震えるバレーボール

ひでシス

奇妙な肌色のバレーボール

世界はもはや最終的な解決を迎えた。死んで滅びたのではない。世界が完了したことによって、世界の存在の痕跡さえももろとも消し去って自己消滅してしまった。これが完全犯罪だ。


 *


んふ、んふふふふ。ついに手に入れちゃった。魔法のハンド。通販の段ボール箱にはミッキーマウスの手のような白くて大きい手袋が入っている。これさえあれば……。


私は手袋をバレーシューズ入れに忍ばせた。


 ♡


お昼休み、お弁当を食べ終わった後に私はメグミを体育館裏に呼び出した。体育館裏で待っていると、少し駆け足でトテテテテと走ってくるツインテールの女の子。自分より身長がちょっと低いぐらいの、小柄な体型で、でも私より大きい胸は制服の中で苦しそうにしている。


メグミは私の幼なじみでクラスメート。幼少期から一緒に二人で遊んできた。


「なぁに? 私、まだ体操着に着替えてないから。早くしないと着替える時間がなくなっちゃう。」


「え。あんた、まだ着替えてなかったの?! バレー体操の時間の前に体育館裏へ呼び出したんだから、てっきり着替えてくるもんだと」


「えへへ、しっぱいしっぱい。」


メグミはグーにした手をコツンと頭にやると、ペロリと下を出して首を傾げる。その動作がまた可愛らしくて愛おしい。


「ま。いいんだけどね。あんた、この前好きな人居るって言ってたじゃん。アレって、クラスのカオリさんのことでしょう? バレー部の主将の」


「エッ。」


メグミは思わぬ話題を出されて顔を赤らめる。驚いたように小さく開けられた口も、こころなしか引き攣っているように見える。"この前"とは私がメグミを家に呼んで映画を見終わった後に襲った時のことで、"好きな人が居ると言った"のは「……ヒグッ。や、やめて……。あたし、好きな人が居るの……」と襲われたメグミが涙ながらに拒否をしてきた時のことである。


こんなに長いこと一緒に居たのだから、私とメグミのキモチは一体になってるのだと思っていた。だけどもそれは私の致命的な思い上がりで、結果としてメグミも私も両方傷付けることになってしまった。


「恐がらなくていいよ。もう"あの時"みたいに無理矢理になんかしない。それにね、私、メグミのこと応援してあげることにしたんだ。」


「う、うん……。」


私は目を伏せながらサッとバレーシューズ入れから魔法のハンドを取り出し、手に装着した。そしてスッとハンドを差し出して、メグミの手を握る。メグミが反応する前に、私はメグミの身体を引き寄せてもう片方の手で頭を抱き込んだ。ふくよかな胸が私の貧相な胸を圧迫する。


「……あの。これ、無理矢理じゃない?」


「メグミは、バレー部の主将のカオリのことが好きなんだよね。バレー部の主将が好きなんだから、……バレーボールになってみたいって思ったことない?」


「えっ?」


「メグミの身体、柔らかい……♡」


「ひあああ……! な、何するの!? んくぅぅぅぅぅ!」


私は華奢な身体を抱き抱えたままイメージをする。粘土のように柔らかくなったメグミの肢体。このハンドで捏ねられるような、柔らかい身体。そしてイメージ通りに魔法のハンドでメグミの身体を揉み込んだ。


メグミの背中が圧迫されたマシュマロのように凹む。魔法のハンドははめたまま具体的なイメージをしつつ人間を触ると、人間がその通りに変化してしまう魔法のアイテムだ。スベスベとした足裏がプリっとしたお尻とくっついて、胸とも一体になる。カワイイ頭も、グニャグニャになった身体だった肌色のそれに押し付けて一体に整形していく。グニグニとハンドで捏ねて整形して、5分後にはメグミはバレーボール大の球体になっていた。


「ハァハァ、ハァハァ。……なに!? これどうなってるの!」


「ふふふ。カワイイ。」


私はバレーボール大になったメグミをギュッと抱きかかえる。プニプニしてスベスベな肌色の球体。でもよく見ると、ちゃんと顔や胸やお尻や足の名残が見て取れる。メグミは魔法のハンドで球体に加工されてしまったのだった。


球体になったメグミを正面に据えると、鼻に近づけてスンスンと嗅ぐ。甘酸っぱい女の子の香り。これは本当は私が独占したかったものだ。ペトリと舐めると、ボールはビクッと震えた。少ししょっぱい。泣いてるのかな?


でも、まだこれは重いし、バレーボールみたいに弾まない。もっとちゃんと加工しないと。


「かる~い、かる~い。バレーボールみたいによく弾む。」


「ひゃあ! こ、恐い! 投げないでっ。」


何度か空中へボールを投げると、それは少しづつ軽くなってついにはバレーボールと同程度の重さになった。中身が空気になったみたいだ。続いてよく弾むように床に打ち付ける。


(ポーン)「ブッ」(ポーン)「ブッ」。ボールの弾む音と、人間がコンクリートを打ち付けられて悶える声が同時に聞こえる。よく弾むようになったボールを拾い上げると、打ち付けたところがほんのり赤く変色していた。


「バレーボールちゃん、大丈夫?」


「……ううう。ヒドい。なんでこんなことするの……?(グスッ)」


「だって、カオリちゃんにおもいっきり打ってもらったりしたくないの? ね、大丈夫。この体育の時間が終わったらちゃんと元に戻してあげるから。」


あ。忘れないように。奇妙な肌色のバレーボールが周りのみんなには普通のバレーボールに見えるように。もう一度メグミをハンドで撫でてから、私は新品のバレーボールを体育館に持ち込んだ。


 ♡


「カオリさん! 私とペア組んで下さい!」


「おっ。いいぞ!」


カオリはいかにもスポーツ少女といった感じで、高身長でスラっと筋肉の付いた引き締まった身体をしている。個人体操が終わった後に私はカオリとペアを組んで、パスの練習やレシーブの打ち合いなどをすることになった。


体育館の隅で震えていたメグミを拾い上げるとカオリに渡す。恐怖ですくんでいた顔が、カオリさんに渡された瞬間に少し緩んだのを私は見逃さなかった。


「じゃあいくぞ。それっ」


「(キャッ♡!)」


パスン、とボールは打ち上げられる。ボールはフワッとこちらに打たれてきた。私はすかさずパスン、と打ち返した。「(んあっ♡!)」「(ぷふぅ♡)」「(やんっ♡)」とパスの度にボールは悩ましい声を上げる。


打ち上げられるメグミは段々と赤くなっていったけども、これはダメージで赤くなっているのではなくカオリに打ち上げられる緊張と嬉しさで赤くなっているのだろう。そう思うと私は面白くなかった。


「カオリさん。そろそろレシーブの練習に移っていいですか。」


「おおわかった。じゃあこっちから行くぞ!」


(フワ~リ)


(バンッッッ!!!)


「(んぐはぅぅぅっ♡♡♡!)」


カオリの、セーブされているけどもやはり強めのレシーブ。私はなんとかそれを受け止める。腕の中では初めて強く打ち付けられたメグミが、涙を浮かべながらハァハァと赤い吐息を漏らしている。レシーブのあまりもの強さに、ボールは少し空気が抜けていた。


私はカオリに声を掛けて、ボールの空気入れをしに行く。涙目のメグミの穴に鋭い金属のピンを挿入すると、またボールはビクッと震えた。涙と汗とよだれでぐちゃぐちゃになった顔面からは暑い熱気がポワポワと立っている。エッチなボールだなぁ。私は無慈悲にシュコシュコとポンプで空気を入れる。空気を入れられてパンパンに膨らんだメグミは、赤く火照った肌を浮かばせて、より過敏な性熱を持ったようだった。


こんなになるほどカオリのレシーブは良かったのだろうか。それじゃ私もやってあげないとね。


(バンッッ!!)


「(んあああぁっっ♡♡)」


(バンッッッ!!!)


「(あぐぅぅぅっ♡♡♡!)」


(バンッッ!!)


「(ぁんぅぅぅっ♡♡)」


(バンッッッ!!!)


「(ひああんぅっ♡♡♡!)」


メグミは胸が、お尻が、顔が、足が、色々なところがカオリの腕で叩きつけられる。最初のパス練習で切なくもどかしく上がっていた性悦の感度が、レシーブで一気に開放された。まんまるのボールになった身体全域が今まで以上に敏感になり、今やジンジンと気持ちいいただの肉の塊だ。


ポタッ、パタタ、とボールから液体が飛んで来る。何かしらコレ。汚いなぁ。私はもっと強くメグミを叩きつける。


そのバレーボールは体育の時間中黄色い声を響かせ続けた。


 ♡


「じゃあ戻してあげるね」


授業が終わって再び体育館裏。メグミをこっそり体育館外へ持ち出した私はボールに話しかける。でも、メグミから返ってきたのは……


「ハァハァ♡ ハァハァ♡ カオリちゃん、打ち付けて、もっとぉ…!」


「……。」


メグミは焦点の定まらない目で未だに身体全体を上気させている。元に戻すためにはめた魔法のハンドで表面を撫でると、緊張の極みまで達していた表皮が反応してボール全体がビクンビクンと震えた。


どうしてこんなことになってしまったんだろう。メグミをこんな淫らな姿にするのは私一人だけの役目だったはずなのに。メグミには、カオリではなく私の名を呼んで欲しかった。


「ううう……。メグミのことなんか全部忘れてしまえば…。」


全部忘れてしまえば、楽になるのに。私は魔法のハンドをはめたまま自分の頭を抱え、そうつぶやいた。


 *


世界という宿命的な幻想はもう存在しない。誰が未だに来世など信じているのだろう。誰がカルマの存在など証明できるのだろう。今や世界は動機も等価物も犯人も持っていないのだ。世界を作った神は存在しない。つまり世界そのものが完全犯罪に似ているわけだ。


もっとも完全犯罪といっても、犯罪的なのは"完全であること"の方だ。貴方の主観的な評価なんて実体がないので興味ありません。客観的事実で示して下さい。こうした客観的実証は世界を分解する。ついには起源の痕跡さえ取り除き、それと同時に世界そのものが失われた。


地球の起源は地質学で、人類の起源は考古学で解き明かされた。そして最後には我々の生と死の世界の起源さえ解き明かされて消滅させられてしまった。世界には動機など無いのに、世界の等価物なんて存在しないのに、世界を作った犯人なんて居ないのに、どうして世界が存在するだなんていえるのだろう。


好きという気持ち、喋ろうと思った言葉だって一緒だ。そんなものに起源はない。そういった、無かったことにしている内に忘れてしまった気持ち、喋ろうとしてやっぱり止めた言葉などももう失われてしまった。その痕跡と共に。失われてしまったのに、ゴミの山の一部としてどこかで沈殿している。使われるために作られたのに捨てられた、使われる前に捨てられたから自分ではもう終了できなくなった、気持ちと言葉の廃棄物処理問題。


痕跡を取り除かれ根絶されたものは、その終わりさえ失ってしまう。


 *


あれ? 私、何をしていたんだろう。目の前には真っ白な真新しいバレーボール。体育の時間の後にバレーボールなんか外へ持ち出して。練習しようと思っていたのかな。はやくボールを体育倉庫に戻さないと、鍵が掛けられちゃう。


私はそそくさと体育館の中の倉庫に向かい、バレーボール入れに誤って持ち出してしまったバレーボールを入れる。他のバレーボールと同じ大きさで、同じ色で、見分けの付かないバレーボール。はやく教室に戻ろう。


「(待って……)」


倉庫のドアを閉める時にそんな声が聞こえた気がしたけど、もちろん倉庫内には誰もいない。バレーボールや体育マットなど備品が仕舞い込まれているだけだ。私はドアをガチャリと閉めて、教室へ歩き出した。


 **


「カオリせんば~い。そろそろ寒くなってきましたね。」


「カオリ先輩、なんでバレーボールを抱え込んでいるんですか?」


放課後。体育館はバレー部が使用している。下級生のコーチをしていたカオリは後輩から親しげに声を掛けられていた。


季節はもう秋だ。だだっ広い体育館は底冷えがする。


「いやぁ、なんかね。このバレーボールだけ温かく感じるんだよ。それによく弾むし、お気に入りなんだ。」


他のボールはMIZUNOってメーカー名が書いてあるけど、このボールはMEGUMIだ。聞いたことのないスポーツ用品メーカー。一品物だし大切に使わなきゃいけないな、とカオリは思いつつギュッとボールを抱え込んで下級生の指導を続ける。


なんだか少し、ボールが震えたような気がした。


[END]

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