が見つけて教えてあげよう、なんて。

ちょっとだけ企みながら、肉たちを救出して冷蔵庫へ入れた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る