カブ・ハンター ~forest princess in tokyo~(12)

 二人乗りのハンターカブは、神社の門前に停まった。

 祭りに来る地元の人が自転車や原付を停めている場所は他にあったが、この門前の歩道は境内に居てもカブが視界に入る。

 カブから降りた少女は防犯用のワイヤーロック等を付ける様子は無く、キーすら抜く様子は無い。ただシート下に手を突っ込み、何かのピンを抜いた。

 少女はカブの荷台から降りた俺に、手榴弾のようなピンを見せながら言う。

「面白半分に跨ったりするなよ、死ぬぞ」

 少女が都市部では盗難リスクの高いカブにどんなハイテクな防犯対策を施しているのかは聞かないことにした。


 神社の敷地への入った俺と少女は、夜店の並ぶ中を二人で歩く。

 二十三区といっても西の端。昭和中期まで農地だった場所に作られた新興住宅地の神社で催される、特に由緒あるわけでも無い夏祭り。

 祭囃子の音もmp3音源の素材をスピーカーで流しているといった感じで、夜店を開いているのも昔ながらのテキ屋というより、食品会社や玩具卸業の営業社員といった感じ。

 地元民として少女を案内しようとしたが、長く部屋の中に居た身としては、人を避けながら歩くのが難しく、結局、少女が興味を持って行く先についていくといった感じになった。


 浴衣姿の女子や、いかにも子供といった感じの食べ物シミで汚れたTシャツの子供達の間を縫って歩く少女を後ろから眺める。

 少女は祭りの場でも初めて会った時とほぼ同じ格好をしていた。秋の祭りには少し厚着なグリーンのマウンテンパーカーにオレンジのウールシャツ、濃茶色の革であちこち継ぎを当てられた茶褐色のデニムズボン。サンドベージュのショートブーツ。

 森林で狩りを行うハンターの格好も、祭りの人ごみの中では少し古臭くも素材は上等なアメリカンカジュアルな服装に見える。

 俺は少女のマウンテンパーカー越しの体型を盗み見た。彼女の裸に興味があったわけでなく、あのでっかいナイフと短く切り詰めた散弾銃をどこに隠しているのか気になった。


 少女ある屋台の前で立ち止まった。刺激的で芳ばしい香り。牛串を売っている屋台。特に迷うことなく二本手に取った。

 俺が買ってやろうかと自分のジーンズを探ったが、財布を取り出すまでもなく、少女はパーカーのポケットから日本では珍しく、チップの習慣の無い日本では意味の無いマネークリップを取り出し、分厚く挟まった千円札を一枚抜き取って屋台の主に渡した。

「食え」

 それだけ言って牛串を差し出す少女。俺より頭一つ分背の低い女の子なのに、どっちが保護者だかわからない。

 少なくとも野外の、多数の動物が行き交う場で動くことに関してはこの女の子のほうが上手いんだろうと思い、礼を言ってありがたく牛串を頂いた。


 境内を歩きながら二人で牛串を食べる。普段ケータリングの食事ばかり食べていた俺には、炭火のように焼けるガスコンロで焼かれた屋台の牛スジ肉は新鮮な味がしたが、少女は一口食べた途端眉間にシワを寄せる。

「ひどい肉だ」

 俺は意識の半分で現在契約しているケータリング会社のメニューに牛串ってあったかなと考えながら、少女の話を聞く。

「この牛は何を食っていたんだ?牧草でも穀物でもない、およそ牛が食わないようなものを食わされ続けてきたに違いない」

 言葉では文句を言いながらも、少女は細面な顔に似合わぬ強力な歯で牛串を頬張っている。肉食人種の顎だな、と思った。 

 それからもイカ焼きやおでんを買って回る少女に振り回されるように屋台を回る。少女はひとしきり文句を言いつつ、残さず食べていた。


 俺と少女はほとんど何か食べてばっかりといった感じで祭りを楽しんだ。衛生的とはいいかねる屋外で、高品質ともいえない食材を食べる行為だったが、普段室内でケータリングの食事を摂るより食欲は進んだ気がした。

 地元の子供も来る住宅街の祭りらしく、九時の時報と共に祭りは終わり、俺と少女はハンターカブに乗って帰路についた。

 カブの後部に座りながら、部屋の中でずっとネットやアニメを見ていた時とは違った刺激が得られる時間を過ごしたことにささやかな満足をしていた。


 神社から家まで、カブで十分足らずの帰路。途中の薄暗い住宅地でカブが急停止した。俺は荷台を掴んでいた手が握力に負けてカブから転がり落ちる。

 道路に放り出された俺は尻をさすりながら体を起こす。少女はカブに跨ったまま動かない。

 少女の視界の先には、明るい場と暗い場所の明度差が大きいLED街灯が作る暗闇。その中に一対の紫色がかった瞳。猫科動物特有の目が、カブのヘッドライトの光を反射して輝いていた。

 普通の犬猫ではありえない目線の高さを確認するまでもない。あのライオンがやってきた。

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