第56話 チェックアウト
修学旅行をすっぽかし、仁樹と一緒に泊まった京都の旅籠で出会ったバイクに乗りまくる。舞の奇妙な京都滞在は終わりを迎えつつあった。
少々の旅荷物をまとめ終わった舞と仁樹は、二人が過ごした離れの茶室まで来てくれた旅籠のお婆ちゃんに挨拶をする。
舞は微妙な話題を切り出した。
「あの、ここの宿代は」
お婆ちゃんは一笑しながら言った。
「もうタカさんに充分貰いました。仁樹くんにもね」
仁樹が相変わらずの無表情なまま言う。
「俺はあんたに金を払ったことは無い」
お婆ちゃんはくすくす笑いながら、懐からスマホを取り出した。ある写真を表示させて仁樹と舞に見せながら言う。
「十七年前の西日本キャノンボール。仁樹くんはわたし達のチームのために危険な公道レースを走ってくれたわ」
表示された画像は、仁樹らしき男がバイクに乗っている姿だった。つい昨日舞のものになった白いホンダRC30。着ているのはバトルスーツと呼ばれる黒革のプロテクター付ライディングスーツではなく、競技用らしき革ツナギ姿。
樹脂の下地塗装そのままといった感じの白一色のバイクと対照的な、仁樹が現在乗っているフェラーリのような真っ赤なツナギ。
仁樹はお婆ちゃんの言う通りならまだ十代の頃の自分の写真を一瞥しただけだった。舞には彼が顔をそむけているように見えた。
舞は顔を上げ、画像の仁樹を指差しながらお婆ちゃんに言った。
「ツナギ、赤にしてもらえますか?赤一色で」
現在は京都でレース活動をする若者を支援しているというお婆ちゃんの本業は、革ツナギの仕立て屋で、舞が高性能バイクのRC30に乗るのに必須となる自分専用の革ツナギも、お婆ちゃんが作ってくれると言い、ついさっき体のサイズを測られた。
お婆ちゃんは特に詳しいツナギの仕様やカラーリングを聞くことなく答える。
「承りました。RC30のナンバーが取れたらツナギと一緒に送ってあげる」
750ccのエンジンが積まれ、公道で乗るには大型二輪の免許が必要なRC30は、一昨日同系統車種RVF400のエンジンに載せ換えられた。お婆ちゃんはどういう手を用いるのか、ちょっと色々と部品を換えたRVF400として登録してくれるらしい。十五歳の舞があと一ヶ月少々で取れるようになる中型二輪の免許でも乗れるバイク。
舞はお婆ちゃんに深く頭を下げながら、頭の中では真っ赤な革ツナギを着た自分を想像した。
強気な性格のせいか、同級生にはよく赤が似合うと言われる。それが舞には不満だった。もっと大人しい色が似合うと言われたかった。 文章を書くのが好きで文芸部に入りたい舞に、長身と馬鹿力のせいで寄ってくる運動部の勧誘と同じくらい疎ましかったが、あのバイクに乗る時には赤いウェアを着たくなった。
赤という色は元々それほど好きではなく、赤いフェラーリに乗る仁樹と共同生活をするようになってからもっと嫌いになった。
でも、もし、RC30でフェラーリに並ぶほどのスピードを手に入れた舞が、仁樹のフェラーリと同じ赤を身にまとっていたら。もしかして、真っ赤なフェラーリしか愛さない男は、舞のことをどう思うのか。
それはイヤだと思った。好きかと聞かれれば大嫌いとしか答えようも無い仁樹から、フェラーリを見るような目で見られることを考えると寒気が走る。
結局、舞はお婆ちゃんに赤いツナギを正式にオーダーし、東京へと帰るフェラーリに乗り込んだ
フェラーリのオマケのように見られるのは気に食わない。でも、フェラーリより長い時間、自分のことを見てくれるなら、話は別だと思った。
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